第十章 「発展途上都市編」

10-1 ~ 100人都市 ~


 男子校の授業とかいう、毒にも薬にもならないような……歯に衣着せずに言ってしまえば「単なる時間の無駄」を終えた、その翌日のことだった。


「喜ぶべき報告があります。

 人口が100人を超えました」


 朝っぱらから未来の正妻ウィーフェであるリリス嬢が部屋へと押しかけて来たかと思うと、開口一番に彼女の口から放たれたのはそんな台詞だった。

 今日も今日とてものすごく服装に気を使っている、のだろう、けれども……どうやら彼女も男子校で出会ったアレム先生と同じような勘違いをしているらしく、何故か俺の記憶にある通りのセーラー服を着こんでいる。

 別に十代半ばという彼女の年齢的にはおかしなところなど何一つないのだが……自分の部屋にセーラー服の美少女が入って来た時点で「デリバリー系の風俗」としか思えないのは、もはや記憶にすらない過去の俺が積み上げた業の深さなのだろうと思われる。


「……何故?」


 彼女の服装に対する突っ込みに意識が向いていた所為か、その報告を聞いた俺の口からは、そんな身も蓋もないセリフが飛び出てきてしまう。

 そもそもの話ではあるが、この男女比が1:110,721という崩壊しかかっている未来社会では、都市の人口という概念が既に21世紀とは異なっている。

 この未来社会における『都市』とは、市長である男性から提供されるを求める女性たちが多額の税を払ってでも住もうとする、インフラを兼ね備えた空間の総称なのだ。

 だからこそこの時代の都市開発とは、どっかの「今日からあなたが市長です」とかいう売り文句のゲームと違い、ただインフラを整備して家を建ててやれば人が来るようなモノでもなく……だからこそ俺は自分の都市に100人もの女性たちが移り住んで来たこの事態そのものに疑問を覚えたのだ。


「一つは、将来性ですね。

 まだ形にもなってない都市だからこそ、一番早く移住することで厚遇を受けられると判断しているのでしょう」


 そんな俺の疑問に対する婚約者様の解答は、実に分かりやすいものだった。

 要するに青田買い、というヤツだろう。

 尤も、都市に移住し納税するという労力を考えると、人生の数年間とそれに伴う諸費用を将来どう成長するかも分からない男に全額ベットする訳だから、100人という単位の移住者はとてつもなく多いと思われる。


「続きまして、条件の良さです。

 以前の事件により、この都市への移住にはや前科を問わないと明記したところ、猫耳族を始めとする一部の層が率先して移住してきております。

 勿論、万が一のことを考慮し、彼女たちの居住区はこの市長の自宅からは少し遠ざけておりますが」


 次に彼女が口にした理由も納得のいくモノだった。

 実のところ、俺は別に猫耳族と呼ばれる遺伝子調整人類コーディネーターについて、哀れに思っている訳でも気を許している訳でもないのだが……被害者になってしまったにもかかわらず彼女たちを憎めなかった俺に対し、この未来の正妻ウィーフェがただ忖度しただけ、というのが実情だったりする。

 それでも、この時代で蝶よ花よと温室で育てられた男子を基準にしてみると、あんな目に遭っても彼女たち猫耳族を根絶しようとしない時点で、俺は彼女たちを哀れに感じ気を許していることになるようなのだが。

 まぁ、理由がどうであれ人口が増える方向の要因になっているのであれば文句は言うまい。

 我が婚約者であるリリス嬢は、証拠とばかりに100人あまりの本人証明写真入りのような仮想モニタを俺の眼前に展開し……それらに目を通してみると、確かに載っている顔の数割ほどに猫耳や犬耳、山羊角などが生えているのが見える。

 とは言え、VRのゲームどころか通学まで経験した俺としては、多少顔に何かが生えていたところで、全く違和感すら覚えなくなっているのだが。


 ──しかし、人口が増えたって実感、ないんだよなぁ。


 俺自身の目で都市の全景を見たことがない所為もあるのだろうが……この海上都市『クリオネ』が現在どうなっているのかすら、知らない自分に今さら気付く。

 言い訳をさせて貰えるなら、精子の提供をしたこともなければ警護官以外の女性たちとも顔を合わせたこともなく、そもそもこの海上都市がという実感がないこともあり……俺は無意識の内に「この都市が自分の生殖器目的に群がって来た女性のためのもの」という理解し難い現実から目を逸らしていたのだろう。

 今すぐこの場で……必死に都市開発を頑張っている未来の正妻ウィーフェの前で都市の現状を確認することは、「今まで貴女の仕事に興味がありませんでした」とリリス嬢に告げるに等しく……流石の俺もそれを避けるくらいの社会常識は心得ているつもりである。


「結果として平均的な都市発展速度と比較しても十分な人口増を遂げているのは、このグラフの通りです。

 今後の開発プランにご要望等が御座いましたら教えていただけますか?」


 そんな俺の配慮に気付くことなく……いや、気付かれた時点で泣き崩れる可能性もある訳だから気付かれないのが正解なのだが、リリス嬢は得意気な顔で俺の前に仮想モニタを展開しつつそう告げて来る。

 それを見ると、色々な都市における開発から一年間の人口推移と、この海上都市『クリオネ』の人口推移を記載した折れ線グラフが映し出されていた。


 ──確かに、平均以上だ。


 尤も、我が都市の人口推移はまだたったの一か月程度しかなく……その発展速度も上位の都市群と比べると一段と低い位置、程度に収まっているのだが。

 このグラフを見る限り、上位の都市群と下位の都市群で明らかに二分割されており……よくよく見て見ると、下位の都市群でも急速に拡大する例もあって、平均より上とは言え、安寧とは出来ない様子が見て取れる。


「この、上の方と下とでは、どうしてここまで差があるんだ?」


 その都市発展が二分割されている傾向を疑問に覚えた俺は、思わずそんな疑問を口に出してしまっていた。


「……それ、は」


 そんな、あまり考えもせずに思わず口に出してしまった俺の問いに返ってきたのは……非常に言い難そうに言葉を濁す未来の正妻ウィーフェの声だったのである。

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