7-3 ~ 進まない会話 ~
「で、ちょいと聞きたいことがあったから呼び出したんだが。
……仕事は、大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫、殿方に呼び出される以上の仕事なんてないですし」
「ええ、そもそも衛星監視のある時代に、巡回業務って何だよと」
「……二人とも、ちょっと取り繕って」
ふと気になった俺の問いかけに、トリーとヒヨの二人は必要以上の情報を素直に答えてくれた。
言われてみれば確かに彼女たちの言い分にも一理あり……彼女たちの見回りは、もしかしたら穴を掘って埋めるような、先日のテロ騒ぎの時にこの庁舎に大穴を開けてしまったことに対する懲罰的業務なのかもしれない。
一番冷静で大人しいタマだけは二人を窘めているものの……ばたばたと足が落ち着きなく暴れ、その所為でミニスカートから青い下着が見えている辺り、彼女の内心も実は全く冷静でないのが窺える。
「まー、妊娠出産まで行けば、子供が成長するまでの十数年、働かずに育児費用で暮らしていけるんで。
そういう意味でも、子供を授かる可能性がある業務……殿方からの呼び出しを断ること自体、あり得ないと言うか」
そうして俺の視線がタマへと向かったことに気付いたのだろうか、トリーが自分に注目を戻すかのようにそんなことを宣った。
かなりシャレにならない女性の労働事情を語っているように思えるが……俺の
そうして脳内に転写された知識によると、男性の極小化に伴う人口減が懸念されるこの時代、妊娠が確認されただけで育児出産教育費用からその期間の生活費に至るまでの全額が中央政府から都市経由で支給されるらしい。
まぁ、そうでもなければ女性主体の社会なんて、労働の所為で出産・育児を躊躇えば瞬時に凄まじい人口減が訪れるのが明白であり……この未来社会も色々な苦労があって現在の形になったのだろうと容易に推測できる。
「まぁ、妊娠どころかその素を手に入れるのさえ、真っ当な手段では難しいんだけどね、結局」
「……多額の納税や、スポーツや芸術などでの、都市への貢献が必要」
そんなトリーの呟きに突っ込むかのように、ヒヨとタマがそう呟きを零す。
彼女たちの呟きもまた真実であり、この男女比が狂いまくっている未来社会では、妊娠出産は高額納税者の贅沢品となっている。
それでも男性の目に留まれば……都市伝説レベルの、男性と触れ合える抱き合える
──ま、顔見知りになったんだ。
──恋人云々は兎も角、精子程度だったらちょっとくらい……
俺なんかはそう軽く思ってしまうのだが、高額納税者と権力者の競争が続く精子の凄まじい順番待ちも、他の男性……精子を提供する側にしてみれば、俺と同じように「その程度のもの」、ということだろう。
「で、精子の供給を受けるために働いている自分らとしては、男性との面会なんて一大イベント、何もかもすっ飛ばしての最優先。
いや、私らが不真面目な訳じゃないですよ。
これは
そんな二人の呟きに併せるように、トリーが自己弁護のように呟いたその内容こそが、女性の視点での労働の概念らしい。
まぁ、彼女たちはあまり労働意欲のないタイプの労働者に属し……そして、恐らくはこの時代の一般的な労働者像に違いない。
何しろ社会が発達しまくっているのだから、社会保障なども完璧であり……ろくに働かなくとも最低限文化的な生活だけは保障されているらしいのだ。
その最低限ですら、多分、俺の時代で言えばセレブレベルの生活が保障されている可能性もある。
そんな時代に生きる彼女たちの、労働への意欲なんて欠片もない「ただ働かずに如何に過ごそうか」を考え抜いているようなその態度が、微かな記憶に残る、「食うためだけに働いていた」だけの昔の自分とダブって見える。
……だからだろうか。
俺は彼女たち警護官の、やる気なさそうな態度に嫌悪感は感じなかった。
──流石に、警備はしっかりやってくれと思うけどな。
そうして溜息を一つ吐いた時、俺は唐突に彼女たちに飲み物すら出していないことを思い出し、
そうして誰の力も借りることなく、15秒で湯が沸き、40秒で4杯のインスタントコーヒーが全自動で淹れ終わり、30秒かけてカップが空を舞い、俺たちの前に展開された仮想力場へと運ばれてくる。
──十分に発達した科学技術は魔法と区別がつかない、か。
殆ど空想上の超能力者と大差ないことが可能になってる自分に呆れてそんなことを言葉に出さずに呟きつつも、俺は適温で淹れられたインスタントコーヒーを口へと含む。
適当に選んだだけの、その85秒で淹れられただけのインスタントコーヒーは、喫茶店で専用バリスタを使った時とほぼ同じ味が出ていて……こういうところは未来社会なんだなぁと感心させられた。
……何故か昔の名前とか仕事とかけっこう大事そうなことは出てこない癖に、こういう味覚やら視覚やら感覚に付随する記憶はすんなり出てくる辺り、適当な脳みそをしていると自分でも思ってしまう。
「おいおい、伝説の、男性部屋での飲み物、出てきたよ」
「これ、長居しても可ってことだよね」
「……口に出さないで、苦っ」
ちなみに、三姉妹はどうやら俺とは違う場所に感動していたらしく……恐らくではあるが、彼女たちにとってこの手のコーヒーの味には慣れっこなのだろう。
……タマの表情を見る限り、単純にブラックを飲み慣れていないから差が分からないだけ、という疑問が残るが。
ブラックコーヒーを一口飲んだことで次は茶菓子が欲しくなってきた俺は、
「そうそう。
聞きたいことがあったんだ」
「えっと、私たち、男性経験、ゼロです、よ?」
「もちろん、異性と会話したこともありませんっ!」
「キスも母様たち以外はこの二人としかしたことありませんっ」
そして聞きたいことを言おうと口を開いた瞬間、よほどテンパっていたのか、三姉妹はそれぞれがそれぞれ、凄まじいカミングアウトを始めやがった。
……まぁ、この男女比1:110,721なんてふざけた世界では、異性と付き合うなんてほぼ不可能なのだろう。
姉妹間でキスするのがこの世界でノーマルなのかアブノーマルなのかは分からないものの……トリーとヒヨが「余計な事言いやがって」という目配せをしていた辺り、あまり推奨される行為じゃないのかもしれないが。
ちなみに俺は、百合は寝取られに入らない派なので、むしろ頑張って下さいと推奨したいと考えているし、ガチレズではなくゆるい百合ならば、出来れば眼前でいちゃいちゃして欲しいと思うくらいだ。
……だが、しかし。
今日はそれを見たくて彼女たちを呼び出した訳ではないのだ。
「っと、お前たちに聞きたいのは、えっと。
休みの日に、何をしているか、ってことだ」
そうして俺はようやく本題に入ることが出来た。
……だけど。
「おいおいおい、これ、休日デートのお誘いじゃね?」
「うわ、夢……じゃないよな、マジかな、コレ?」
「はい、その……最初が三人一緒でも、構わない、です」
……どうも彼女たちはこの「異性の部屋に入っている」というシチュエーションが完全に脳みそをかき乱してしまっているらしく、真っ当な会話を続けるにはもう少しだけ時間を必要とするようだった。
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