10-2 ~ カレー味 ~
「……それは、その、えっと、その……」
俺の問いを聞いた未来の
そうして赤面しつつも視線を虚空へと這わせる十代前半金髪碧眼の婚約者の姿を微笑ましい気持ちで眺めていた俺は、不意に「海外ドラマなんかの、「子供に赤ちゃんは何処から来るの?」という質問を受けた母親みたいな様子だなぁ」という、場違い極まりない感想を抱く。
──あ、なるほど。
いや、少し考えてみれば、俺の抱いた『場違いな感想』とやらは別に場違いでも何でもなく、実は『本質そのもの』を言い当てていたことに気付いてしまう。
「なるほど、義務か」
……そう。
要するに、この都市発展の二極化こそ、「先行投資」と「現物支給」の差……つまりが、市長の精子を提供できるかどうかで女性の集まりようが違うのだろう。
当たり前の話ではあるが、報酬がすぐに貰える投資と未来の配当を約束する系統の投資とを比べると、どっちが優先されるなんて一目瞭然である。
しかも通常の株式投資等とは違い、出資する側はろくに男と縁もなかった女性たち……言わば今日の飯代にも事欠く低賃金労働者なのだから。
「え、ああ、その、そう、です……」
そして、そういう男性機能に関わる話題だからこそ、女性であるリリス嬢は分かり切っていた答えを口に出来なかった、という訳だ。
──そりゃ、答え辛いわなぁ。
まだ十代半ばの女の子……この未来社会が男女の役割が違うので一概に同じとは言えないものの、そういう少女に知らぬとは言え性的な話を振っていたのだから、彼女が口ごもるのも当然と言える。
21世紀で言うと、十代半ばの女の子に性教育の話題を振ってその答えを強要しているような感覚であり、個人的にはそういうセクハラシチュエーションもAVやエロ漫画の演出としては嫌いではないものの……現実で、しかも一回り年下の婚約者相手にやらかすようなモノじゃない。
「で、ですが、あああ、あなたは、その……
中央政府に対し、医学的根拠データと共に例外的義務免除措置を申請してありますので……」
「……ああ、ありがとう」
そして、今のところ全く元気がない俺を気遣ってか、そんな気遣いまで見せてくれる金髪碧眼幼な妻に、俺は複雑な気持ちで感謝の言葉を口にする。
実のところ、働かずに引きこもっているニートみたいなもので、そうして気遣われることも微妙な感じがするのだが……だからと言って俺は、壁を殴って「飯よこせババァ」「黙れババァ」と叫ぶみたいな『シリーズ人間のクズ』にまで落ちぶれるつもりはないので、こういう微妙な口ぶりになってしまったのだ。
「あ、あの。
で、では、私はこれから業務に取り掛かりますので……」
どうやら俺はかなり微妙な表情をしていたらしく……話題が話題だっただけに居づらくなったのだろうリリス嬢は、部屋を辞すべくそんな言葉を口にする。
それは全くの嘘ではないものの、この場から退出するための言い訳だろうと、流石に察せた俺ではあるが、流石にこれ以上話題がなく……それでもこうして気まずくなったまま帰すのも人としてどうかと思い……
「あっと。
朝食でも、一緒にどうだ?」
「え……は、はいっ!」
とっさに出て来た言葉はそんな在り来りのものだったが、男女比1:110,721の未来社会は伊達ではないらしく……超高スペック金髪碧眼婚約者は俺の言葉を理解するまで2秒ほどは要したものの、一切の躊躇いすら見せることなく、食い気味に何度も頷いてみせる。
「まぁ、食事と言ってもコレだだけどな」
そうして無理に誘ってはみたものの、食事と言っても朝っぱらから二人して仮想空間に入って豪華な食事を行う気分でもなく、こちらで言うところの栄養補給でしかないミドリムシを原材料とした栄養補給品の方ではあるのだが。
贅沢品扱いである食料品加工施設は外側の箱モノだけは整っているものの、内側の加工機械の方が部品取り寄せ中であり、まだ安易に『普通の食事』を行うことは出来ない。
勿論、ちょっとした菓子を作成するツールはこの『自宅』内部にも存在しているのだが、それも
俺は仮想モニタに触れること数秒でミドリムシ原材料の食事を二人分、テーブルの上へと用意する。
その『食事』を見た未来の
──VRの方だと思ってたな、コイツ。
直後に
考えてみればこの味気ない栄養補給行為を誰かと一緒にしたところで楽しいモノではなく……それならば娯楽という側面を含めて、仮想空間で趣味として行った方が遥かにマシなのだろう。
とは言え、もう食事を出してしまった以上、それを捨てるという選択肢はないし……ここから勘違いに気付いたふりしてVRに誘うというのも何か違う気がしてならない。
いや、正直には間違いに気付いてしまったものの、今さら引けなくなっただけ、というのが正解なのだが。
「今日のはカレー味にしてみたんだ。
毎日同じでは飽きるんだけど、流石にサバ味噌味や納豆味はちょっとキツくて、ね」
「は、はい!」
尤も、未来の
そんな彼女の様子を眺めながら、俺は箸を使ってそのミドリムシ加工食品を口へと運び……すぐさま顔をしかめる羽目に陥った。
どうやら味の調整を少しばかり失敗してしまったらしく、尖った辛味成分と青臭い野草臭と、濃厚な甘い香りが喧嘩をしてしまっているのが明白だった。
「いや、失敗だったかな、コレ。
ちょっとばかりスパイス利かせ過ぎたな。
味の微調整出来るようになったから、色々試しているんだけど……」
そうして言い訳を口にする俺だったが……
「は、はいっ、そうですねっ!」
肝心の婚約者様は笑顔のまま食事を次から次へと口に運び、相槌を打つばかりであり……
──いや、これ、味分かってないな?
どうも「男性から食事に招かれた」事実に脳みそが茹ってしまっていて、完全に思考回路がショート寸前になってしまっているのが一目で分かる。
「やっぱカレー系は調整が難しいんだよ。
前に食べたカレー味も失敗してさ。
3日間履きつづけた靴下みたいな臭いになってたんだよな」
「は、はい、そうですねっ!
美味しいと思いますっ!」
結局、合理的な会話が不可能と判断した俺は、少しばかり未来の
取り合えず、そんな不味い食事であってもリリス嬢は幸せそうだったので……俺はこんなイベントもたまには悪くない気がして、また誘ってやろうと密かに決意を固めたのだった。
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