7-6 ~ 学校で学ぶこと ~


 ──うわぁ、学校行きたくねぇ。


 これから男性として唯一の義務……いや、唯三くらいの義務の一つである「男子校への入学」を聞かされた俺の内心はそんな、身も蓋もないモノだった。

 だけど、それも仕方がないだろう。


 ──男子校って何だよ、男子校って。


 この凄まじいを通り越してアホ以外の何物でもない、男女比1:110,721の超絶ハーレム世界で、わざわざむさ苦しくてホモホモしい男子校なんて地獄へどうして行かなきゃならないのだろう?

 いや、勿論、俺の変な偏見が入っているのは認めるし、行きたくないあまりに「過激な表現が含まれています」になっているのは事実である。

 だけど、それでも、俺にとって男子校ってのはそれくらいあり得ない選択肢だったのだ。

 ただでさえ曖昧な俺の記憶の、その上遥か昔の学生時代に、もしかすると何か嫌なことがあったのかもしれないが……生憎と全く思い出せないので、この嫌悪感の原因が究明されることは恐らくないのだろう。


「……で、いつから通うんだ」


 とは言え、俺も一応は社会人をやっていた経験者である。

 記憶が途切れ途切れである以上、「恐らくは社会人だった」のが正しい表現だろうが、それでも「行きたくないから嫌だ」なんて言い草が社会で通用しないことくらい、嫌と言うほどに思い知っている。

 だからこそ、筋肉痛で寝そべったままの俺は不平不満を呑み込んで、義務を果たすべく未来の正妻ウィーフェにそう訊ねていた。


「法的な手続きはもう完了し、入学許可が3日以内には下りるとのことです。

 ……殿方の場合、突然訪れた環境の変化に覚悟を決めることに平均で7日間を要するとの統計がありましたので、心身に負担がかからないよう通学開始は10日後を予定しておりますが」


「……男子に甘すぎるだろう、この世界」


 リリス嬢の色々と配慮したスケジュール構成に、俺は思わずそうぼやいていた。

 事実、社会人となれば県外出張が前日に知らされるなんてのもザラであり……俺の働いていた会社が少々ブラックだっただけの可能性もあるが、社会人男性には心の準備なんて与えられた覚えが全くない。

 なのに、たかが学校に通うだけで10日間も猶予を見てくれるというのだから……


 ──いや、学校に通うってのはそんな感じだったか?


 俺は自らの義務教育時代を思い出そうとするものの、生憎とそれらの記憶は欠片も浮かんでくることはなく……何の参考にもなりやしなかった。

 取り合えず分かっていることと言えば、あと10日間ものんびりとゲームをして過ごせば良い、ということだけである。


「っつーか、学校ってどこにあるんだ?

 通うのに時間がかかると面倒なんだが」


「えっと、しいて言うなら仮想空間、でしょうか?

 通学時間は、その、ベッドに寝てVRシステムを起動する程度の時間で済むと……」


 通うことには同意するものの、決して望んではない……そういうアピール目的で告げた『通学時間』という問題は、リリス嬢の一言によってあっさりと崩壊していた。

 事実、数秒で通える学校について通学時間をサボタージュの理由にするには少しばかり弱すぎる……いや、今考えるべきことはそんな些事じゃない。


「……仮想、空間?」


「ええ。

 知識の習得を目的とするならば、わざわざ学校に出向く必要はありませんし。

 実のところ、殿方に一番必要な学習項目は、対等の友達を作りを学ぶこと、だそうですので」


 男性に配慮しているようで、今一つ配慮が足りてないような彼女のその言葉は、俺からしてみれば実に納得できるものだった。

 考えてみれば、BQCO脳内量子通信器官によって一瞬で知識を転写してしまうこの未来社会には、時間を無駄に費やすばかりの効率の悪い学校の授業なんて

 むしろ半端な知識よりも、十歳そこそこで母親と分断され、正妻ウィーフェや護衛、市民などにちやほやされ続け、自分が最上という認識で育ち続ける男性の人格がどうなるかなんて火を見るよりも明らかであり……そちらの対策が下手な知識よりも必要というこの未来社会の方針は十分納得できる話である。

 俺の暮らしていた時代でも、確かに学校という教育機関は人格形成の意味が強かった覚えがあるが……まぁ、変な輩がデカい面をして数割のスクールカースト弱者の人格を狂わせる、負の側面も持ち合わせていたが。


「それに……同じ空間に貴重な男性を詰め込むなんて、テロリストに狙ってくださいと教えるようなものです。

 加えまして、あまり考えたくはないですが……感染症などという事態が発生することも考えられます」


 俺が遥か昔のぼやけた記憶を思い出そうとしている間にも、未来の正妻ウィーフェの言葉は続き……その内容はまたしても頷けるものだった。

 こんな男女比の狂った、市外の無法者たちが常に男に飢えているような社会で、若い男性が集まっている場所を公開してしまえば、世界中の無法者じょせいたちが一斉に襲ってくるに違いない。

 犯行に及んだ女性人口を減らすことで男女比の解消に努めたいならば兎も角、それ以外の意図で男性を危険に冒してまでそんな飢えた獣の眼前に生肉を見せつける真似をする必要はないだろう。

 そして……


 ──この未来でも、感染症はあるのか。


 風邪の特効薬を見つければノーベル賞だと何かで読んだ記憶があるが……それほどまでに空気感染するウィルス性疾患は防ぐのが難しいと認識している。

 そして、俺が北極の海に沈んで600年超が経過したこの世界にも、やはり感染症があるようで……


 ──ウィルス性の空気感染する……ああ、ストップストップ。


 少しだけ興味が湧いた瞬間、BQCO脳内量子通信器官を通じて頭の中に転写され始めた知識の数々に、俺は慌てて内心で悲鳴を上げる。

 どうもこの項目……医療系の知識は検索者が少ないようで、BQCO脳内量子通信器官のメインシステムが知識を一気に流し込みすぎたようだった。

 唐突に専門知識を聞かれて張り切ったオタクが早口で好きなジャンルを語ってしまう……アレと同じような現象、と言っていいのかどうか。

 別にBQCO脳内量子通信器官のリンク先の、メインコンピューターに人間の知性が入っている訳でもあるまいし、データ流入が気分なんかで動く訳もなく……恐らくは一度に脳に焼き付ける知識量を設定した昔の人間が、そのジャンルに詳しかったことが原因で、必要な知識量を他と比べると少しだけ多めに設定してしまった。

 要するに、ウィキペディアを編集した人間の中に専門家がいた場合、妙に詳しいページが出来上がってしまっている、というだけの話なのだろう。


「そんな訳で、殿方は基本的に各都市に分けて住まわれることで、それらのリスクを最小限に抑えているのが実情なのです。

 勿論、それを嫌い、たまに数人で都市を形成する方もいらっしゃいますが……」


「……貯金通帳を分ける理論か」


 銀行が潰れた、カードが盗まれたなど、万が一の場合に備え銀行口座をいくつか確保する……要するにリスク分散の考え方はこの時代でも当然にあるらしい。

 男子校がVRによる仮想空間……要するに通信制というのはリスク分散という意味では当然であり……そして、俺が今日プレイしたVRゲームのリアルさを考えると、仮想現実であっても十分に「同年代で上下関係のない同級生と会話し触れ合い、友人関係を学ぶ」という目的は達成できそうだった。


「たまに男子校へのクラッキングを敢行する女性も出ますが、基本的に計画段階で重罪ですし、実行に移しても失敗するがオチ。

 万が一成功してしまった場合は、その時点で優秀さを買われ、の刑罰を数十年単位で課されるとされています」


「……うげ」


 ふとリリス嬢の口から出た『頭脳奉仕』という刑罰に疑問を抱いた俺は、BQCO脳内量子通信器官から送られてきた情報に触れ、思わずそんなうめき声を零してしまう。

 その刑罰は、二十一世紀に生きていた人間から考えると眉を顰めるのが当然だろう。

 何しろ、才能があり優秀な頭脳を持つ犯罪者の頭脳を取り出し、仮想空間内で様々な刺激を与え思索させることで、この時代のコンピューターでも実現できない、社会を革新させるためのアイディアや思想の源泉とする。

 要するに、脳みそをいじって社会活動に奉仕させる……非人道的極まりない刑罰が科せられていたのだから。

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