5-4 ~ 自宅その2 ~


「5階は防衛課……この都市を防衛するための情報管制施設であり、上部の医療課と市長、私、そして恋人ラーヴェを護る最後の砦でもあります」


 次に俺たちが足を踏み入れた5階は、リリス嬢の告げた通りのだった。

 エスカレーター擬き坂の到着地周辺には直径10mほどの広間が広がっており、その周辺にはエレベーターの出口が4つほど並んでいる。

 これらは全て地上1階から各階へと降りられるエレベーターであるが、エレベーターで進めるのは此処が……要するに、どう頑張ってもこの5階で一度は降りる必要がある構造になっているのだ。


「構造上、この階層を通らないと自室へは戻れない造りとなっておりますので、ご不便をおかけしますがご了承ください」


「「ご了承くださいませ」」


 婚約者であるリリス嬢に加え、警護官のリーダーであるアルノーやユーミカさんまでが頭を下げながらそう告げるが……頭を下げずともその理屈は良く分かる。

 俺自身は未だにVIP……要人となった実感はないが、それでもエレベーターをハッキングされれば直通で最上階へと登られるような事態になるよりは、面倒ではあるがこうして要人の通路を、点検体制を取った方が安全だというのは理解出来るからだ。


 ──チェック体制ってヤツだよな。


 俺も一応は仕事をしていた身であり、理屈を聞けばすぐに理解出来るのだが、こういうチェック体制は数が多い方が問題を把握しやすいモノである。

 尤も、某猫のチェック体制ではないが、後の二人がチェックしているから良し、なんてヒューマンエラーが発生するのが難点ではあるものの……それでも、無いよりはあった方が良いことに違いはないのだ。

 だからこそ俺は頷くことで彼女たちの仕事に理解を示し……その反応に警護官の二人は大きくお辞儀をして感謝を表していた。

 実際問題、護衛対象が非協力的だと非常に面倒なことは、今まで視聴した数々の映画で理解している。

 何故、護られる側は無力な癖にああも難癖と我儘を口に出来るのか、映画を見た直後に小一時間説教したくなった思い出が、その部分だけピンポイントで甦ってくる。

 相変わらず思い出したい時には全く出てこない癖に、変なタイミングで突如として湧き上がる……我が記憶ながら使い物になりやしない。


「ここからの通路をまっすぐに進みますと、上階へ繋がるエレベーターへと辿り着きます。

 通路上の各隔壁を下すことで入り組んだ迷路へと変貌する仕組みとなっておりますが、これはあくまでも非常時の対応となりますのでご留意ください」


 そう言いながら金属製のアルノーが指し示す通路は、エレベーター広場から真っ直ぐに続いており……彼女がそう告げて何らかの指示を行った途端、真っ直ぐだった筈の通路に上下左右から幾重もの隔壁が生えて来る。


 ──なるほど、な。


 その隔壁群に近づいて左右を見渡すと、隔壁前には左右に細い通路が続いていたり……銃眼がくり抜かれた壁で遮られた道や、奥まで続いている通路や途中で曲がっている道など、色々と複雑な構造をしているようで……それらは文字通り此処で立て籠もる事態を想定して設計されているに違いない。

 それらの隔壁も、アルノーが何かの操作をした瞬間、平時の……ただの真っ直ぐの通路へと変貌を遂げていたが。


「これを突破するのに、どれだけの兵隊が要るのやら。

 っと……次は?」


「ええと、6階は医療課となります」


「……医療課?」


 今まで耳にしてきた自宅内部……もうコレを自宅と認めるのを放棄した俺としては、自宅と言うよりは庁舎なのだが、その庁舎内にあるのが全く理解出来ずずっと気になっていたその部署名を、俺はようやく問い質すことが出来た。

 尤も、何をする部署かは言わずとも分かるのだが……少なくとも俺の認識では役所内部に病院があるというのは、少しばかりあり得ない感覚だったのだ。


「ええ、家庭では対応できない、や精密な健診を行います。

 予算を……あ、あああなたの年金を用いまして、現行モデルでの最新機器を導入しました。

 如何なる病気にも、再生治療にも、その後遺症への対処も可能となっております」


 とは言え、婚約者の口から告げられた医療課の仕事は、俺の予想を遥かに超えた内容だった。

 実際問題、科学の発展の伴ってほぼ全ての病気は駆逐されたというのはBQCO脳内量子通信器官が脳みそに差し込んでくれた知識通りであり……そもそも俺が暮らしていた時代のならばでほぼ全て確認できるのだ。

 それでもこの時代の精密検査を行うにはやはり専門の機器が必要であり……更には人工多能性幹細胞から劣化した部位を再生し移植する作業にもやはり専門の、そして高額な機器が必要となる。

 そのための医療課……要するに医者は民間経営ではなくなり、都市専属の公務員となっているのだろう。


 ──訂正。

 ──機器の高額化とによる公営化、か。


 要するに医療は『高額機器さえあれば誰でも扱えるようになった』結果、医者は存在意義を失って消失し、その機械を扱うだけの公務員になりました、という話らしい。

 ……世知辛い話であるが、機械類が進歩するってのはそういうことなのだろう。

 あと、責任問題が発生した場合、公的機関がバックにいると心強いとかそういう背景があったものと推測できる。


「えっと、後、ですね。

 その……精子の保存と市民の人工授精も此処で行いますが、今のところは、その、まだ使用する目途が立っておらず、えっと……」


 続けてリリス嬢が顔を真っ赤にしながらそう告げる内容は……男性が都市を運営している根幹にかかわる話だった。

 男性は精子を提供し、女性は税金を納めその貢献度によって子供を得ることが出来る。

 21世紀で暮らしていた俺にはこの社会システムは未だ実感が湧かないものの、アリの巣に例えるのが一番分かりやすい、気がする。

 ……生憎と中心にいるのが女王ではなく男性ではあるが。

 そして、医療課が他の部署より……厳重に護られているのは、都市の根幹にかかわる精子を強奪されないための必然、なのだろう。

 ちなみに彼女が顔を真っ赤にしていたのは、男性に性的な話を振ることが恥ずかしいからであり……言い淀んでいたのは、俺のナニが未だに使用禁止中だから、だろう。

 とは言え、21世紀感覚を持っている元おっさんの俺としては女性からの下ネタ発言なんざ恥じらいが残っていさえすれば大歓迎であり、俺の顔色をそれほど窺う必要などないのだが。

 あと、ナニの話題については自分の一部のことながら、いい加減に反応してくれないとこの都市経営すら暗礁に乗り上げるようで、そろそろ危機感を覚え始めているのだが……生憎と未だ志は立たず、という有様である。


「で、では次をご案内します。

 ここから上は恋人ラーヴェたちと、その、わ、わわ私たちの、自室と、なります」


「……ああ」


 そういう都市経営そのものに関わる内容ながら、あまりにもデリケートな話題故に未来の正妻ウィーフェ様も真正面から斬り込むのは憚られたのだろう。

 すぐさまそう話題を変え……俺も自分自身にはどうしようもないことなので、その話題転換に乗っかることとした。

 医療課の通路を抜け、奥まった場所にある階下へのエスカレーター坂を下り……一度防衛課のある5階層へと降りたところで、三重の隔壁のある広まった場所が見える。

 どうやら一度階下に降りる形の構造にすることで医療課よりももう一段厳重な防衛体制を設けているようで……医療課への用務を装った襲撃者、もしくは受精した後で父親に会いたくなった女性が押しかけるのを防ぐための措置なのだろうと思われる。


「では、自分たちはこの辺りで。

 都市に備え付けられてある各種武装の確認と、レーダーからなる都市全域の防衛システムの調整、その後、個人携行装備の点検へと移行します」


「え、えっと……頑張ります」


 その言葉の通り、アルノーやユーミカさん、あと階下に放置してきた信号娘たち警護官は、この5階別棟を住居とするため、彼女たちは此処でお別れとなる。

 しかしながら、新居の確認よりもまず施設と装備の点検を行うアルノーは非常に職務意識に優れている……と言うよりは、人間味がないレベルにまで達しているように思われる。

 むしろ自分の荷物と鉄面皮のリーダー……誤用ではあるが意味は間違ってない……との間を何度も見返し、諦めの溜息を吐き出して仕事を優先したユーミカさん(38)の方が人間らしい反応だろう。


「7階である恋人ラーヴェの居住区は未だ何も存在していないため、8階へと直接向かいます」


「……そりゃそうだ」


 まだ恋人どころか会話した女性自体が、今はもう亡きサトミさんに、老婆であるケニー議員、そしてこの眼前の婚約者を除けば全身鋼鉄製のアルノーに守備範囲ギリギリ高めのユーミカさん(38)、あとは信号パンツの三人娘だけなのだ。


 ──本当にこの時代、前に聞いた冗談のような男女比の社会なのか?


 確かに俺以外の男子は未だに見かけていないが……どう考えても気軽にハーレムを築ける筈のこの時代で、未だに俺は色気のある展開に遭遇していない。

 そりゃ身の安全を護るためには「不特定多数の相手との接触を断つ」のが最も効率的なのは理解出来るのだが……良い歳したおっさんとしてはこう、水着のねーちゃんにちやほやして貰うような分かりやすいハーレムを築きたいのだが。


「到着しました。

 では、こちらがわ、わわ私たちの、部屋となります」


 そんな要らんことを考えている内に俺たち二人を載せたエレベーターは最上階へと到着し……俺たちはようやくこれから共に暮らす「二人の部屋」へと到着したのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る