10-3 ~ 風呂場の自問 ~


「……ふぃ~」


 未来の正妻ウィーフェたるリリス嬢との会食を終え……途中で流石にだけだと味気ないにも程があると思い直し、一応VRの方で欧州系宮廷料理などを嗜んだその後……ヒノキ風呂に浮かんだ俺は知らず知らずの内にそんな溜息を吐き出していた。

 ……流石に婚約者と一緒ではなく、一人きりである。

 正直な話、俺が願えば混浴くらいいつでも叶いそうではあるのだが……その場合、600年以上昔に見た漫画のような流血風呂になるのは避けられないだろう。

 別に未来の正妻ウィーフェ以外でも、誘えば幾らでも一緒に入ってくれそうな女性なんて、幾らでも見繕うことは出来そうではある……が、俺を護る警護官たちでさえ、警護を忘れて俺に襲い掛かって来かねない気がする。

 ……特にあの三姉妹は、ものの数秒で理性に脆弱性が確認されそうだ。


「さて、と」


 手足が伸ばせるサイズの風呂で身体中を弛緩させ、ついでにヒノキと湯の混ざり合った独特の香りを肺胞に満たした俺は、右手を頭上へと上げ……BQCO脳内量子通信器官を経由して仮想モニタを展開する。

 どういう原理かは分からないものの、湯気によってブレることもないその仮想モニタは俺の眼前にこの海上都市『クリオネ』を映し出していた。

 ドローン視点のような上空から見たこの画像は、都市の治安維持のための監視カメラと、衛星軌道上の画像とを中央コンピューターが合成処理した画像であり、好きな位置から好きな角度で現在リアルタイムの都市情報を入手できるという代物である。

 正確にはコンマ数秒のラグがあるのは避けられないらしいとBQCO脳内量子通信器官でそれらの情報を手に入れたのだが……正直に言って何がどうなっているかさっぱり分からない。

 ただどっかでプレイした記憶のあるゲームのように、今の都市が好きな視点位置から見えるモノだと理解するしかないだろう。


「……なるほど、確かに発展してるな」


 既に何日前に目にしたか忘れてしまっているものの、その記憶の中と比べると確かに眼前に浮かぶ海上都市は明らかに発展しているのが窺える。

 確かあの時は、この『自宅』と外枠、核融合発電施設に上下水電気各種の地下ケーブル程度しかなかったが、今や都市は道路が縦横無尽に走る一大都市……へと変貌を遂げている。


 ──建物は、ろくにないけどな。


 ……そう、この海上都市はまだ基礎『だけ』なのだ。

 これはあくまでも俺の推測でしかないが、我が未来の正妻ウィーフェにして婚約者たるリリス嬢は、俺から渡された準備金を最大効率で活用すべく、考えに考え抜いたのだろう。

 基本的に都市開発というのは最初の最初……下から順番に作り上げていくのが最も効率的というのは当然である。

 道路を作った後に上下水道管を埋め込む場合、いったん道路を剥ぎ取って管の埋設作業を行わなければならないし、そもそも使用を開始している道路の場合、交通制限なんかも発生するのだから、手間暇に費用も多くかかるのいうのは単純にして明快な理屈であり……測量屋をやっていると都市部の仕事ではその手の数量まで弾かなければならず、若造の頃に忘れていて凄まじく怒られた記憶は、頭には残っていなくても魂に刻み込まれている。

 そういうのを勘案して、現在突っ込めるだけの予算を最大限基礎工事に放り込んだ、という戦略は理解できるのだが……人口もろくに集まっていない中で大都市を目指すその根性が凄い。


 ──普通、不安になるよなぁ?


 我が未来の正妻ウィーフェ様は、幾ら優秀とは言え、まだ十代半ばでしかないのだ。

 そんな少女が幾らシミュレーションを何度か行っているとは言え、初めての都市開発でそこまで大胆な手を打てること自体が凄い。

 昔の、社会人をやっていた頃の俺ならば、責任の重さで押し潰されていたか……もしくは保身に走って大胆な手を打てず、開発プランで進めていたことだろう。


 ──もうちょいと、労わるべきか?


 俺も、婚約者としてそれなりのケアはしているつもりではあるが……どちらかと言うと気を使われている方が多い気がする。

 おっさんが十代半ばの金髪碧眼の少女に気を使われること自体、救いようがないほど情けないが、それは負債と考え、じわじわと返していけば良いだろう。

 いや、稼ぎもなければ知恵も知識もない現状だと、そう思う以外の手がない、というべきか。


「せめて、コイツが使えればなぁ」


 この未来社会において俺が持つ唯一の稼ぎ頭……股間にある液状老廃物を吐き出す以外役に立たなくなっている器官へと視線を落とす。

 昔の記憶にはないものの、印象的には遥かに小型軽量化されているだろうソレを3秒ほど眺めた俺はもう一度大きな溜息を吐き出していた。


「……男の、義務、か」


 女性に精子を提供すること。

 それだけがこの1:110,721という男女比社会での男の役割であり……それ以外の一切はやらなくて構わないどころか、禁じられているに等しい。


「っと、この辺りは人口増のエリアかな?」


 とは言え、ナニが役に立たない以上、どれだけ悩んだところで俺にナニが出来る訳でもなく、俺は半ば思考停止に近い形で海上都市『クリオネ』の視察を続けることにする。

 そうして見えて来たのが、核融合炉近くに建てられた七棟ほどのマンションである。

 俺の『自宅』内で暮らしている警護官たちと違い、このマンション群に住んでいるのは自由意志によって移住していた市民たち……俺の精子目当てに集まった女たちである。

 将来、自分の子供を孕むこととなるだろう女性の姿を、好奇心半分、下心半分くらいの心持ちで一目だけでも見てみようと、俺はそのマンション群の中でも、少しだけ離れた一棟に向けて視点を近づけていく。


「お~、マジで猫耳たちだ」


 そうしてマンションの近隣からのカメラ視点で住民の女性たちを眺めていると、どうやらマンション一つ全てが猫耳族用となっているらしく、周辺を歩いている女性たちは全て猫耳が生えているのが窺える。


 ──でも、孤立しているな、こりゃ。


 他の六棟のマンションより核融合発電所に近い……要するに事故が起こった場合に被害の出やすい、都市作りゲーム的に言うと「地価の低い」ところに猫耳族は追いやられているようだった。

 それが同族同士で集まろうという彼女たちの自発的なものなのか、金銭的理由で安価な建物に集まってしまったのか、正妻ウィーフェ様の政策の所為なのかは、残念ながら俺には判断出来なかったが。


「……お~、可愛い可愛……ばかりじゃないな、うん」


 当たり前の話だが、猫耳女性たちの顔面偏差値はそう高いばかりではなく……ちょいとばかり適齢期を過ぎた外観を持つ女性やら、肉体労働で鍛え上げたと思しき筋肉質で骨ばった女性やら、美容に意識を向けてないのか髪がボサボサで野暮ったい女性やら……十人十色という様子だった。

 それでも一応は都市に移住してくるくらいだから、税金を払ってでも妊娠しようという意思がある女性が集められているからだろう。

 年齢層は二十代から五十代後半くらいまで、という雰囲気である。

 そうして各々の女性のアップを眺めている内に、不意に見かけた好みのタイプ……三毛柄の猫耳に少し知的な感じのしっかりした表情を浮かべ、スーツ姿に近い格好をしている胸の大きな二十代後半の女性に視点を近づけていた、その時である。

 その女性は普通に自室と思しき部屋へと入っていき、何となく見逃すのが惜しくなった俺が彼女を追いかけて視点を向けた、その時のことだった。


「……おいおい、家の中に入れたぞ。

 思いっきり私生活まで覗けるんだが、大丈夫なのか、これ?」


 ……そう。

 この自由な視点操作は何故か市民のプライベート空間にまで入り込むことが出来たのだった。

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