7-5 ~ 学校について ~


 トリー・ヒヨ・タマから色々と欲しい情報を聞き出したあの後……もう俺の用事は終わったというのに必死に会話を続けて退出を渋る三人娘を最後は無理矢理追い出し、俺は取り合えず一人でこの時代のゲームとやらをやってみたのだが。

 ……その記憶はあまり思い出したいモノじゃない。


 ──まさか、未来のゲームがここまでとは。


 三人娘との会話の最中に昔を思い出した所為か、何処となく聞いたことのあった長期シリーズの最新版をやってみたのだが……それが最悪の罠だった。

 正直に言うと、ゲーム云々は兎も角、この時代のゲームで用いられているというVR……ヴァーチャルリアリティの技術そのものは凄まじかった。

 たかがゴーグルのような装置を付けただけで入った仮想空間の筈なのに、その場にいるという現実感リアリティは信じられないほどに強く、被服の重さから着心地、風の感触から街の匂いに至るまでが再現されており、更には歩いた時の疲労感、銃の重さまでが現実としか思えないのだから、その技術に馴染みのない21世紀人から見れば魔法以外の何物にも見えなかったほどである。

 だけど……


 ──馬鹿だろう、未来人。


 感動できたのは、その技術だった。

 リアリティを追求した結果なのか、銃は重いし、反動で狙いは定まらないし、走り回って疲れるところまで現実と同じにする必要はあるのだろうか?

 そして何より……の存在感や触感、臭いまでがリアルそのもので感じられるのだ。


 ──最新の技術を惜しみなく投入し、過去作で最もリアリティを追求した結果。

 ──売れなかったってのは真理だよなぁ。


 何しろ、宇宙から来たという巨大な蟻に生きたまま貪り食われるのである。

 勿論、食われる激痛は流石に緩和されているものの、足首から先が無くなったあの感覚は今思い出すだけでも震えが止まらない。

 実のところ、VRのを調整すれば痛みやら疲労やらの度合いは変えられるらしいのだが……一度高難度でやり始めると難易度を下げてしまうのは負けた気がするのはゲーマーの性だろうか。

 ちなみに疲労感と筋肉痛までがセットになっているのだから、何度か勧められたように「身体を鍛えるため」ならば、このVRというシステムは確かに素晴らしいに違いない。

 ……当然のことながら「自分が今、過度の筋肉痛によって寝込んでいなければ」という注釈は付くのだが。

 ちなみに、俺のベッドには最新式であるシーツごと微細泡浴が可能な装置が取り付けられているらしく……汗だくになってしまったのに筋肉痛の所為で起き上がることも出来なかった俺は、寝たまま全身を洗ってもらっている。

 本来は、正妻ウィーフェと言うよりは恋人ラーヴェとの逢瀬後に用いられるシステムらしいのだが……寝たまま全身を洗われると言うのは、楽なのは認めるものの、あまり心地良い感覚ではなかった、とだけは言っておく。


「あ、あああなた、聞いていますか?」


「はいはい。

 分かってるって」


 そんな自業自得以外の何物でもない全身筋肉痛で寝込んでいる俺の看病をしてくれているのは未来の正妻ウィーフェこと、リリス嬢だった。

 昨日までは変な気を使って俺と直接顔を合せようとしなかったのだが……さっき警護官三姉妹を部屋に連れ込んだことで、俺があのテロの一件でトラウマを抱えていないことに気付いたらしく、こうして部屋へと突入してきた次第である。


 ──強く言えば追い出せるんだろうけどな。


 今のところ、リリス嬢の献身的な好感度稼ぎはそれなりに成功しているらしく……俺は彼女がこうして1m以内に接近されても嫌悪感を全く覚えない。

 いや、勿論、中身おっさんの身としては、女子中学生に接近遭遇されて嫌悪感を覚えることなどあり得ないのだが……こちらの時代の常識では、女性は男性に不用意に近づいた場合、正妻ウィーフェだろうと恋人ラーヴェだろうと制裁対象となってしまうとのことを先ほどリリス嬢本人の口から聞かされたところである。

 特に一度からと調子に乗る恋人ラーヴェがたまに制裁対象となっているという事例を聞かされ……これ、リリス嬢の自戒ではなく、「三姉妹が調子に乗った場合は制裁を下しましょう」という牽制ではないだろうか?


「で、学校に行く、だったっけ?」


「はい、ようやく学校へ通う手筈が整いました」


 彼女がこうして俺の部屋に来ている理由は二つあり……一つはアホな理由で筋肉痛になっている俺の看病のためであり。

 そしてもう一つが、俺が「なるべく行きたくない」という意思表示のために再度口にした、入学の手続きを進めるため、である。


 ──入学って、今さらなぁ。


 俺は自分の感覚では40少し手前くらい……いや、もしかしたら30半ばくらいかもしれないおっさんという認識である。

 その上、記憶にはないものの学生時代という単語に妙な忌避感を覚える俺としては、『学校』と名の付くモノに関わるのは全力で敬遠したいところなのだが……生憎とこの時代での俺の法的な位置付けは、10代前半の少年でしかない。

 もし今から俺がおっさんであると主張したところで、外観がコレであり法的にも10代でしかない以上、餓鬼の戯言として片付けられてしまうのが容易に想像できてしまう。


 ──割り切るしかない、か。


 そもそも「学校が嫌だ」とどれだけ叫ぼうが、何かが解決する訳もない。

 大人になれば意に添わないけれどやらなきゃいけないことなんて幾らでもある訳で……少なくとも補助金の関係とかで業務期限が3日しかない測量設計をお役所から仰せつかるよりはマシだろうと、俺は覚悟を決める。

 そんな俺の心境の変化を感じ取ったのか、リリス嬢が眼前に展開していた空間モニタを可視化し、俺の前へと運んでくれる。


「現在、書類の提出は既に完了しております。

 向こうの事務局が書類審査を行い、問題がなければ3日以内には通学許可のためのパスが届く筈ですので……今すぐ通いたいと仰られても難しいのが実情ですが」


 そう言いながら彼女が向けて来た空間モニタには、学校が映し出されていた。

 ドローンで撮っている写真なのか、それともその映像内の学校自体が三次元的に仮想データ化され、そのデータを編集して映し出しているのか、視点が人間ではあり得ない空中を飛び回っている動画で……お役所なんかが流す図書館とか市役所とかの紹介ムービーによく似ている気がする。

 しかしながら、非常にレトロな……俺が暮らしていた時代の学校をそのまま持ってきたような、セキュリティに問題がありそうなこんな施設に通うのだろうか?


 ──って、俺が何処へ通うのか、もう決まっているのか。


 その学校施設を見て俺が最初に気になったのは、そんな疑問だった。

 個人的に学校ってのは、もうちょいと……こう何校かある内から、設備とか専攻学科、偏差値や通勤時間などを調べて、選んでいくシステムだと思っていたのだが。

 尤も、そんな俺の疑問を知る由もない未来の正妻ウィーフェ様は、空間モニタ上の画像を動かすことで、その建物を色んな角度で見せつけながら言葉を続ける。


「総生徒数は330人。

 地球上では、10歳から15歳までの全男子は、義務教育をこの施設内で受けるよう、法で定められております」


 とは言え、ここまでレトロな学校施設が未だに残っているのならば、セーラー服とかブレザーとかが残っていてもおかしくはない。

 この時代の男女比なら、正直にリアルハーレム状態……一つの学校に男子は一人しかいないだろう。

 なら、俺はもてもてうはうはの学生生活を楽しむことが……

 と、そこまで考えた俺は、ふと未来の正妻ウィーフェが告げた一つの単語を俺の脳みそがようやく拾い出す。


「……まて、全男子?」


 ……そう。

 彼女は確かに、全男子がこの施設で義務教育を受けるように法で定められていると言った。

 即ち、それは……


「ええ、そうです。

 10歳を迎えた男子は全員……一人の例外もなく、ここ連邦府立鼠子そし金玉きんぎょく学校へと通う義務があるのです」


「……っ、女子は?」


 俺はから目を背けるように……彼女の言葉を遮ってその問いを必死に放つ。

 だからだろう、彼女が告げたその酷い……あり得ないほど酷い学校名を意に介す余裕などありはしなかった。


「女子の場合、生まれた都市での教育を受けます。

 その中で優秀な成績を修めた者のみが正妻ウィーフェのための教育を、連邦より受託されて受けることを許可される仕組みになっておりますが……」


 既に俺の正妻ウィーフェとしての地位を約束されている成績優秀な眼前の少女は、その辺りの事情について、少しばかり言葉を濁していた。

 恐らく、詳しく告げると自慢になってしまい、俺に嫌われるかもしれないと考えた所為、なのだろう。

 俺としては、このリリス嬢は折角優秀なのだから、もう少しばかり自信を持っても良いと思うのだが……この酷い男女比の社会ではなかなか難しいに違いない。

 そして……


「要するに、この学校は……」


「ええ、そうです。

 この学校は、地球圏で唯一の、なのです」


 彼女のそんな絶望的な一言が、俺へと告げられたのだった。

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