8-4 ~ 未来のメニュー ~
警護官ユーミカさんの趣味である『食事』……VRを利用した肥満も栄養の偏りもなく食の快楽だけを楽しめる健康的な趣味を実施するべく、俺は
──オーソドックスなのは……何だこりゃ?
取り合えず俺が調べたのは「ここ一週間、地球圏内で最も注文者数が多かった」と言われる世界週間ランキングのメニューだったが……目を通す限りどうしてソレらが人気メニューになったのか、とても俺には信じられなかった。
まず一位のロイヤルケーキハウスメープル&ハニーシロップコーティングは、5m×7m……延べ床面積35m2くらいの一階建てケーキの家を好き放題食べて良いという、甘党の人間でも吐き気を催すような狂気の代物である。
──飽きないように各部材でも味を変えており、飽きない甘さを、か。
やりたかったことは分かる。
俺が生まれるよりも更に150年以上昔から存在した、どこぞの童話にある『お菓子の家』を実現したかったのだろう。
現実では「勿体ない」とか「汚い」とか「無駄の極み」とか「身体に悪い」とか、様々な理由で実現できないその童話の産物だったソレを、そもそも仮想現実なのだから食べきれなくても食品ロスなどなく、食べる側としても虫歯や肥満、糖尿病も高脂血症もない訳で……そう考えると『お菓子の家』というニーズがメニューとして実装されてしまったのは分からなくはない。
そして、一度メニューとして実現してしまったVRお菓子の家は、「もっと派手に」「もっと豪華に」「もっと甘く」と、お客様の要望に従い進化を突き進んでいった結果……こんな頭のおかしい建造物へと変貌を遂げてしまったのだろう。
──どう考えても食いきれないだろう、こんなの。
幾らVRを使用して食品ロスがないにしても、食事が現実世界の生活の一部という認識がある俺と同世代の人間には、こんな食べ物で遊ぼうという発想なんざそもそも浮かばないと思われる。
ちなみに……人気メニューナンバー2はもっと酷い。
全裸少年の表面に塗りたくったチョコレートを舌で舐め尽くそうという趣旨のメニュー……「チョコレートコーティング少年仕様」って、誰が喜ぶんだこんなもの。
──こんなの欲しがるなんて、もてない女と特殊性癖の男だけ……
──ああ、なるほど。
半眼でメニューを眺めながら、そこまで思索を展開していった俺は、ようやくこの未来社会が99.99%以上が女性で構成されていることに思い当った。
少なくとも俺の記憶では、経験したことはないにしろ『女体盛』なるメニューが知識の中には存在しているのだから、女性主体のこの未来社会では酒の肴が甘いモノに、女体が少年に変わってしまったのも、ある意味女体盛が社会に適応した結果と言えるのだろう、多分、恐らく、きっと。
ちなみに成年向けメニューだと、そのまま性的にお召し上がりすることが可能らしく……それはVRの『性的活用』であって、『食事』を目的としている今日の俺としては外道となるため、本日のところは何も言わずに検索機能から除外する。
「……これも、かぁ」
第三位は、ようやく甘味から離れられたと思ったら、灼熱地獄でしたみたいなメニュで……超濃厚地獄麻婆豆腐バケツ仕様という、これもSAN値を削ろうとかかってくる代物である。
塩分と唐辛子……通常のではなくハバネロとかジェロキュアなるアレを600年間品種改良したらしき新種に、花椒やらの刺激物をふんだんに突っ込んだ、人間の食い物からは著しく逸脱しているとしか思えない物体となっている。
──もう美味しいを通り越して、ただの刺激だろう、これ。
これは想像でしかないのだが、VRによる『食事』も最初は恐らく「ただの美味しい料理」を提供していたのだと思われる。
だけど、人間ってのは刺激に慣れていく生き物だ。
ジェットコースターがより過激でより複雑になって行ったように、テレビの画質がどんどん綺麗で鮮明になっていったように、ゲームの効果が派手で華麗になっていったように、需要側が刺激を求めていった結果、当初とは比較すら出来ないほどの過激な代物になり果ててしまったのだろう。
──四位、五位もか。
四位は直径10mほど、高さも30mを超えるウェディングケーキであり、もはや食べ物というよりは建造物である上に、五位は野郎が入っているお風呂の
実際のところ、俺が暮らしていた頃のレストランでは、出される料理には「食べられる量」の制限と「価格競争」とがネックとなり、ある一定の線引きがされていた。
料理がデータ化され、量も価格も味もただのデータでしかなく、更には何を食っても健康被害がないとくれば、凄まじい刺激物になるか、建造物レベルの大盛になるか、訳の分からない風俗物に走るかのどれかに振り切れてしまったのだろう。
──野郎の糞尿を飲食するメニューもありそうだな、こりゃ。
長考に入った俺の脳みそがそんな要らぬことを考えた所為、だろうか。
勿論、食事ではなく性的サービスの一環であり、リトル=ジョーの方は兎も角、ビッグ=ベンの方はそこまで人気がないという知識に、つい溜息が零れ出たものだ。
「しかし、これは流石に……」
ずらずらと並ぶ、食事を通り越して刺激物でしかないメニューを眺めながら、俺は小さくそう呟く。
取り合えずランク20までを流し見していたが、食べたいと思えるものが一品たりとも出てこないとは思わなかった。
どうやら人類の味覚とやらは600年の間で致命的に変革を起こしてしまったらしい……なんて内心で呟きつつも、ふと思い返して検索を試みてみる。
──週間ランキングじゃなくて。
──年間ランキングを……
幾らこの未来世界の味覚がとんでもなく先鋭化されているにしても、真っ当なメニューが完全に廃れる訳がない。
俺の感覚が正しいならば、あまりにも鋭いネタメニューは瞬間風速こそ凄まじいもののその寿命は短く……逆にまともに美味しいメニューは爆発的な瞬間人気は出ないものの年代を超えて受け継がれていくに違いない。
そう考えてランキングの期間を変更してみたのだが、俺の感覚はまさに的を射ていたようで……トップ3以外のキワモノは全てランキングの彼方へと消え去っていってくれた。
──それでも、お菓子の家と全身チョコと地獄麻婆は残るのか。
その事実に俺は天を仰いだものの……まぁ、この三つは食べたい食べたくないは別にしても、取り合えずニーズがあることだけは理解できる。
そして、今の俺的にはこんな変態的なメニューよりも眼前で選ばれるのを待っている魅惑的な味覚の方が遥かに大事だった。
「やはり初心者的には、ベストセラーであり月間ランキング一位の、このお菓子の……」
「……カレーだな、やっぱり」
悩みに悩んで俺的には「ない」選択肢を選ぼうとしていたユーミカさんを遮るように、俺は自分の食べたいメニューを勝手に選ぶ。
何やら警告らしき画面がすぐさま出て来るものの、ヤバいメニューに触れるのを恐れていた俺は、その警告に目を通すこともなく、脊髄反射的に『承認』の項目を選んでいた。
次の瞬間、俺の身体からふと力が抜け……身体が重力に引かれて直下に崩れ落ちて行くのが分かる。
「あ、市長、そのままでは……」
警護官のリーダーであるアルノーの、そんな声が耳に入った気がしたものの……俺の意識は自然と仮想空間へと飛んでしまったのだった。
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