7-4 ~ ゲーム ~


 暇つぶしの方法を探るべく、目に留まった警護官三姉妹を自室に招いて話を続けていた俺だったが……俺の目的としていた情報は全く得られないまま、脱線に次ぐ脱線により話は混迷したまま進み続けていた。


「そりゃ宝くじみたいなものですよ、男児の出産」

「そういえば、宝くじに当たれば男児を出産しやすいってどっかで……」

「……男児を出産するまでのお金が手元にあるからでしょ、それ」


 彼女たちを招いたのは性的目的じゃないと理解してもらうのに10分強を要した挙句、そこから俺は彼女たちの暇つぶしについて訊ねた筈が、話題は二転三転を繰り返し、何故か男性出産に至っているのが現状である。

 実際のところ、こういう生身の意見ってのはこの時代の感覚に疎い自分としてはありがたいので忌避するものではないのだが……

 どうしてこうなったという疑問は拭えない。

 もしかすると、女性との会話に脈略を求める行為は、600年という時を隔てたこの未来社会でも間違いでしかないのだろうか?


「……そんなに儲けるのか?」


 話を元の軌道に戻そうか悩んだ俺だったが……結局のところ、男児を出産するメリットについても、生の女性の声を聴いてみたいという好奇心に従い、そのまま彼女たちの自発的な会話を促すことにした。


「そりゃもう、うはうは、一生銭ジャブですよ」

「一生どころか、7回分の人生くらい、働かなくても遊んで暮らせる」

「しかも、税金納めなくても、勝手に精子が提供されるし……」


 多分、銭ジャブなる単語は俺に通用するように、未来の類する単語をBQCO脳内量子通信器官がそう翻訳してくれた結果だと思うことにして、今はスルーしておくが。

 そんな欲望丸出しの彼女たちの言葉を聞いたお陰で、何となく彼女たちの事情は理解できた。


 ──そりゃ推奨するわなぁ。


 この社会は、男女比1:110,721である。

 男性の総数があまりにも少ないため男児を生むことを至上とし、男児を生んだ母親を至上とする風潮があるのだろう。

 その風潮を推し進める一端がこの凄まじいばかりの財政優遇措置であり……そして二匹目のドジョウを狙ってか、その後も出産を推奨される傾向にあるらしい。


 ──男腹、女腹って迷信の類だろうになぁ。


 まぁ、男児出産確率が0.0009%なんて宝くじ級の低確率なのだから……社会全体が確率迷信にでも縋りたくなる気持ちも分からなくはない。

 が、恐らくはそんな迷信に縋った結果がこの男女比なので、あまり意味はないと思われるものの……この迷信が600年以上経過した今でも存在するのだとしたら。


「それ、生む機械にされそうだよなぁ」


 記憶の片隅に残っていたのだろう、とある政治家が袋叩きにあった発言が何故か急に浮かんできて……俺は思わずそう呟いていた。


「まぁ、周りの人は二子三子を求めるらしいけど」

「基本、男児を生んだ母は育児に専念するって聞いた、ような」

「取り上げられる10歳までは、男児を命懸けで護るのが母親の宿命」


 俺が生きていた時代では失言とされていた俺の言葉は、少女たち三人にとっては咎めるどころか眉一つ動かさないレベルの発言だったらしく……彼女たちは口々にそう呟く。

 

「でも、その博打に勝つための、精子を貰うのも凄まじい税金が必要だし」

「男児以前に妊娠ですら、こうして警護官として雇って貰えてなきゃ、私たちの家庭じゃ夢のまた夢だったよね」

「……しかも精子提供を受けても妊娠するかどうかはやはり確率次第、分が悪い賭けになる」


 トリー・タマ・ヒヨの三人がそう嘆くのも、彼女たち女性を取り巻く環境を考えてみれば当然のことだろう。

 事実、高額納税者しか妊娠すら出来ないのが現実なのだから。

 そういう意味では、普通家庭出身らしき彼女たち三人は、俺に選ばれたことで突如として宝くじに当たった……いや、この場合は超一流企業に就職が叶ってしまった、というのが一番近いのかもしれない。


 ──育児手当は、国家財源から捻出される、か。

 ──少子化対策には違いないだろうが……一体どれだけの人間がその育児手当を貰えるやら。


 そんなことを考えていた所為だろう。

 俺のBQCO脳内量子通信器官が突如としてその疑問に対する回答を横合いから脳みそに流し込んできて……思考が脱線した所為で「女性一人当たりの出産数と年収との相関図」を目の当たりにしてしまった俺は、思わず天を仰いでいた。

 男女比が狂っている所為では、妊娠・出産は凄まじいハードルの向こう側にあるとなっており……そうして富裕層が子供を産んで、そうして子供を産みさえすれば手当が出るらしいものの、それはあくまでも富裕層の人間を生み増やすだけの役割しか果たしていないようだった。

 貧困層の女性は出産どころか妊娠すら出来ず、老いて死んでいくだけなのがこの時代の普通なのだ。


 ──あれ?

 ──俺の住んでいた時代と大差なくね?

 

 俺の生きていた時代……21世紀初頭でも、少子高齢化で子供の出生数が減っていて子供手当とか何とかやってような覚えがあるが。

 そもそも賃金が低すぎて、結婚する男女が減ってきているってのに子供手当を出してどうするんだという声を聴いたことがある、ような。


 ──ま、今さらか。


 そんな600年も昔の話を思い返したところで1円の得にもなりやしない。

 俺はそう思考を切り替えると、そろそろ無軌道に走り続けるこの三人娘との会話を、当初の目的位置へと強引に捻じ曲げることとした。


「で、話は戻るが……そうそう、休日の過ごし方を聞きたくて呼び出したんだ」


 当初の目的を思い出すのに数秒かかる脱線というのも珍しいのではないだろうか?

 そんな感想を抱きつつ、俺は眼前の三姉妹にそう再び問いかける。


「えっと、基本はゲーム、ですかね?」

「うんうん、木星戦記とかも良いけど、警護シミュレータも捨てがたいかな?」

「……休日でも訓練できる」


 警護官三人娘の言葉を聞いた俺の脳裏に、またしても見聞きしたこともないゲームの内容が浮かんでくる。

 相変わらずのBQCO脳内量子通信器官が持つ機能であり、違和感が鬱陶しいことから直接頭脳に突っ込む設定は変更した筈なのだが……もしかすると、誰かとの会話中などの迅速な反応が求められる状況では、検索主が恥をかかないよう速度重視タイプに自動的に設定を変更されているのかもしれない。

 そんなBQCO脳内量子通信器官の設定は兎も角、俺の頭の中に浮かび上がってきた彼女たちの告げたゲームの内容は以下の通りである。

 まず最初のタイトルである【木星戦記】……現在、地球圏と木星圏で起こっているをモチーフにした、木星のアステロイド帯で人型ロボットに機乗して戦うVR式のゲームである。

 本当の戦闘ロボットを同じ性能、同じ操作感覚で遊べるかなり本格的なゲームとして有名であり、現在のゲーム市場でもダントツ一位の売り上げを誇っている、らしい。

 

 ──要するに、フライトシミュレータみたいなものか。


 俺の微かな記憶の中にも、大昔の戦闘機に乗って戦う系のゲームがあった、ような気がするので、そのリアルバージョンとなればそれは売れるだろう。

 しかしながら、あまりリアルを追及すると軍事機密に抵触する気がしなくもないが……


 ──お互いの戦闘ロボット……バトルスーツはほぼ市販パーツのカスタム機ばかり。

 ──武器も軍事機密に該当する情報は無し、って何だそりゃ。


 ちょいと気になったので詳しく調べようとすると、それほど難しい話でもなかった。

 現在の木星では、ジェネレーターから手足、装甲に至るまである程度の市販品を改造して使うのが基本となっていて、それぞれの製品は凄まじい数あるものの、、と言うか整備性を追求した結果、共食い整備目的でそういう仕組みが一番経済的だと判断された、らしい。

 だからこそ、市販品を組み合わせて自分なりの機体を作成し、それに乗るのが現在の木星での戦闘の基本であり、この木星戦記も同様のシステムを搭載しているとのことである。


 ──どっかで聞いたことあるシステムだな、これ。


 何か、企業が戦い合っている感がある……俺の記憶は今一つ定かではないので、はっきりとしたことは言えないのだが。


 ──んで、次の【警護シミュレータ】は、っと。


 どうやら、こっちは文字通りのVRで……男性を護衛する警護官になり切ってテロリストたちから男性を護るゲームのようだった。

 基本は5人までのコンビを組んで男性を護るのだが、AI制御の男性がしっかりと作りこまれていて……いや、作りこまれ過ぎていて、5ゲームに4回は仲間と思っていた警護官が実物と見紛うばかりの警護対象を襲ってゲームオーバーになるとか何とか。


 ──クソゲーじゃねぇか。


 少なくとも俺は仲間を撃ち殺すのが最善の攻略方法とか、仲間を最重要警戒ターゲットにしなきゃいけないゲームなんざ、やりたいと思えないのだが。

 これでもシェア率がかなり高い上に、のため警護官御用達になっているゲームとのことである。


「……どうなってんだ、この時代」


 俺はその常識では考えられない未来のゲーム売れ筋情報に溜息を一つ吐き出し……よくよく考えたら「俺がゲームをやっていた600年ほど昔でも、俺から見てあまり面白くないタイトルだけビッグネームな輩が年間首位とか取っていたこともあったなぁ」と、思い出す価値もない過去の記憶を思い出す羽目に陥ってしまったのだった。

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