4-2 ~ 警護官その2 ~


「警護官を選ぶ場合、基本的には連邦政府で登録されている警護官の中から選べば間違いありません。

 彼女たちは勤務前に伝染病等の簡易検査も行いますし、身元がしっかりしており、正規の教育を受けていますので、窃盗や傷害などの問題も起こし難いとの統計が出ております。

 何よりも、電子的・薬学的・物理的のいずれかで性衝動をカットしており警護対象に性衝動に起こさない処理がされておりますので、安心できます」


 にこりと笑ってそう告げるリリス嬢のその笑顔は、歳の離れたおっさんの俺でも頬が緩むほどには可愛らしかったが……言っていることは凄惨極まりない話だった。

 いや、確かに教育がされていて問題を起こさないのは評価できる。

 ……だけど。


 ──物理的に性衝動のカットって。

 ──犬猫じゃあるまいし。


 だが、この男女比が大きく傾いた社会では、しっかりした教育を受けていても女性の理性なんてということなのだろう。

 そして、10万人に一人を護るためならば、10人程度の生殖機能を失わせる程度、ただの誤差に過ぎない……という訳だ。

 しかしながら、薬学的ってのは何となく分からなくはないのだが……電子的って一体何をやらかすんだろう?


「選ぶ際には、BQCO脳内量子通信器官を用いて能力評価や容姿などを参考にして下さい。

 基本、男性に就く警護官は3交代体勢で10名ほどとなりますが、今は5人程度を探せば良いと思います」


 そんな俺の内心の葛藤に気付くことなく、俺の未来の正妻ウィーフェは淡々と基本的な情報を述べ続ける。

 彼女が伝えてきた情報を受け、俺の無意識が『思念型どこでもグーグル先生』とでも言うべきBQCO脳内量子通信器官で検索した瞬間、政府登録してある警護官の情報が眼前の空間モニタに展開され始めた。


 ──おぅふ。


 その登録数は、正妻を選ぶときの比じゃないレベルの数で溢れており、一覧表がずらりと並んだのを見ただけで俺の口からはそんな間抜けな声が零れ出ていた。

 ……とは言え、それは当然なのだろう。

 何しろ正妻ウィーフェとは都市運営を司るエリート中のエリート。

 俺の感覚では東大のどこか超高難度学部へと一発入学してハーバード大学へ留学するような……要するに現実味のない世界レベルのエリートが揃う面子だったのだ。

 しかしながら、警護官という職業は、野郎のために命を張れる覚悟を持ちさえすれば……注意書きに書いていたが、警護官過程の教育を受けさえすれば成績は関係なくであり、しかも非常に難関である正妻ウィーフェか、宝くじ並みの幸運に恵まれる恋人ラーヴェ以外では唯一、男性と物理的にお近づきになれる職業である。

 ……そうして誰も彼もが男性を求めて登録した結果としてこの凄まじい登録件数が実現した訳だ。

 勿論、眼前の空間モニタに表示されている登録情報には、その個々人の戦闘能力やら年齢やら身長体重やらが載っているのだが……情報量が多すぎてさっぱり訳が分かりやしない。


「ちなみに私にも……未来の正妻ウィーフェにも警護官が3名就くこととなりまして、こちらはケニー議員に紹介していただいた方々となり。

 ……あ、そのデータがこちらになります」


 そうして俺が選ぶのに困っていることに気付いたのだろう。

 リリス嬢がそう告げると、自らで空間モニタを展開し、指先を使ってその空間モニタを俺の前へと向けてくる。


 ──うげぇ。


 そうして彼女が見せてくれた警護官の画像データを目にした俺は、正直に言ってただただドン引きしていた。

 画像に映っていた3人は3人共が鋼鉄っぽい四肢を取り付け、身体は頑丈そうな全身鎧を身に纏い、腰にはライフルや拳銃、仮想力場ナイフなど人間に用いればあっさりと肉片へと変貌させるのに必要にして十分な兵器を身に付けていたのだ。

 何よりも、『四肢を取り付けて』いる……要するに戦闘力を高めるため、金属製の義手義足を装備しているのである。


 ──そんなシューティングゲームあったよなぁ。


 あまりにも俺の常識では非人道的な彼女たちの姿に、俺は思わずそう現実逃避的な感想を抱くことしか出来なかった。

 ……いや、それだけじゃない。


「……、性衝動カット済み」


 画像データ内で、下腹部……恐らく子宮当たりからポップアップのように注意書きが出ているのを、思わず俺は口にして告げてしまう。


「ええ。

 警護官として護衛対象の男性を襲わないよう、子宮の全摘出手術を行っております。

 また、性的欲求を全て失わせるため、小脳中部の一部を除去することで性的興奮の前段階を抑制するようにしております」


 俺のその呟きを聞きつけた婚約者の口から語られた内容は……女性の人権とかそういう類のモノを完全に放り投げた、俺の想像も及ばない非情な未来の現実だったのだ。


 「子宮の全摘出手術」という単語を聞いた俺は、未来の正妻ウィーフェとなる彼女が『笑えない類の新しいジョーク』を口にしたのだと期待半分で彼女の顔を眺めていたように思う。

 続けて、「小脳虫部の一部を除去する」という、前頭葉の一部を切除する非人道的で有名だったロボトミー手術みたいな、あり得ない単語を聞かされてからは更に、だ。

 だけど、その淡い期待は、俺の婚約者が真顔のままで……いや、それが「当然」という表情を崩さないまま、そう告げていたことに気付いた瞬間に砕け散っていた。


「それが、許される、のか?

 だって、女性の、子宮摘出なんて……」


「当然、でしょう?

 だって、彼女たちは男性の盾となる仕事をしているのですもの。

 劣情に任せて男性を襲うなんて真似を仕出かし、男性が女性に精を提供できなくなれば本末転倒ではありませんか」


 俺が呆然と口にした呟きに、リリス嬢は毅然とした態度でそう言葉を返す。

 要するに、こういう考え方が当然で、俺の価値観の方が間違っているのだろう。

 俺がその事実をすんなり受け入れられたのは、彼女の言葉を聞いた瞬間、瞬時にBQCO脳内量子通信器官が過去に『警護官が仕出かしてしまった事件』を数件、ピックアップしてくれた所為だった。


 ──ミェト事件。


 今から150年ほど昔、凄まじく革新的……いや、この場合は旧時代的というべきか、男女同権という理念の持ち主であり、その信念に基づいたのか男女の分け隔てなく接していたミェトという男性がいた。

 彼の恋人ラーヴェはその社交性に比例するように16人となり、彼は警護官にも優しく接していたと言われている。

 未だ、警護官の性衝動を封じるという風習がない時代、彼は174名の警護官全員から尋常じゃないほどの愛情を注がれていた、らしい。

 そうして親しくされながらも触れることすら許されなかった警護官は、その触れ得そうで触れられない極限状態の劣情故に暴走を起こす。

 ……彼女たちは、愛しの彼を奪おうと身に付けた武力を用いたのだ。

 結果、争いの中心となったミェトという名の男性は八つの肉片に別たれ、残った警護官同士で彼の残骸を独り占めするべく殺し合った結果、ただ一人生き延びた警護官は血だまりと肉片の中で正気を失い、彼の身体を元に戻そうと順番通りに並べるべく血と肉片をかき集めていたとのことである。

 ちなみに外部から軍が派遣された際、彼女はその場で射殺され……その名前すら記録から抹消されたという、この一件は前世紀における最大の忌まわしい事件と言われている。


 ──モームン事件。


 これは50年ほど昔の事件であり、傾向としては似たようなモノである。

 ただし、モームンという男性は病弱であり、周囲には屈強な女性警護官を置いていて……それがこの悲劇を生むこととなった。

 たまたま彼が無防備にも半裸の状態で警護官たちの前に出てしまったのだ。

 たったの一見で彼女たちの忠誠心は崩壊し、警護官たちはその有り余る体力と劣情に身を任せた結果……モームンという男性は性の限りを喰らい尽くされた結果、腹上死を最悪の結果を迎える。

 3日後、連邦政府により確保された彼の姿は骨と皮だけの……まるでミイラのようになっていた、らしい。

 この一件を重く見た政府により、女性の警護官からは性欲が電子的・薬学的・物理的のいずれかの手段でカットされるようになった歴史的契機となった事件とも言える。


 ──ひでぇ、世の中だ。


 「石川や 浜の真砂は 尽くるとも 世に盗人の 種は尽くまじ」とのどこぞの大泥棒の辞世の句ではないが、技術が幾ら発達しても人が人である以上、犯罪の種は消えないらしい。

 むしろ、異性への餓えが加速化した所為か、酷く過激な事件になったようにも思え……俺は、「この技術が発達し豊かな社会の中でも、凄惨な犯罪は尽きないのだなぁ」と他人事のように感心してしまったのだった。


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