4-4 ~ 警護官選定 ~
「……さて、と」
金髪蒼眼の優秀な婚約者様がお帰りになられた後、相変わらずの病院食……ゼリー状のミドリムシを胃の中へと流し込んだ俺は、ベッドに腰掛けてそう気合を入れた。
これからあの、印字すれば辞書に匹敵するだろう膨大な登録者数の中から警護官選びを開始するのだから、それくらいの気合は必要になるだろう。
実際のところ、ペーパーレスが進んでいるのは素晴らしいと思う半面、30も後半になってくると印字して確認しないとミスが多発していた記憶もあり……いや、ミスは日常茶飯事で、怒られることもいつものことであり、それを避けるように印字してチェックするのを心掛け始めたのが30代後半になってから、だったのだが。
「まずは……戦闘評価値順に並べてみるか」
戦闘評価値とは、要するに射撃技術・判断力・体力・装甲強度・信頼性などを総合的に判断して護衛能力が高いかどうかの評価を数値化したもの、らしい。
さぞかし強い連中が揃っているんだろうなぁと思ってざっと目を通した俺だったが……不意に、さっきまでトップに位置していた警護官がリストから消える瞬間を目の当たりにしてしまう。
──エラーかな?
実物が消えて行ったのならそれはホラーではあるが……冷静に考えてみると、どうもコレは、他の男性もしくは
それほど最上位の面子は競争が激しいのだろう。
「……けどなぁ」
消えないよう適当にトップからちょいと下辺りの上位者を数名選んでデータを眺めていた俺だが……どうも気乗りしやしない。
そこに映っているのは何と言うか、直球で言ってしまうとアメリカ映画の中で活躍する軍人と言わんばかりの、黒人・白人女優たち……要するに太い骨格と隆々とした筋肉と鋭い眼光の持ち主だったのだ。
もしくは、身体を金属に置き換えた、半分アンドロイドみたいな連中が占めているのである。
──コイツなんざ、まんまターミネーターだぞ、おい。
もしくは黄金バットか何か……要するにその警護官は、頭蓋骨まで放棄して脳細胞のみを金属のフレームで覆っている、もはや女性だったモノとしか表現できない有様だった。
流石に肉体を放棄し過ぎていて恐れられているのか、3件ほどしか護衛実績がなく、しかもすぐさま契約破棄されている様子だったが……それでも護衛に瑕疵があったという形跡はなく、優秀さは窺わせていた。
「……ぽちっとな」
何と言うか、こういうやる気を出して必死になるもののテンション差でハブられている人を見ると、つい話しかけてあげたくなる体質というか……俺自身がそうだったと言うか。
ほぼ衝動的に俺はその女性……年齢22歳のアルノーちゃんを契約準備の候補へと放り込んだ。
俺の記憶で一番近いのは、通販で言うところの買い物かごへ放り込むイメージなのだが……人身売買みたいでそう考えてしまうのは流石に少々気が引ける。
「婚約者様の課したノルマまであと、4人か。
……面倒だなぁ」
そうして眺めている内に、上位者はゴリラかアーマードゴリラしかいないことに気付いてしまった俺は、戦闘力中位者辺りのリストへと視線を移す。
そちらはまだマシで、性欲薬物的処理……要するに物理的に子宮の全摘出までは行っていない、女性としての形を残している面々が増えてくるようだった。
──要するに、戦闘評価って信頼性が一番重い訳か。
……そう。
俺が目覚めたこの600年後の未来とかいう世界は、どうやら犯罪率はそう高くなく……男性が最も警戒しなければならないのは身内の犯罪らしい。
そもそも科学の発展に伴って衣食住どころか基本的人権の概念までもが進んだ結果、最低限保障されている生活水準はかなり高く……俺の暮らしていた時代と比べても犯罪率そのものはかなり下がっている。
基本的に警護官に保護されている男性は性犯罪以外の犯罪被害に遭うことはほぼなく……そして、唯一気にするべき性犯罪に関しても、男性は警護官に護られている上に、都市に暮らす女性たちが妊娠機会や定職を捨てて男性への性犯罪という重罪を犯すことなど、非常に少ない。
更に言えば、男性の暮らしている都市は移動都市、空中都市、海中都市、海上都市、果てには成層圏のコロニーであって警備は厳重で無断での侵入はほぼ不可能であり、性犯罪を犯すような身元もはっきりしない、定職に就いていない独身女性……所謂『外民』が好き勝手に入れる訳もなく、そもそも犯罪機会そのものが存在していないのだ。
そういう訳で、都市に暮らし警護官を周囲に配備している男性は、犯罪に巻き込まれる要素が皆無に等しく……そもそも彼らにとって異性と接触する機会そのものが、母親、
その警護官の犯罪を防ぐため、厳重に性犯罪の衝動そのものをカットしているメンバーの信頼性が高くなるのはある意味当然の処置なのだろう。
──けど、全摘出って気に喰わないんだよなぁ。
正直、成人男子としては「エロいことが出来ない女」が近くにいるというだけで気に入らないのが実情だった。
だから薬学的処理ってのも気に入らないのだが……コレは要するに『賢者タイムになれる薬』を常時服用しているという話で、まぁ、まだ分からなくはないし、頑張れば色々と出来なくはないので俺から見れば十分に女性の範疇に入るため、許容範囲とも言えるだろう。
そこまで考えた俺は、ふと物理的・薬学的の次にあった処置について疑問を抱く。
「なら……電気的処理って何だよ」
リストの中でも点数が異様に低い面々……電気的に性衝動を処理されている連中をつらつらと眺めながら俺はそう呟きを零す。
その疑問は、あっさりと
要するに
女性警護官が男性に対して性衝動を覚えると脳みそに苦痛となる電気信号を与え、懲罰的に性犯罪を防ぐ仕組みとなっているらしい。
そうして電気的に懲罰を与えても、電気的処理しか行っていない警護官は半ば脊髄反射のレベルで男性を性的な視点で見ることが多く……当然のことながら男性側からはあまり好まれない。
それでも処置自体はピアスやサークレットを身に付ける程度で済むので、貧困層の女性たちには人気があるとのことである。
ちなみに、西遊記で思い出した曲についてうっすらと記憶にある限りでは、自分が生まれる前の話で、それでもインターネットで聞いたことくらいはある程度の、それなりに有名な曲だった……と、俺がそう思考を巡らせた瞬間だった。
──データ、残ってるよ。
脳内で
どうも耳から入って来ない音楽というのは少しばかり違和感が残るものの……これはこれで趣味が一つ復活したことを喜ぼう。
「問題は、聞きたい曲のタイトルを覚えていないことだけど、な」
俺の記憶は相変わらず都合よく変なことを思い出すものの、自分の望む記憶についてはほぼ思い出すことが出来ない有様であり、思い出の曲を聞きたいタイミングで思い出すことなど叶わないのが実情だった。
そうして知っている曲のフレーズすらも思い出すこともあっさりと諦めた俺は、手元の警護官リストの存在を思い出し、ざっと下位の方のメンバーの適当に目に留まったデータを開いてみる。
「何だこりゃ……中学生か」
ほぼ最下層に近い、あまりにも低い戦闘評価の理由を眺めてみて俺がそう呟いたのも無理はない。
恐らく中学生かそこいらの少女が、ミニスカート姿で背中に変な機械製の羽根みたいな装備を取り付けているのだから、警護官と言うよりはあまり売れていないアイドルにも見える。
インド系アメリカ人二世のような……少し浅黒い肌のその少女は、どうやら背中の抗重力装置と推進機関で空を飛びながら戦うのを得意とする、と自己PRの文章に書いてあった。
「この細い身体でなぁ……おぉっ?」
正直に言うと、他意があった訳じゃない。
ただ少女のその細い手足と、先ほどまで眺めていた筋骨隆々の警護官のイメージがあまりにもそぐわず、気になって注視した程度である。
それでも俺の意思を反映した
──赤、か。
このプロフィール画像が何故スカートの中身まで鮮明に映しているのかは分からない……恐らく男性が極小化していて、女性が性的な視点で見られることを厭わなくなったことで、スカートの中を隠す風習も消えたのだと勝手に推測は出来るが、それが本当かどうかの確証はない。
それでも……男の本能というのは悲しいもので、スカートの中身をばっちり見てしまった以上、ただで彼女をスルーするつもりはなくなっていた。
「……ぽちっとな」
そうしてほぼ「気になったセール中のゲームを買う感覚」で彼女を選んだ直後、真面目にアピール文章を眺めていると、ふと気になる一文が目に入る。
それは「三姉妹なのでそちらも併せてよろしくお願いします」という、この時代ではあまり見ない文章で、それこそどこぞの通販サイトの「併せてどうぞ」と同じようについついそちらの人物も見てしまう。
──似てる、と言われれば似ている、のか?
三姉妹……正確には、姉妹という名の、とある都市で「共に暮らしている女性三名の共同生活者」がたまたま似たタイミングで生んだ子供ということだが、まぁ、父親が同じという意味では姉妹には違いがないだろう。
そんな三人が三人とも、似たような装備で似たような恰好をしているから、おっさんとしてするべきことはただ一つだろう。
──青、だな。
──こちらは、黄色、か。
……そう。
手に取ったフィギュアを傾けてついスカートの中身を覗いてしまうように、俺はついつい彼女たちのデータを操作し、そのスカートの中身を調べてしまっていたのだ。
そうすると当然、何となく愛着が湧いてしまい……姉妹丼ってのも悪くないなと邪な考えが背中を押したこともあり、俺は三姉妹を雇用候補に入れてしまう。
──後は……あ~、あの女で良いか。
そうして四人を選んだところで、もう選ぶのが面倒になった俺は、一番最初に目にしたあの年増ギリギリ……最年長の38歳を選ぶこととした。
ちなみにこの身体になる前の俺とほぼ同年代ってこともあり、少しだけ他人とは思えなかったことと……小学生の頃、親父が見ていた時代劇を横目に眺めていた経験から、あのくのいち女優を思い出してしまったことが決め手である。
「さてと、義務終わり。
後は、権利の時間だっ!」
俺はその5人との面接の時間を適当に設定すると……さっきから気になっていた「記憶の中にあるタイトルも分からない音楽」を思い返す作業に移行することとしたのだった。
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