6-7 ~ 監視者 ~



「……なぁ、もう辞めないか?」


「な、何をっ!

 お前、自分の立場がっ!」


 俺としては善意の呼びかけだったのだが、どうやら猫耳族の彼女はそう取らなかったらしく、激高して俺の首筋に電磁加速型仮想刃式丸鋸を押し付けてくる。

 尤も、ソレは安全装置が付いていて俺を傷つけることはないのだが……まぁ、そのことを知らないと絶体絶命にも思えるのだろう。

 事実、未来の正妻ウィーフェであるリリス嬢はこの世の終わりのような悲鳴を上げていたし、トリーに至ってはこちらへ向けているエネルギーバズーカの引き金をいつ引くか分かったものじゃない形相をしている。

 幸いにしてヒヨとタマの妹分二人に取り押さえられているが。


「状況が分かっているのかっ!

 お前、死ぬんだぞっ!

 殺さないと思ってるのかっ!」


「……俺を生きたまま連れて行きたいんだろ?

 殺せば無意味だろうが」


 ちょいと強めに……痛いくらいの強さで俺に丸鋸を押し付けながらそう喚くテロリストの少女に俺は溜息混じりにそう呟く。


「あ、あああああなたっ。

 て、テロリストを、あ、あまり、刺激、してはっ?」


 俺の呟きを耳にしてリリス嬢がまたしても悲鳴を上げるものの……実際のところ、この少女は十代半ばの少女としては平均的な腕力しか持ち合わせていないらしく、さほど脅威にも感じない。

 だから俺は特に危機感を覚えることなく、言葉を続ける。


「こうして俺までたどり着いたんだ。

 命は保証してやるから、もう投降しろ。

 精子については……」


「……う、五月蠅いっ!

 騙されるものかっ!」


 まだこの身体は精通に至ってないので……という俺の善意と真実のみで構成された言葉は、残念ながらテロリスト自身の叫びによってかき消されてしまう。

 俺の言葉が通じていればそれだけで彼女たちの頑張りが全て無意味だったと分かってくれた筈なのだが……頭に血が上っている相手には言葉なんて通じないというのは、残念ながら時代を超えての共通認識だったらしい。


「いや、助かったところでっ!

 助かったところで、もうっ、意味なんてないっ!

 仲間があれだけ死んだんだっ!」


 流石に追い詰められていること自体は理解しているのだろう。

 少女は錯乱したまま叫びを上げ続ける。

 正直なところ、女の子の甲高い声が耳元で上がると鼓膜が痛くて仕方ないのだが……まぁ、同胞を一度に何人も失った彼女の気持ちは分からなくはない。

 生憎と彼女が起こしたのはテロ行為でしかなく、同情は全くできないが。


「いやっ、誰一人死んでなかったとしてもっ!

 もう私たちは終わりなのよっ!

 あの輸送機を借りるのに、どれだけの借金があると思ってるのっ!

 私一人じゃっ、一生返済に回してもっ、もうどうしようもないっ!」


 ──レンタルだったんかい。


 思わずそんな突っ込みを入れたくなる猫耳少女の叫びだったが、まぁ、この未来世界だとあの手の軍用機もそれなりの需要があるのだろう。

 実際のところ、そんなことを考えた所為か、俺のBQCO脳内量子通信器官は『プライベート航空機で快適な空の旅を』という謳い文句の、どっかの旅行ツアーの宣伝を拾い上げてきてくれた。

 ……自由な空の旅は、都市に閉じこもりがちな男性に解放感を与え、内なる性衝動を解き放ち、恋人ラーヴェを娶る積極性を得るだのなんだの。

 まぁ、そういうサービスを彼女たちも使ったのだろう。

 この軍用輸送機一機のレンタル料とやらが、この時代の平均的なサラリーマンの年収の何倍くらいかなんて知りたいとすら思えなかったが。


「それ以前に、誰も彼もっ、監視員センチネルに見張られているっ!

 私が……私たちが事実は既に情報として保存されているっ!

 どこへ逃げても無駄なのよっ!」


「……監視員センチネル?」


 そうしている間にも猫耳少女の嘆きは続き……その聞き覚えのない単語を前にした俺は、今度はただ首を傾げることしかできなかった。

 何しろ、理由は分からないものの、BQCO脳内量子通信器官はその単語の検索結果を脳内に注入してくれなかったのだ。

 俺と同じ状況だろう正妻ウィーフェであるリリス嬢も首を傾げており、俺は答えを求めてトリー・ヒヨ・タマの三人娘に視線を向けるものの、彼女たちもその単語に聞き覚えはない様子だった。


「……BQCO脳内量子通信器官のことです、市長。

 中央政府の特殊コンピューターにおいて常に全人類のIDと座標、行動・会話・精神状態までもが一定期間記録され、全ての犯罪行為や共犯者と交わした会話までもが裁判での証拠に用いられることから、隠語でBQCO脳内量子通信器官のことを監視員センチネルと」


 俺の疑問に答えてくれたのは、この場にいる全員の中では最も年輩のユーミカさんだった。

 考えてみれば、それも当然だろう。

 何処にいてもすぐにネットワークに接続し、知識の検索が可能なシステムが脳の内部に存在しているのだ。

 で、未来の技術によってその位置情報や会話・心拍数までもが常に把握されているとすれば……

 そんなのがある中で犯罪なんて起すなんて、犯行の様子を顔とID付きで動画サイトに流すよりもまだ浅薄な行為であり……正直な話、それは「自分がやりました」と自白しながら罪を犯しているようなものである。


「何で、そんな状況でテロなんて……」


 未来のテクノロジーを耳にした俺が、そんな身も蓋もない感想を抱いたのはある意味で仕方のないことだったのだろう。


「他に手がなかったのよっ!

 どうしようもないじゃないっ!」


 それに対する彼女の答えこそが……そして、彼女たちの存在そのものが、……そんな悲しい現実の証明でもあった。


 ──しかし、こんなBQCO脳内量子通信器官なんて代物があるんだったら。


 この原理が欠片も理解できない、脳に知識を植え込むBQCO脳内量子通信器官というシステムは、電気信号でしかない脳細胞のシナプスに何らかの作用を加えて記憶野に知識を植え付けているのだろう。

 だったら……


「犯罪衝動を消す電気信号なんて発生させられそうなものだが」


 怒りや憎しみなどの攻撃衝動、ついムラッとするような性衝動……その手の感情なんて所詮は脳が生み出した情報伝達物質に過ぎない以上、それを抑制するように脳内で似た物質を生み出すことも可能に違いない。

 そう思いついた俺が呟いたその言葉は……


「ダメです、あなた。

 も、なのです。

 たとえ殿方でも、その自由を侵す権利は、認められていませんっ」


 珍しく強い口調の未来の正妻ウィーフェによって完全に否定されてしまったのだった。

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