4-3 ~ 警護官その3 ~


「……その条件を呑む警護官がいるんだな」


 子宮の全摘出手術に、性的欲求を全て失わせるため小脳中部の一部を除去をしているという、非人道的極まりない女性警護官の存在に、俺は思わずそう呟いてしまっていた。

 少なくとも俺の常識から言うと、ソレは宦官……古代中国の王朝にいた、ナニを切除されていた連中と同じ扱いに思えてしまう。

 とは言えアレは確か、攻め滅ぼされた民族の男子がそういうことをされていた、言わば強制的にされた結果だった覚えがある……勿論、俺のうろ覚えでしかなく、この600年後にそれらの扱いがどうなっているかBQCO脳内量子通信器官で検索しようとも思わないのだが。


「ああ、勿論、彼女たちにもメリットはありますよ。

 警護官というのは男性の目に最も留まりやすい、男性の側に居続けられる職業ですからね。

 正妻教育を受けられない女性の中では最も競争率の高い仕事となっておりますし、性衝動をカットすれば殿方に選ばれる率が跳ね上がりますので」


「……はぁ」


 幾ら野郎の目に留まろうが、子宮がなければ何の意味もないだろうに……と俺は内心で呟きを零す。

 もしかしたら給料が桁違いに良いのかもしれないが、それはそれで金だけ貰ったところで使い道がない老後になるだけでは……

 そうして俺が子宮を摘出されたという警護官たちの人生設計について考え始めたことを悟ったのだろう。


「勿論、警護官としての任期……3年から5年が経過した後には、人工多能性幹細胞から再生移植を行います。

 男性も警護官として活躍していた女性へは親しみがあるのか、精子の提供を優先的に行う傾向がありますし。

 勿論、恋人ラーヴェとなる可能性も、他の職業と比べると桁違いに多いと評判なのです」


 我が未来の正妻は、事も無げに俺の疑問へと回答を叩き付けた。


 ──あ、あ~、なるほど。


 この時代は俺の暮らしていた時代より600年も未来であり……その技術によって体細胞の半分を失っていたという俺も、こうして健康体にほぼ近い形へと復活を遂げている。

 そう考えると子宮の一つや二つ、警護官として働く間に摘出していたとしても、という訳だ。


 ──そりゃ、摘出するヤツも増えるわなぁ。


 俺の身で分かりやすく表現すると、宦官的にアレを切り離すのではなく、貞操帯をはめたままアイドルの身の回りの世話をするようなもの、だろうか。

 アレを切り落とした後で生え直すような例えが浮かばないので、何と言うか気軽な感じになってしまったが……まぁ、大きく間違ってはいないだろう。

 その上、給料も高いのだから、言うことはない。

 ……BQCO脳内量子通信器官が検索した結果で言うと、男の財布を自由に動かせる正妻ウィーフェや、男の気分次第で都市運営費の一部を下賜される恋人ラーヴェは兎も角、一流の芸術家や木星との間で戦い続けている兵士……下士官レベルの給料が、男性直属の警護官には保証されているのだ。

 勿論、ボディーガードである以上、たまにテロやら何やらで命を落としたり重傷となる場合はあるようだが……


 ──俺の前の職場よりは遥かにマシだよなぁ。


 災害現場でいつ崩壊するか分からない、岩が降って来るかも知れない、落ちれば即死の崖の上へと這い上がって測量し、帰ってからは時間外になっても図面を描き続ける……それが、俺が北極海に沈む前の仕事だった。

 それに比べると、給料が出た上に異性とお近づきになれるのだから、俺の職場より遥かにマシな待遇に思えてきて仕方ない。


 ──ろくな仕事じゃなかったようだな。


 未だに湧き上がったり泡沫と消えたりと今一つはっきりしない我が記憶ではあるが、今になって思い出すと、北極の海に沈む前の俺はあまり恵まれた環境にはいなかったように思えて仕方ない。

 少なくとも仕事のことを思い出そうとすると、魂そのものがその記憶を拒否しているかのように頭が痛くなるのだから、よほどのことだろう。


「んで、俺はこのリストの中から適当に選んだら良いって訳だ」


 そう適当に呟きながら、過去の労働の記憶を脳みその奥深くへと沈め終えた俺はBQCO脳内量子通信器官の検索結果を空間モニタに開くと、流し見程度に眺めていく。

 年齢も15歳から38歳とバリエーション豊かで……この最高齢である38歳女性については、野郎を見繕うために警護官になった訳ではなく、ただ本職として仕事に自尊心を持ち、その上で警護官を続けているんだろうと思われる。


 ──訂正。


 訓練期間12ヵ月、実務未体験という時点で、完全に妊娠適齢期過ぎた女性の方が必死に野郎を漁りに来たとしか思えない。

 顔は……まぁ、俺の体感時間で少し前までやっていた時代劇の、入浴担当くノ一って感じの美人である。

 というかこのリスト、ほぼ美少女と美女しか揃っていない。


 ──性選択、か。


 こちらの理由は分かりやすい。

 男性の数が極小化してしまったことで、男性の好みに合う容姿をした女性が子孫を残せる可能性が高くなり……そういう美女ばかりが子孫を残し続けた結果、美女ばかりの時代が来た、という訳だ。

 分かりやすく言うと孔雀の羽根が豪華になったアレである。

 正式名称だと配偶者選択……異性として好ましい姿が子孫を残せる機会が多いため、そういう個体の方向へと進化が進む理論だったか。

 世知辛い話ではあるが、まぁ、俺が暮らしていた時代もイケメンと呼ばれる線の細い連中に女どもが群がって俺のところには来てくれなかった記憶があるし。

 そもそも男女の骨格……筋量やら身長やらが違うのも、男性側が力の強さを求められそれ以外が淘汰された結果であり、それを考えると何故俺の暮らしていた時代だけが線が細い雑魚みたいな連中がモテたのか小一時間議論したいところではあるが……


 ──まぁ、美女の感覚が変わってなくて良かった、な。


 なにせ時代の変遷と共に美女感が変わったので有名な話と言えば、平安時代……1,000年ほど昔は一重まぶたで細目、丸々とした女性が好まれたという。

 俺が目を覚ましたこの時代で、女性の好みがそちら側へと移行されなかったのが……もしくは極端な細身が好まれて某グレイのような宇宙人体型が好まれてなかったことは、最大の幸運と言わざるを得ない。


「未来の恋人ラーヴェと言われれば選ぶのも大変でしょう。

 まだしばらくは時間がありますので、ゆっくり選んでいただければ……」


 要らぬことを脳内で考えていたのを、警護官選びに意識を奪われていると判断したのか……それとも、このリストに視線が向かうことで自分が蔑ろにされていることを嫌ったのか。

 未来の正妻ウィーフェが無意識ながらも僅かに唇を尖らしていることに気付いた俺は、軽く肩を竦めると……未来の家族に向かい合い、今後の都市計画について語り合うことにしたのだった。

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