7-7 ~ 頭脳奉仕刑 ~
「何で、こんな……」
「……ああ、頭脳奉仕刑ですか。
過去の偉人の知性をトレースする技術は既に完成していますが、技術革新のための発想を生み出す技術は未だに完成しておりませんので、仕方ない……との話です」
思わず零れ出た俺の呻き声に、未来の
彼女にとってその刑罰は、俺が昔、死刑の内容を聞いた時と同じ……「当たり前のこと」でしかなく、何一つ疑問を抱かない程度のことなのだろう。
──まぁ、そんなもの、なのかな?
俺の感覚では斬首刑は残酷な刑罰だと思う一方、絞首刑は食らって当然の犯罪者が自業自得で勝手に殺されるだけの話……要するに「遠いけど当然の話」でしかなかった。
恐らくは遠い昔の時代……火刑台で火炙りにされた背教者や串刺し刑で道端に並べられていた罪人たちを見る一般市民の感覚も、こんな感じではなかったのだろうか?
そういう意味では、俺が頭脳奉仕刑に対する忌避感は、リリス嬢を始めとする未来人が絞首刑に対する忌避感と似ているのかもしれない。
──この時代、死刑はとっくに消えている、か。
特に頭脳奉仕刑は俺の時代ではサイコパスと呼ばれていたような特殊個体の脳に適用されることが多く、常人にはない発想を生み出してくれるとか何とか。
まぁ、基本的には仮想空間の中で好き放題人殺しをして楽しく暮らしているらしいのだが……終身刑の一つと言えば悲惨な気もするが、本人が死ぬまで楽しい夢を見れるのなら、それは果たして刑罰と言えるのだろうか?
「当然の処置ですよ?
二度と現実に戻れないのですから、もう犯罪は起こりません」
そんな俺の疑問に気付いたのか、リリス嬢は笑顔のままでそう告げる。
彼女の告げたその回答が、俺の脳内思考とは何処となくズレているのは、彼女が俺の顔色を読んだだけであり、思考そのものを読み切っている訳ではない証左だろう。
「……なるほど」
終身刑……社会復帰が不可能な犯罪者を「社会から永久に切り離す」という刑罰としては、確かにそれは正しく機能しているのだろう。
基本的に犯罪というものは、加害者が社会について未習熟であるが故に起こり、だからこそ加害者には二度と犯罪を起こさないよう学習させる、というのが近代法における懲役刑の考え方だったか。
それが叶わないほどの重大犯罪者に適用されるのが終身刑である以上……更生の余地のない犯罪者を社会から切り離すのは正解である。
その手の論調が死刑制度に反対する云々を一度調べた覚えがあり、この未来社会の刑罰も、その考え方が発展した結果なのだろう。
……だけど。
──どうにも釈然としないのは何故だろうな?
俺は口には出さないものの、内心ではそんな感想を抱いていた。
ちなみに、
それも社会実験の結果……犯罪を一切起こせない閉鎖空間を作ったのと同様に、一定の都市を使った実験を行い、警護官の重傷者や殉職者数が激減したことより導入されたシステムで、このシステムの発案者は頭脳奉仕刑の受刑者とのことだからこの時代の先進性は俺の想像をはるかに超えている。
──犯罪者が提案した犯罪者を庇う法案が通るのか。
正直な話、俺の感覚では「納得いかない」の一言ではあるが、未来社会がそういうものなら従うしかないのだろう。
俺は所詮ただの一男子であり、義務である学校にすら通っていない……ただの無駄飯ぐらい以外の何物でもないのだから。
「ちなみに、一切のストレスのない仮想空間での暮らしは、わずか1年で犯罪嗜好が消え、後は反省しながら暮らす受刑者が出来上がるそうです」
「……そりゃそうだろうなぁ」
俺にそういう嗜好がない以上、ただの想像でしかないが……殺人や傷害も、禁忌だからこそ楽しいのだろう。
ゲームの中で雑魚を一方的に嬲って殺す行為なんて、それこそ1年も続ければ飽きて来る。
頭脳奉仕刑の受刑者たちがどういう生活をしているのかなんてただの想像でしかないが、一切のストレスのかからない、罰せられることもないリアル同然のゲームなんて、本当に瞬間で飽きるに違いない。
──そんな飽きたゲームの中で、ログアウトも永眠も自殺も出来ない、か。
──確かに、刑罰かもな。
ちなみにこの時代……都市住民に自殺の自由はないものの、終身刑と同じように「仮想空間に入り寿命が尽きるまで永眠したい」と望むことは可能らしい。
列車に飛び込むとかビルの上から飛び降りる連中や、「死にたかった」なんて理由で周りの人間を殺傷するクズなど、どれもこれも経済的損失が酷過ぎるという結論から、自殺代わりに仮想空間での永眠は認められている、とのことだった。
尤も、延々とゲームをやり続ける人生に耐えられる人間はそうおらず……永眠者は普通の受刑者と違って目覚めることが可能なため、大体が数年経たずに永眠を止めて社会に戻って来るそうだが。
それは兎も角……犯罪者にも人権が認められ、被害者には保証が与えらえるこの未来は実に人権に配慮した素晴らしい社会構造をしているようだった。
──ただし、現場での射殺は認められている、か。
そうして犯罪者について考えていた所為だろうか?
不意に俺の脳みそは、俺をこの時代に蘇らせてくれた恩人……あのサトミさんの記憶を引っ張り出してきた。
眼前で知り合いが……命の恩人が最期を迎えたあの光景は、僅か数秒だったにもかかわらず、未だに俺の網膜に焼き付いて離れない。
それでも、この時代に生きている知人も増えてきた所為か……「こんな社会、全部ぶっ壊してやる」という決意は、あの日のそれと比べるとじわじわと薄れかかっているのが分かる。
「取り合えず、入学まで10日間は暇、ってことか。
さて、何をするべきか」
思い出す度に薄れていく決意を知覚つつも、俺はそうして未来の
このまま時間が解決する……かどうかは分からないが、今の俺は無力な一介の餓鬼に過ぎず、まだこの歪な600年後の社会について学んでいる最中なのだ。
本当に行動を起こすかどうか決めるのは、可能な限り学びつくしてからでも遅くはないだろう。
「は、はい。
殿方が好まれる遊びと言えば、ご旅行や飛行観覧、戦争観戦などでしょうか?
どれでもすぐ実行できますので、よろしければすぐさま準備させて頂きますがっ!」
俺の呟きに対し、我が意を得たりという様子で、リリス嬢がそう意気込んで答える。
尤も、
──どうせやることもないし。
──ものは、試しか。
「なぁ、今から暇、か?」
そうして俺は、学校までの暇つぶしを兼ねつつも、この600年後の未来の男子が好む『遊び』をやるべく、眼前の婚約者に遊びに誘い……
「え?
ぇえええっ?
は、はい、あ、ああああなたからのお誘いは全都市人口全てよりも優先されますっ!」
断られるとも思っていなかったが、俺の誘いに対する彼女の答えは……俺が望めば、都市人口の全てを生贄に捧げることでさえも躊躇うことなく頷いてくれそうな、威勢の良い二つ返事だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます