6-6 ~ 彼女たちの事情 ~
最初に俺がソレを……テロリストの少女の、頭の上から生えている猫の耳を目の当たりにした感想は、「ふざけているのか?」という至極真っ当なモノだった。
当たり前の話であるが、猫耳が生えているような人間などアニメや漫画の中以外では存在している筈もなく、だからこそたとえSF映画が現実化したような未来においても、「そんな生き物が実在している筈がない」と思ってしまったのだ。
尤も……
──眼球まで猫の目そのもの、だと?
──まさか、本物、なのか。
ここまで……眼球の形まで覗き込めるほどの近距離で、不自然さを全く感じさせずに動く、その瞳の形を目の当たりにしてしまっては信じざるを得なかったが。
「……猫耳族」
俺の未来の
──猫耳族とは遺伝子改造によって生まれた、
年々進む男性の減少に焦った一人の科学者が、他の生物の遺伝子を取り入れることで男性の総数を増やそうとした……その計画の犠牲者たちこそが、猫耳族だった。
実のところ、計画は一時的に見ると成功したのだ。
遺伝子を調整され、猫耳を持って生まれた一人の少年から採取された精子は、当時の男性の出生率で考えるとあり得ないレベルの、1:190という男女比を実現させ……かの少年の都市は移住者が殺到し、僅か10年ほどで世界でも有数の都市へと変貌を遂げている。
彼の子供である数百名の男子も、彼と同様に高い男性率を誇る生殖能力を持つことが分かり、彼は世界の救世主にして人類の希望となったのだ。
……次の世代である3世代目の子供の大部分が、奇形として死産を遂げるまでは。
──う、ぐ。
──画像は、スキップで。
直後、死産した……異形と化したことで堕胎せざるを得なかった、胎児の画像を脳に直接埋め込まれた俺は、呻きながらそう
それらの画像は兎も角として……要するに、遺伝子調整で無理やり都合の良い人種を造り出したツケが、3世代目以降に回ってきたのだ。
そして、異形しか生まれなくなってしまった猫耳族は存在意義を失い、あらゆる都市を追われることとなり……ごく少数の、堕胎をせずとも住む程度の、眼前の彼女のように生存可能なレベルで済んだ奇形児が都市外で細々と生き延びているだけの存在と化してしまったのだ。
そうしてひっそりと消えゆく筈だった彼女たちは、一体どういう伝手を手に入れたのか、こうしてテロリストに成り下がってしまった、らしい。
「……分かったでしょう?
私たちには、もう、未来なんてない」
猫の目を持ったテロリストの少女は、未来を悲観した声で俺たちに告げる。
その声を否定する材料を、俺は持たなかった。
事実……彼女たちには未来なんて存在しない。
彼女たちの子供は非常に高い確率で奇形が生まれ……しかもそれが遺伝的に続くと分かっているのに、精子を提供する男性なんて存在しないだろう。
いや、もし男性が慈悲の心をもってそれを是としたところで、希少な精子の無駄遣いなんてこの未来世界の女性たちが許容しないに違いない。
何しろ、
「だからと言って、こんなのが許される訳っ!」
「分かってるわよ、ええ、分かってるのよ。
だけど、もうっ!
こんな手段しかないのよっ、私たちにはっ!」
それでもテロなんて許せるはずもないと未来の
事実、奇形の出産率が高い所為で都市への出入りを禁じられている彼女たち猫耳族は、真っ当な手段では精子を得られず、子供を作ることすら出来やしない。
真っ当でない手段を使って子供を作ったところで、その子供は生きられるかどうかすら分からない確実な奇形児しか出来ないのだから、テロリストの彼女が口にした通り、「未来がない」と悲観してもおかしくないだろう。
「子供を作れなくたって、生きればいいでしょうっ!
生きていればそれなりの未来だって得られるっ!」
「それはっ!
子供を産める人間の傲慢だっ!」
英才教育を受け、努力を続けてきたリリス嬢が真っ当極まりない人生観を叫ぶものの、それは猫耳族の少女の怒りの声に切って捨てられる。
実際問題、未来の展望が何一つなくて自棄を起こした労働者に対し、大富豪が「努力すれば一般人として生きてはいける」と説いたところで説得力なんてある筈もない。
たとえその富豪が持つ全ての富が自身の真っ当な努力の末に成り上がったとしても、だ。
「だからっ、私たちにはコレしかないっ!
貴方を攫って、私たちの種馬にするのよっ!」
電磁加速型仮想刃式丸鋸を突き付けたまま、テロリストの少女は俺に対してそう叫ぶ。
一切異性と接触したこともない猫耳少女たちに囲まれて、種付けを生業にするハーレム生活……前世の記憶が微かにでも残っている俺としては、少しばかりときめかないこともない未来なのだが。
「ふざけないでっ!
そんなこと許す訳ないでしょうっ!」
「大体、どうやってここから脱出するつもり?」
「もう貴女たちの輸送機は消滅した。
その一人用の飛行ユニットで何処まで飛んでいくつもりなのよっ!」
「……あまり犯人を刺激しないで」
身勝手なテロリストの主張に対し、未来の
ヒヨだけは少し現実を見据えているらしく、まっとうなことを口にしていたが。
「……はぁはぁ、やっと、追いつい、た」
そんな中、唯一飛行ユニットを装備していなかったユーミカさんが息も荒く階段を駆け上がってきた。
どうやら、警護官として訓練を積んでいるとは言え、三十代後半の彼女には少しばかりきつい運動だった模様である。
それは兎に角として、これで彼我の戦力差は4:1……非戦闘員の俺とリリスは戦力に含めず、頭だけとなったアルノーもやはり戦闘力としては皆無と考えても、猫耳の少女にしてみれば絶望以外の何物でもない状況だろう。
「予備バッテリーが限界に達しました。
脳保護のため、休眠モードに移行します」
既に無力化されていたアルノーの頭部がそんな声を上げて目を閉じるものの、戦力的には何一つ変わる訳もなく……猫耳族の彼女は完全に追い詰められていた。
「くっ、だからと言ってっ!
私のっ……私たちの未来をっ、諦める訳にはっ!」
そして、それだけ追い詰められていても、テロリストの彼女はまだ諦めるつもりはなさそうだった。
人質の俺としては、突き付けられている丸鋸には特に危険もないようだし、彼女たちに攫われていったところで猫耳ハーレムが待っているだけであり……正直なところり危機感なんて欠片もありはしない。
それでも……鋼鉄の身体を捨ててまでこの膠着状態を作ってくれたアルノーに恩義は感じているし、リリス嬢のバツをこれ以上増やす訳にもいかない。
──だからと言って、このまま黙ってて猫耳ちゃんが死ぬのもなぁ。
俺はろくに過去のことを覚えていない、あまり主義主張のない一人の男でしかないし、人道主義を唱える訳でもなければ男女同権も勝手にやってくれという適当な人間だった筈である。
だけど、流石にこうして体温を感じるほど近距離にいて、しかも言葉まで交わした相手が爆殺や銃殺されるのを黙って見ていられるほど愚鈍ではない。
「……なぁ、もう辞めないか?」
だから、だろう。
気付けば俺は人質という立場も忘れ、テロリストの少女に向けてそう口を開いていたのだった。
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