4-7 ~ 出発 ~


 そうして俺が婚約者の手を引いて歩いて行った先に、その船はあった。

 機体名も知らなければ、規格も何も知らない……未だ手を繋いだ衝撃によって思考回路がショート寸前になったまま再起動を果たさない、我が愛しのポンコツ姫がチャーターしたである。

 潜水艦……と言うには少しばかりハイカラが過ぎるデザインで、客室の球形外殻が透明で周囲が見える形状となっているのがまた技術の革新を伺わせる造りとなっている。

 左右の円形プロペラとか推進力と言うよりは空も飛べそうなデザインにも見える上に、足元にも同じような直下を向いた円形の何かが二つありホバー的な何かを思わせる造りになっていて……もしかしたら陸海空万能機なのかもしれない。

 ちなみにその船は、海中都市と外海とを繋ぐらしき、張り出した少し大きめのカプセルの中の、半ばまで満たされた海水面に浮かんでいて……この辺りの技術は俺が暮らしていた21世紀にもあったような覚えがある。

 海中潜航艇に乗った後、海水を注入して外部とのハッチを開け、外海へと出ていく類の……実際にあったのか、SF映画で見たのかは分からないあのシステムは、この時代でも現役で使われているようだった。


「時間通りですね、市長。

 運転はお任せ下さい」


「ああ、任せる」


 警護官同士でどういう協議が行われたのか定かではないが、5名のリーダーに収まったらしきアルノーが鋼鉄製の外観と違和感のない、あまり抑揚のない声で率先して俺にそう告げる。

 彼女は戦闘力も高く実務経験もあり、子宮の全摘出をした上に脳手術により思考も性欲から斬り離されているため、色々な意味で信頼がおける得難い人材である。

 ……外見がちと無骨すぎる欠点はあるが、実務の上では非常に役立つだろう。


「副操縦士としての知識は叩き込んでおります。

 万が一の際にはお役にたてるかと」


「……その場合が来ないことを祈るよ」


 次に口を開いたのは5名の警護官の中で最年長であるユーミカだった。

 彼女が口にしたことは物騒極まりない内容ではあるが、俺も記憶は曖昧ながらも労働者をやっていた身であり、平時から非常時に向けて備えていることが最悪の事態を回避するために必要なことであるとはよく理解している。

 そういう意味では、別業務とは言え実務経験の多い彼女は慎重且つ事前準備に重きを置く類の……評価はされずらいものの、かなり優秀な人材なのだろう。

 まだ断言は出来ないものの、少なくとも非常事態を想定し、必要な知識を前もってインストールする周到さは持ち得ており……今後もアルノーの補佐として上手く立ち回って欲しいものである。


「あ、あたしたちはお客だし」

「う、うん。

 何かあったら頑張るけどさ」

「た、タマは護ります」


 その2名とは逆に、全く役に立ちそうにないのはこの信号カラーパンツの三人娘だった。

 若いのは兎も角としても、自分から率先して動かない、指示を受けないと何をしてよいか分からないらしくキョロキョロと周囲を見渡すばかり、ついでに言えば事前の情報収集やシミュレーションもしてないのが明白な自信の無さである。

 俺が北極海に沈む数年前、大卒の新入社員がこんな感じだったような記憶が噴き上がって来て、その思い出を辿ると頭が痛くなって来て……どうやら俺は、その新入社員とやらにはあまり良い思い出がないらしい。

 まぁ、彼女たちはパンツを見てしまった罪悪感から選んだ……要するに数合わせと言うか賑やかしの概念が強く、正直に言うと、あまり警護という観点で期待はしていないのだが。

 それでも、数合わせだとしても今後成長していけば良いだけであって……それまでの間、他の2名の足を引っ張るような真似はして欲しくないものである。


「じゃあ、出発してくれ。

 俺の、新たな都市というヤツにっ!」


 そうして発した俺の号令により、新たな俺の……いや、俺たちの生活が今此処に幕を開けた。

 これから何が起こるのかさっぱり分からない……ただでさえ記憶がない上に、今まで生きて来た経験が役に立たない、全く将来の予測がつかない「市長」という立場となる身ではあるが。

 それでも、生きていくだけなら何とかなりそうだと……いや、生きてさえいれば何とかなるだろうだと俺は溜息を一つ吐き出すと、安住の地だった病院から離れ新天地へと向かうため、眼前に浮かんでいる海中進行艇へと乗り込むのだった。

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