4-5 ~ 5名の警護官 ~
今日この時まで俺は完全に誤解していたのだが……警護官を選ぶなんて都市の雇用に関わる大ごとなのだから「俺が選んだ段階ではまだ一次審査を通過した程度であり、その後に二次審査として俺と
だけど、この時代の男性が持つ権限というヤツは俺の予想を2つか3つばかり上回っていたようで……どんな判断基準であれ男性が選んだ時点でその警護官は即採用となるらしい。
──見誤ったなぁ。
……そう。
俺が選んだ5名の彼女たちはもう俺専属の警護官に本採用となっており、まさかパンツに気を取られて適当にポチッただけ、とは言えない雰囲気になっているのだ。
「貴方がたは我が婚約者であるクリオネ直属の警護官となります。
少しばかり経歴の未熟な者はおりますが、甘えは許されません。
分かっていますね?」
「……理解している」
最初に口を開いたのは元来の体重の2%以外を完全に撤去し、身体の大部分を機械仕掛けとしたアルノーという女性だった。
そのフレームが描く曲線は女性であることを示していたが……残念ながら彼女を構成している部品は全て人工物で、彼女が本当に彼女であるという証拠にはならない。
尤も、男性が希少化しまくっているこの時代、その希少な野郎が命を失うリスクのある警護官なんてヤクザな仕事をやらせてもらえるかと言えば、絶対に不可能と答えるしかなく……ついでに言うと、金銀やダイヤモンドよりも大切な男性器を、身体の機械化に伴い切除するなんて冒涜行為が許される筈もない。
よって、彼女が彼女であるのはほぼ間違いないと断言出来るのだが。
そんなアルノーは流石に実務経験者だけあって隙のない立ち居振る舞いをしているのが、ずぶの素人である俺の目にも分かる。
服はチタンフレームの骨格に強化鋼製の装甲を被せており、そんな金属製の彼女が手にしている武装はその両腕……腕そのものが強固な盾であり、腕の中にスタンガンやらマシンガンやらを仕込んでいる、とのことである。
正直、一番頼りになる警護官ではあるのだが、同時に一番近寄って欲しくない警護官でもあった。
「鋭意、努力いたします」
次に口を開いたのは38歳独身……この時代で使われる「独身」の意味は、「今まで人工授精も出来ず未出産で居続けた女性」という意味だが……そんな彼女の名前はユーミカというらしい。
俺の前に現れている空間モニタには、彼女の前歴がつらつらと並べられており……彼女がこの歳までずっとどんな仕事をしていたのかを見ることが出来るのだが。
──何だこの経歴……
職歴だけを見ると彼女は、下水処理施設の監視員というあまり人目に付かず、綺麗でもなく、評価もされず……だけど資格が必要で非常に重要な仕事を続けているのが分かる。
……職歴だけ、見れば。
ただし、その経歴は無茶苦茶である。
移動都市、空中都市、衛星軌道都市、海中都市、海上都市……要するにあちこちの都市を転々としているのだから、俺の時代の感覚としても同じ職種とは言え職場を転々としている人間というのは、あまり良い評価は貰えなかったと記憶している。
──ああ、なるほど。
要するにこの女は堪え性がないのだ。
選んだ仕事が日の当たらない下水道要員というのもあったんだろうが、ろくに貢献度も上がらず精子が回って来ない……結局、痺れを切らして次の都市へと移動しては、そこでも日の目を見ず、という悪循環である。
都市間の移動を繰り返していることから、意外と金はあるのだろうが……そこで結構な年齢になって一念発起して警護官になる辺り、行動力があると言うべきか愚かと言うべきか。
ただし、結構な年齢になってからのあからさまに付け焼き刃な経歴にもかかわらず、立ち姿もしっかりしていることから……恐らく彼女は彼女で物覚えの良い、優秀な人材なのだろうと思われる。
……個人的には向いてなさそうな警護官よりも、実務経歴を積んでいる下水処理施設の管理をお願いしたいところではあるのだが。
そんな彼女は軍服らしき濃緑のジャケットとパンツを身に付け、透明性の樹脂シールドを背負い、拳銃を腰に付けるという、俺のイメージしている警護官に一番近い恰好をしている。
──さて。
──この2人は、まぁ、良いとして。
前の2人は……俺の婚約者たるリリス嬢も頷いて見ていた。
サイボーグであるアルノーには大きく頷いていたし、ユーミカも経歴には眉を顰めたものの何かを口にはしなかった。
もしかしたら俺と同じように「警護官として使えなかったら下水処理施設に放り込もう」とか思っているのかもしれない。
そして……問題は残る3人である。
「よろしく」
「お、お願い」
「しますっス」
そんな女子中学生の三連星は、明らかに礼儀の欠片も身に付けていないことが分かる挨拶を口にし……恐らく同年代であろう我が
彼女たちの特徴をざっと説明すると、最年長で14歳、赤いパンツを穿いていたトリー……同じ歳だけど半年だけ年下の、黄色の下着を身に付けていたヒヨ……そして13歳で最年少、青い下着だったタマである。
あの時見た下着の色で覚えているのが完全におっさんという自覚があるが……残念ながらこの三連星は外見じゃほぼ区別が付かないのだ。
髪形は違うものの同じような長さの黒髪、ほぼ同じ濃さの浅黒い肌、似たような羽根付きミニスカートの軍服という、何処からどう見ても似ていると言うより似せているとしか思えない恰好をしているのだから始末が悪い。
ちなみに自己PRでは、長女であるトリーがエネルギーバズーカによる遠距離狙撃を、ヒヨがビームマシンガンを、タマが仮想力場シールドと仮想力場サーベルを用いた格闘が得意ということである。
それらが護衛にどうかかわって来るかは謎であるが……
「で、トリーさん、ヒヨさん、タマさん。
貴女達のこの特技が、護衛にどう有益と言いたいのでしょうか?」
正直な話、護衛や戦闘に詳しくもない俺が疑問を持つということは、当然のように婚約者であるリリスも疑問を持っていて……酷く冷酷な声でそう圧迫面接を始めやがった。
実際のところ、もう彼女たちは採用が決定している身ではあり、正妻が何を言おうと男性の意見はそう簡単に覆らないのだが……それでも未来の
もしかすると
「その、敵を粉砕すれば、問題なし?」
「ええ、サーチアンドデストロイです?」
「タマは……タマは頑張って護りますっ!」
そんな背景もあって、真面目に答えた筈の三人娘だったが、それでも長女と次女の答えは疑問形であり……自らのPRに自分でも疑問を覚えていたのか、それともそのことを考えすらしていなかったのか、酷くあやふやな回答を口にしていた。
そんな中、三女のタマだけがきっちりとした意見を口にして、二人の義姉に裏切り者を見るような目で見られていた。
──ダメだ、コイツら。
──役に、立たないぞ、絶対。
一応、護衛官として公に登録されている以上、最低限の戦闘力という意味では、十分にあるのかもしれない。
だけど……心構えというか、常在戦場というか、ボディガードとして最も大切な部分が致命的に欠けているのが、初対面であり面接経験すらない俺にでもはっきりと理解出来る。
「あの、あ、あ、あなた……」
「……言うな」
相変わらず少し顔を上気させながら、「あなた」と呼ぶことに慣れすらしていないリリス嬢が俺に視線を向けるものの、俺は明後日の方向を向きながらそう答えることしか出来なかった。
何しろ、あの三人を選んだのは下着を見てしまった罪悪感と僅かなエロ衝動から、である。
……言い訳なんて、浮かぶ筈もない。
「まぁ、都市防衛と治安維持のメンバーはこちらで選定しますので、男性自身の警護官の出番はあまりないかもしれませんが……。
それでも貴女方が最後の盾ですので、その重要性は理解して頂きたいと思っております」
とは言え、未来の正妻であるリリスであっても、男性の決定した警護官を辞めさせる権利はなく……重大な瑕疵がある場合はその限りではなさそうだが、取りあえず今はその権力を行使するつもりはないらしい。
彼女はそう釘を刺すことで顔合わせの〆としたようだった。
ちなみに、警護官以外の都市防衛隊……都市防衛と治安維持を担う人々の仕事は、主に『外民』と呼ばれる「都市に暮らす市民にすらなれず、都市外で暮らす女性たち」が男性を狙って襲撃してくるのを防ぐことと、都市内での窃盗や殺人犯を逮捕するのが仕事らしい。
実のところ
ちなみに、100%と言い切れないのは、たまに都市住民が『外界』へと逃げ出してしまい捕まらない事例がある、ということである。
──「外」は治外法権なのか……。
正確には都市内ほど気合を入れた治安維持が行われていないのが実情のようで、実質的には、「外」へ逃げ込んだ女性を都市防衛隊が手間暇かけて逮捕することもなく、ただ賞金を懸けて放置する傾向にあり……賞金首となってしまった女性は、哀れにも「外」の住民に狩られてしまい、ろくな末路を迎えないとのことだった。
尤も、子供が欲しくて都市に暮らす女性が犯罪を起こして「外」に逃げ出すなんてことはまずあり得ず……そもそも都市内で暮らす『市民』はよほどのことがない限り犯罪を起こそうとしないのだ。
……自制心をあっさりと焼き焦がす、男性への性犯罪以外は、であるが。
「では、明日から新都市『クリオネ』へと向かいます。
各々に準備金を渡しますので、引っ越しの準備をして下さい」
女性の犯罪歴を見ていた俺は、リリス嬢の話を右から左へと聞き逃していた。
それでも、引っ越しの時期だけは流石に耳に残ってくれたようだ。
──早くもそんな時期か。
……そう。
俺は、明日……俺のために造られた新たな海上都市で暮らすため、この病院を退院するのである。
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