6-8 ~ 希望の星 ~
「犯罪を起こす自由も、市民に保証された権利なのです。
たとえ殿方でも、その自由を侵す権利は、認められていませんっ」
未来の
──何じゃ、そりゃ?
……そんな至極当然な、そして身も蓋もない代物だった。
何しろ真っ当な社会人として生まれてきた……あまり過去の記憶はないが、多分そう大きく道を踏み外した覚えがない……そんな俺としては、あらゆる悲劇の温床にしかならない犯罪なんてない方が良いと考える。
その上、犯罪を完全に抑制することが可能な技術が存在しているのならば、それを使わない手はないとまで思えるのだが。
そんな俺の疑問に答えてくれたのは、またしても
──脳内科学処置により犯罪を完全禁止した都市での10年間の社会実験結果。
──6年が経過した時点で、想定された犯罪被害者の7倍の自殺者が確認されたことにより、社会実験を終了。
──法を犯す自由を全都市で認める法案が提出、地球圏全体都市会議において可決される。
脳へと直接与えられたその知識を考え、3秒ほどをかけてその知識の内容を咀嚼し終えた俺は、思わず大きな溜息を吐き出してしまう。
考えてみればそうおかしな話でもない。
はた迷惑な話ではあるが、俺に丸鋸を突き付けているこの猫耳テロリストは、もうどうしようもないジリ貧の段階でこうして特攻をかましてきたと語っていた。
もしこの乾坤一擲の全額ベッド……犯罪という行動すら禁止されていたのなら、彼女たちはただ未来を悲観して己の命を絶つ以外の道はなかった筈だ。
流石にこれほど極端な例ではなくとも、空想・夢想の中で犯罪行為を思い浮かべる人間なんてそう珍しいものじゃない。
そうであるなら、その『最後の逃げ道』すらも塞がれてしまった人間が逃げ出す先は、もうあの世以外には存在しなくなると推測できる。
……俺の推測が正しいかどうかは分からないものの、この科学が十分に発展した未来社会においても犯罪が禁止されていない事情は理解できた。
尤も、そんなことを理解したところで現状は何の解決にもなってないし……そもそも犯罪の被害を受けている側としては欠片の慰めにもならないのだが。
「あんたの状況は分かった。
それでも、言わせて欲しい。
……どうか投降してくれ」
「……無理よ。
もう、無理なのよ」
顔見知りが……いや、経緯はどうあれ、こうして言葉を交わし触れ合った相手に死なれるのを忌避する一心で、俺はテロリストに向けてそう告げ……その言葉を聞いた猫耳少女は首を横に振り俺の提案を拒否する。
だけど、彼女の気勢は一度目の問いかけと比べてもかなり控えめになっていて……俺は、このまま必死に説得すれば何とかこの未来を悲観している猫耳族の少女を助けられそうな、そんな気になり始めていた。
「頼む、こうして一度は言葉を交わしたんだ。
そんなあんたが死んでしまうのは、見たくない。
頼むから、分かってくれ」
「無理、に、決まってるわ。
こんな状況で……こんな私が助かる、そんな都合の良い方法なんて……」
そうして安全装置付きの丸鋸を突き付けられながら、言葉足らずながらも説得した甲斐があったのだろう。
テロリストの少女は何かを思いついたのか、不意に声を落としたかと思うと、何かを考え始めるように俺から目を逸らす。
……だけど。
「ダメです、あなたっ!
それだけは、ダメですっ!」
俺の説得については口を挟もうとすらしなかった未来の
「確かに彼女を
彼女の命は救えますっ!
借金の返済も出来るでしょうっ!
遺伝子の問題についても、直接の遺伝子提供は禁止されていませんっ!
だけどっ!」
都市運営に詳しい彼女が上げた拒絶の叫びは皮肉にも、俺が求めていたこのテロリストの四面楚歌を解決する唯一にも等しい解法を、雄弁に語ってくれていた。
「だけどっ、それはっ!
この都市に暮らす人たち……未来の市民全員へのっ!
そしてっ、その身を挺して戦ってくれた、彼女たち警護官全員へのっ!
明確な裏切りになりますっ!」
尤もその解法こそは、真っ当に努力を重ね
──裏切り、か。
そう言われると心苦しいモノがあることは、俺自身も認めざるを得ない。
まだあまり長い時間ではないけれど、この都市に暮らしてきて警護官も雇い……彼女たちが命を懸けてまで俺の護衛をしてくれたのは紛れもない事実であるし、未来の
……だけど。
──
この未来社会が無慈悲にも、俺を救ってくれたサトミさんを殺してしまったことを……そしてその無慈悲な殺人行為を社会正義との判断を下した事実を、俺は未だに忘れていない。
だったら俺は……俺こそが、サトミさんのような社会的悪を、そしてこの猫耳族の少女のような救われない者たちを掬い上げる唯一の存在になっても良いんじゃないだろうか?
「……リリス、済まない」
とは言え、俺のこの選択を絶対に許せない少女がいることは……そして、たとえ許せなくても既にバツイチ食らっている所為で、俺からは離れられないだろう一人の少女が存在することは、考えるまでもない事実でしかない。
だからこそ俺は、そんな彼女に対してただ一言詫びることしか出来なかったのだった。
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