10-7 ~ 日々 ~
男性としての本業が行えない俺は、今日も今日とて言い訳程度に都市を巡回した後、またしてもゲームにのめり込んでいた。
実のところ、ゲームばかりをしなくても俺がこうなる前に嗜んでいた、漫画も小説も映画も未読が大量にあり、お気に入りも溢れかえるほどになっている。
とは言え、それらのサブカルチャーと言われていた類の娯楽がデータ化され600年が経過している現在……正直に言うと、それらは作り手ばかりかAIによって増殖に増殖を重ねた結果、ものの見事に溢れかえり大氾濫を起こしている有様だった。
玉石混交もここまで混ざると何が何だか分からないレベルであり、もはやどれを読もうとかいう以前に、欲しいものを特定して探し出すことすら困難となっているのだ。
何しろAIは……通称『作家殺し』という名のアプリは、次から次へと亡くなった作者の新作を描き続けるのだから、この未来社会のサブカルチャーは溢れかえって当然であり、この600年後の未来社会では、AIに殺され尽くした結果として、もはや専業作家など存在しない時代になっている。
そんな俺が600年前ではあり得ない革新的な技術を用いたVRのゲームにはまり込むのは至極当然であり……
「この、くそ、野郎、がっ!」
「甘いですわっ!」
今日も今日とて時間が余りまくっていた俺は、VRサイボーグバトル……正式名称「物理的処置済みの全身機械化警護官の体験ゲーム」をプレイしている。
尤も、戦績の方は芳しくない。
ここ数日で何故か古参のプレイヤーが帰還したらしく、今まさにHN『トランプクイーン』という化け物相手にボロ負けしている最中なのだから。
──プレイヤースキルが、桁違いだ、コイツ。
相手はカスタムもしていない初期設定・初期装備のままだというのに……それなりに躯体を強化し戦闘技術を磨いてきた俺が、触れることも出来ずに一方的にボコられるなんて、もう達人と戦っている気分である。
「くそ、だらっ!」
「……ぁあっ?
えっ、嘘、でしょう?」
立ち技では一方的にいなされるばかりなので、起死回生のタックルを試みたものの、あれだけの防御能力を誇っていた『トランプクイーン』は何故かあっさりと俺のタックルに潰され、寝技は酷く精彩を欠いていて、簡単に腕をへし折ることが出来た。
「まだっ、まだぁっ!」
「わわっ、何、これぇっ?」
そして、寝技は腕を一本へし折ったところで終わるようなものではない。
起き上がろうとする『トランプクイーン』だが、利き腕を失った状態ではバランスが悪いのか、動きに精彩を欠いているのが見て取れる。
何よりもテイクダウンを取られた混乱が続いているのか、起き上がろうとして失敗しているものだから、俺は慈悲を捨てそのまま脚関節を決めに行く。
──なるほど。
──グラップラーの『白兎』は、だから……
彼女はこの化け物を下すために、タックルからの寝技が卓越していったに違いないと俺は確信を持ったまま、眼下で起き上がろうともがく『トランプクイーン』の攻略を進めるのだった。
「……はぁ、明日か」
そうして日々を過ごしていくと、時間はいつの間にか経っていくもので……気付けば一週間が経過し、明日また学校へ行かなければならない曜日となっていた。
いや、学校が嫌な訳じゃない。
ホモ=セクシャルなアレム先生は多少の下心はあれど物腰柔らかで親切極まりなく、俺の記憶の中に微かに残っている「昭和時代に点在していた横暴なパワハラ教師」等とは比べ物にならないほど善良な教師だったし。
同級生たちも上から目線で語りかけてくるものの、何というか威圧感ゼロなので腹も立たないのが実情である。
唯一の難点と言えば、授業カリキュラムが幾ら何でもアホらし過ぎる点ではあるが……まぁ、暇つぶしくらいの役には立つので、忌避するほどでもない。
「こうして並べてみると、あまり嫌がる理由がないな?」
だからこの嫌な気分というのは、法律やら義務やらしがらみやらによって「やりたくもないことを強制される」時特有の憂鬱、なのだろう。
うろ覚えながら社会人の時はほぼ日常的に感じていたストレスだから、身体が非常に拒絶反応を起こしているのだと思われる。
──
──仮病も使えないんだな、野郎は。
俺は天を仰ぎながらそう内心で呟くものの、実際に働いている女性たちはこれとは比べものにならないストレスに晒されている訳で、そんな配慮すら出来ず自分勝手な呟きを零した自分に愕然としてしまう。
男子校なんてクソみたいな施設に通わされる所為で、野郎の傲慢さが感染ったのかと愕然とした俺だったが……すぐさま「そんな訳ないか」と自己診断し、溜息と共に憂鬱を吐き出す。
恐らく悪いのは退屈だろう。
小人閑居して不善を為すだったか、暇人が暇を持て余してもろくなことがない証拠とも言える言葉である。
「しかし、暇だな」
いつもやっている巨大昆虫退治ゲームは1プレイだけで疲労の極致に陥るので今日はもう無理、サイボーグバトルの方は肉体疲労こそないものの一戦一戦にかなりの集中力を要するので長時間プレイは不可能であり。
漫画や映画も目移りし過ぎて何を見ようか悩む始末で、何か一つに集中なんて出来やしない。
昨日、またしても突然隣の部屋に押し入ってみたのだが、その時には何故か完璧に余所行きの服を着た未来の
「そうだ、アレをやってみるか」
だからこそ俺は、数日前に見かけたユーミカさんのやっていた、身体の一部のみVR使用という荒業に挑戦する気になっていた。
やり方自体はそう難しくはない。
ちなみに、検索して出て来た上級者の楽しみ方としては、「右半身を暑い真夏の温度、左半身を真冬の温度に設定し、脳みそがバグるのを愉しむ」だとか、「皮膚感覚をサウナに入っている状態で運動して汗の流れる感触を楽しむ」だとか「マッサージ師に揉まれている肩から背中の感触を繋げながら仕事をする」だとか……言われてみれば便利かもしれないが、普通に生きていては思いつかない系のばかりのラインナップだった。
──R-18なのは置いておいて。
VRを通じて皮膚の感覚と触感とを繋げることが出来るのだから、遠く離れた人に触れることも可能であり……離れていながら愛し合う同性愛者とか、自分で自分に触れる行為とか、まぁ、色々と出て来る出てくる。
むしろそっちがメインかと勘違いしそうになるものの……基本的にビデオデッキが流行った時も、パソコンゲームが流行った時も、エロ系が起爆剤になっていたと聞いた覚えが微かにあるので、そういう用途で発展していくのは人類史として別に間違ってはいないだろう。
閑話休題。
──さぁ、まずはガム辺りから……
俺は眼前に展開された仮想モニタに映し出されている『食事』の一覧から食べやすそうなモノを探し、どこかで見たことあるような……思い出せはしないものの、脳みその何処かに焼き付いているのだろう、凄く安っぽいコーラ味のガムを選択する。
直後、手のひらの上に四角いブロックを二つくっつけたようなガムが出現し……実体のない筈のソレの感触が手のひらにあるのは酷く不思議だったが、コレが限定的VR利用法、というヤツなのだろう。
──マジで、感触も重さもあるぞ、おい。
──そりゃ、ゲームの中なら普通だったんだけど、それでも……
そんな呟きを内心で零しながら、俺は手のひらの上のソレを口の中に放り込む。
歯でソレを噛むと同時に、酷く安っぽいコーラ味が口の中に広がったかと思うと、顎へと少し硬めの弾力が感じられ……味覚も触感も、普通に食べているのと何ら変わらないのだから、未来の技術に圧巻されてしまう。
──コレ、もう、空想具現化の域に達してないか?
不意に脳裏をそんな言葉が過るくらい、口の中の感覚は本当に何かを食べているのと同じであり……俺は10円くらいだった筈のコーラガムに時の流れを感じていた。
……その時、だった。
「……ぐ、がぁあああああっ?」
俺の口内に突然、刺すように鋭く灼熱のように熱い、凄まじい何かが出現し、俺は思わずそんな悲鳴を上げてしまったのだった。
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