第四章 「退院編」
4-1 ~ 警護官その1 ~
「都市作成は順調です。
現在、基礎であるチタン合金製のフレームと人工有機ケーブル、発泡アクアマテリアルの構築が今年の計画面積の10%に達しましたので、仮設核融合炉の建造に着手しました。
基礎内部の作成と並行して下水処理施設・水浄化施設の構築も開始しておりますので、それが完成した区画から地上部の作成に取り掛かります」
婚約者であるリリス嬢が都市計画を作り上げてから2週間ほどが経過しただろうか。
今日も今日とて金髪蒼眼の少女は俺の元へと足しげく通い……常識の範疇とされる3日に一度のペースを守り続け、俺に逐一こうして進捗を伝えてくれる。
それは有難い……現状の俺にとって有難いのは間違いないのだが。
──都市建造なんて、たった3日で変わるものじゃないだろうに。
正直なところ、俺は婚約者の話を適当に聞き流しながらも、内心でそう考えていたのだが……流石にそれを口にするほどの人でなしには成れそうにない。
彼女は彼女で、精一杯婚約者に好かれようと、もしくは有用性を示そうと必死になっているのだろうし、そのやる気に水を差すのは大人としてどうかと思われる。
大体、俺自身は暇で暇で仕方なく……病院では筋トレ以外にやることがないのが現状なので、来客そのものは大歓迎だった。
事実、ここに入院してからの来客と言えば、この病室のシーツを取り替えに来るロボットと、部屋洗浄のためのロボットと……あとは二度ほど顔を見にケニー議員が来た程度である。
勿論、暇で暇で仕方ないとは言え、暇を潰す方法はあるのだ。
それも俺の脳に埋め込まれ、取り外し方すら分からない、非常に便利な代物が。
……だけど。
──
──何と言うか、情報量過多で気持ち悪いんだよな。
俺が暮らしていた時代でもインターネットというツールは存在したが、恐らく老人連中はインターネットに触れたとしても今の俺と同じように「情報量が多すぎて何を見て良いかすら分からない」という状況に陥っていたんじゃないだろうか?
そうしてろくに思い出せもしない昔に思いを馳せて逃避してしまうほど、俺にとって
何が一番気持ち悪いって、記事を読んでいる最中に雑念が浮かび上がるだけで検索がぶっ飛んで行って変な記事を開いてしまうこと、だろう。
主にそれで目にするのはエロい記事であり、そちらに目を向けたところで、うちの息子は未だ反応すらせず、悲しい気持ちになるだけだったのも、俺が遠い昔に思いを馳せる理由の一つだったりする。
どうやらこの時代には、年齢によってエロを規制するフィルタリングというモノは、少なくとも男性には適用されないようだった。
──それはそれとして。
──そろそろ普通に会いに来てくれても良いんだけどな。
俺は、隣で延々と都市計画について語る未来の
婚約者ってのを作った記憶がないため、どのくらいのペースで顔を合わせれば良いのか今一つ確信が持てないものの、友人として考えるなら、もう用事がなくても遊びに来てくれても構わない程度には仲良くなったつもりなのだが……。
ちなみに入院中の身では勝手に外出も許されていないため、彼女のところへ俺の方から押しかけていくことは出来なかった。
ついでに言うと、この病院はどういう人員配置をしているのか美人看護婦……看護師になったんだったか、その手の類の人間すら見かけない。
要するに俺は、病院に監禁されているも同然であり、人恋しさがじわじわと膨らんでいくのを止められず……それがこの、未来の
「そういう訳で、そろそろ退院と引っ越しの準備を進めたいと思います。
もう3日ほどで自宅の外側は完成する予定ですので」
「……3日」
気付けば婚約者の少女がそんな話を振って来ていて、話を半ば聞き流していた俺は一瞬だけ戸惑うものの……その話の流れよりも市役所と同規模の広大な自宅の外側がたったの3日で完成するという、この600年後という未来の、魔法を使っているとしか思えない異様な建造速度の方に意識が向いてしまう。
尤も、そう疑問を覚えた直後に
──液体金属による全自動の骨組み形成と、硬化作業。
──自在力場による型枠形成と硬化樹脂による建造物本体の構築。
──要するに、大規模な3Dプリンタだ、これ。
俺が知っている時代でも、拳銃程度なら家庭用の3Dプリンタで造れると耳にした覚えがあった……現物は見たことなかったような気がするが。
この600年後の未来で行われているはその大規模版だ。
液状金属を任意の形状に動かした後、電流を流して硬化させることで骨格とし、その外側に力場によって自在に型枠を汲み上げた上で、硬化樹脂を流し込んで硬化させることで構造物本体を作成。
後は抗重力装置とファンデルワールス力を用いて壁に張りつけるロボットで外面の塗装を終えれば完了……という凄まじい省力工事が行われているという知識を、一気に脳内に流し込まれてしまった俺は頭痛に少し眉を顰める。
これこそ俺が
俺はすぐさま首を振って頭痛を吹き飛ばすと、未来の正妻との話を進めるべく口を開く。
「引っ越し、か。
俺は何をすれば良い?」
「男子登録のデータ修正や退院の各種手続きにつきましては
あ、あ、あなたは、その、警護官を雇う手続きを進めて下さい」
相変わらず仕事はテキパキとこなす癖に、「あなた」という単語一つ流暢に話せないリリス嬢を微笑ましく思いながらも、俺は彼女から振られた話題を聞いて思わず溜息を一つ零していた。
──警護官。
要するにボディーガードである。
個人的にボディガードと言うとあの映画そのものや、某筋骨隆々の未来からのサイボーグというイメージがあるが、この時代では女性が警護官となっている。
何しろ肝心の野郎そのものが10万人に1人という有様なのだから……弾除けとして女が数万人死のうが野郎1人が助かれば良いという発想になるのは仕方ないことなのだろう。
とは言え、21世紀に生きていた俺としては、女性に護られるという立場が今一つ腑に落ちないが……まぁ、この時代で生きていく以上、この手のルールには生きて行かざるを得ないのが今の俺の現実である。
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