7-8 ~ 旅行その1 ~
「はい、お茶です。
……これでよろしかったのでしょうか?」
「ああ、悪い。
うわ、めっちゃ懐かしいな、これ」
一緒に遊ぼうと決めた当日である昨日は、筋肉痛が酷過ぎて見送り……決めた段階では「すぐさま遊ぼう」というテンションになっていたものの、ベッドから起き上がれない自分に気付いてすぐに断念してしまったという間抜けな経緯があり……
そして、その翌日である本日。
遊ぶ前の一休みとして、未来の
その呟きの通り、俺が覚えている限り、温かい緑茶なんて目覚めてから飲んだのは初めてであり……それほど好きだったような記憶もないのに、何故か妙に感慨深かったのだ。
ちなみに、何故「淹れてくれた」ではなく、「手渡されたか」と表現したかと言うと、リリス嬢自体はただ虚空に指を這わせただけだったから、である。
俺が以前コーヒーをトリー・ヒヨ・タマの三姉妹に出した時のように、この時代は家事の全自動化が進んでおり、飲み物を提供するのに大した手間は必要ない。
だからこそ俺の感覚では彼女の差し出した緑茶は手渡されたと表現した訳だが……恐らく未来感覚的にはこれでも淹れてくれた、と表現するべきだと思われる。
恐らくではあるが、インスタントコーヒーが流行し始めた頃でも、これを淹れると表現するかどうかで個人差があったのではないだろうか?
加えて言うならば、たとえ男の部屋であってもこういう雑事を女性自身が進んで行う方が好感度が高いという「モテる女について」の統計が出ている……と
彼女がその統計について知っているかどうかは分からないが……いや、幾ら男性に甘い社会だからって、脳に直接
そして、「男性との初体験への誘い方」とか「下着の選び方」なんて検索履歴を教えられたにもかかわらずポーカーフェイスを貫き通した俺は、意外とギャンブルが強かったのかもしれない。
「では、最初はご旅行から始めましょうか?
場所は、有名どころを選定しておりますので、その中からご自由にお選び下さい」
「……致れり尽くせり、ってヤツだな」
恐らく誘われた昨日の内に作成したのだろう、彼女が差し出してくれたリストを眺めながら、俺は小さくそう呟く。
先ほどの検索結果を知っている俺としては、この程度の情報は
それでも、まだ今一つ実感が湧かないとは言え十代半ばの婚約者様が俺のために手を尽くしてくれたのだから、あまり要らぬことを考えず、素直に感謝することとする。
「京都に東京……600年前から順番にって何だこりゃ?」
「ええと、東京が震災によって被災し、復興したその後に、変わりゆく都市の景観データを電子化して残しておこうという動きがあったようでして。
30年ごとに各主要都市を保存しているのでその利活用のため、仮想空間内で昔の都市を歩こうというキャンペーンを政府が主導して行っていた、その名残と言いますか」
リストを一覧し、何となく記憶にあった名前を見つけ思わず飛び出した俺の呟きに、婚約者の少女がそう答え……その解答を聞いた俺は、全国の主要街道を見れるインターネットサービスがあったことを思い出していた。
細々した技術的なことは分からないものの、理念的なものは同じだろう。
と言うか……
──旅行か、それ?
どっちかと言うと、旅行に行く暇のないサラリーマンが現地の画像を見て「行った気になる」程度だと思うのだが……まぁ、この時代の男性は厳重な護衛なしでは外出もできない身分なので、旅行と言えばそういうモノになってしまうのかもしれないが。
そんな事情を加味したところで、既にどうなったのかすら分からない上に、具体的な記憶など残っておらず名前しか知らない都市のデータ内を歩こうとはとてもじゃないが思えなかった。
それよりは、近世都市ヴィーナスサーティーンとか、衛星軌道都市キャノンボールとかの方が面白そうではある。
「この辺り、かな……」
「……ええと。
ああ、金星の廃棄都市ですか。
俺が適当に選んだ一つ目に対する彼女の反応は、そんな予期せぬ……そして訳の分からないものだった。
「……廃棄?」
「ええ、そうです。
何故か金星では、後継者が都市を継ぐのを嫌がる傾向にあり……テラフォーミングしてさえ居住環境が劣悪なままの金星は、人口減が進んだ結果、幾つもの廃棄都市が並ぶ過疎地となっておりまして。
今では、仮想空間内で『亡霊を見た』との証言が相次ぎ、その手の観光としては有名なスポットの一つになっております。
特に13という数字が昔から不吉の象徴であったらしく……」
13日の金曜日に暴れ回るホッケーマスクの怪人が有名になり過ぎたのが原因な気がする彼女の説明を聞き流しながらも、俺はふと亡霊という存在について疑問を抱いてしまう。
もしかすると、これほどの未来であれば霊魂の存在を科学的に証明し終え、既に死者の復活さえも実現……
──いや、そんな非科学的な。
十分に発達した科学は魔法と区別がつかない、とか何とかって言葉はあるものの、幾ら何でもそこまで何でもできる世の中にはなってないだろうと、俺は自分の考えを自分で否定する。
少しばかり怖くなって
何故そのものと限定されるかと言うと、DNAによるクローンは法律で禁じられており法規上・倫理上に制限がある上に、記憶の転写は記憶消去刑との関係上、事故や加齢などで記憶を喪失した人間のみの仕様に限られており……「個人の主観として見る場合ならば、仮想人格であれば復活は可能」という小難しい結論が導き出されてしまったから、である。
どういう意味かと言うと、『作家殺し』というツールに答えがあった。
コレは未完のまま死亡した作家の経歴や時代背景、過去作を読み込ませることにより、AIがその作者の思想・嗜好、描写の癖に至るまでを学習し、予測……作家が死ななかった未来に書いただろう作品を生み出すツールである。
尤も、このツールは『生きている作家』にも用いることが可能であり、その『作家殺し』によって誰にも話したことのない未来の作品を、構想通りに描かれてしまったことで、数人が自分の存在意義を見失い自殺……死ななくとも数百人が筆を折る自体が発生したという、名前通りの凶悪極まりない代物だ。
このツールに用いられているのが、作者の仮想人格を作成して創作させるという方法であり、ある意味では死者の復活を行ったと言えないことはないだろう。
造られた当時から今まで凄まじい賛否はあるにしろ、この『作家殺し』というツールのお陰で未来の人たちは、過去読み損ねていた未完で終わった筈の作品の続きを、完結するまで読むことが可能となっている……のだが。
──残念ながら俺の場合、何を読みたかったのか、その記憶自体がないんだよなぁ。
そんな訳でこの素晴らしき未来の技術は、俺にとっては全く恩恵のない未来の技術になってしまっている訳だが、それは兎も角として。
「……亡霊ねぇ。
そんなの、男の恐怖心を煽って生殖本能をって政府の策略じゃね?」
俺は適当にそう呟いてその廃棄都市とやらを選択肢から外す。
生憎と俺は社会見学がしたいのであって、ホラーの聖地巡りをして生殖本能を喚起したいとは欠片も思っていないのだ。
勿論、そもそも幾ら喚起したところで未だ役に立たないという過酷な現実があるのだが……異性にソレを告げる気にはなれなかった。
「なら、この衛星軌道都市とやら、かな?
どんな場所かすらさっぱり分からないが……」
「衛星軌道に浮かんでいる円筒型都市ですね。
地球が一望できる観光都市として有名なところで、観光収入と知名度で地球圏屈指の都市として有名となっております」
さっぱり知らない場所へ行く観光旅行よりも、VRを用いた観光をしてみたいという興味本位の俺は、既に旅行先が何処だろうと構わない心境になっていて、取り合えず一番上にある人気スポットを選んでみる。
手続その他を代行してくれる未来の
「では、今回は旅行の雰囲気を確かめるためですので、一時間ほどを設定します。
勿論、延長は可能ですので時間が来ればお知らせさせていただきます」
「……ぁ、ああ」
旅行の申請は本当に一瞬で終わったらしく……俺の感覚では旅行ってのは一か月前くらいから向かう場所の情報を集めて、足を用意して、行く先のホテルを予約して、という感覚なのだが。
どうやらこの600年後の未来では、VRということもあるのだろうが、行こうと思ったら数分で旅行が出来るもの、らしい。
「旅行に行きたい」と口にしてはいたものの、心の準備がまだ整っていなかった俺だったが……結局、覚悟も整わないままに仮想力場の椅子に座らされ、事前情報も何もなく衛星軌道都市キャノンボールとやらへと向かうことになったのだった。
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