3-3 ~ 自宅選定 ~


 少しご褒美が過ぎたらしく、俺の囁きであっさりと意識を失ったリリスちゃんだったが……その気絶は長くても5分程度だった。


「つ、次に自宅を決めましょう」


 意識を取り戻して周囲を見回し、ようやく自分の有様に気付いて顔を真っ赤に染めながら呟いた未来の妻はものすごく可愛らしく……彼女を婚約者にした過去の自分を褒めてあげたいところである。

 とは言え、可愛らしいといっても、性欲が肉体と乖離している現状では「あくまでも親戚の女の子として」という意味でしかないのだが。


 ──あ~、でもこの身体で考えると、ちょいと年上なんだよな。


 その辺りの肉体的・精神的・生まれた年代などの歳の差を真面目に考え出すと、今さらながらに自分の身体がけったいな有様になっていることを実感する俺だったが……とは言え既にこんな身体で暮らして行かなければならない以上、俺には少しでも昔の身体に近づけようと日々行っている筋トレ以外に何かが出来る訳もない。

 そんな諦観を一切顔に出すことないままの俺が見守る前で、婚約者の少女は手慣れた様子で空間モニタを展開し、10階建てはありそうな鉄筋コンクリート建築物風の、正面図・側面図2枚・俯瞰図の合計四枚の映像を映し出した。


 ──役所?


 それらの映像を見た俺が抱いた印象は、そんな身も蓋もないモノだった。

 確か市街地のど真ん中にあった県庁がこれくらいデカい建物で、それを見上げた記憶が不意に蘇ってきたことが、その感想を抱いた理由だろう。

 尤も、見上げた記憶と言っても所詮はだけでしかなく……幾ら思い出そうとしても靄がかかったように具体的な形は出てこないのだが。

 しかし、今は追っては消える蜃気楼のような記憶などが問題ではなく……リリス嬢が何と言ってコレを紹介したかの方が遥かに重大な問題だった。


「……自宅?」


「ええ。

 少しに思われるかもしれませんが、都市運営の拠点も兼ねておりますので」


 思わず「自宅の定義を学校でもう一回覚え直して来い」という突っ込みを口にしかけた俺ではあるが……続く彼女の説明を聞いてようやく理解する。

 都市運営の拠点ということは、要するに役場ってことだ。

 戦国時代の城みたく、君主の自宅と政治拠点・防衛拠点が一緒になっているのがこの時代では普通なのだろう。

 まぁ、流石に未来社会では防衛拠点としての機能まで備えているなんてことはないだろうが。


 ──価値観が違う。


 俺は目覚めてから何度目かになるその感覚に溜息を一つ吐き出す。

 そもそも一口で600年と言っても……俺の生まれた時代に合わせてみた場合、西暦で言うところの1400年代、つまりが応仁の乱で京の都が火の海になっていたり、とかジャンヌダルクが暴れていた百年戦争とかの時代なのだ。

 日本でも首をぶった切って並べていた時代、西洋では火刑台で人間を生きたまま火炙りして見世物にしていた時代でもある。

 それほど時代が違っているのだから、価値観なんて合わなくて当たり前……そもそも言葉すら通じないのだから。


「で、デザインが大人し過ぎたでしょうか?

 確かに、私から見ても地味とは思いましたけれど、侍女と警護官、そして都市運営のための人員の住込みも考えなくてはなりませんので、あまり装飾に力を入れ過ぎると建築面積が激減してしまうデメリットが……

 いいえ、使用可能な面積を確保しつつ前衛的なデザインを取り入れる手法につきましては、3日……いえ1日頂ければなんとか勉強しますので……」


「待て、違う、そうじゃない」


 価値観の問題に対して俺が溜息を吐いたことを自宅が気に入らないと勘違いしたらしく……正妻の地位を約束された筈の少女は急に慌ててそんな言い訳を始めたばかりか、また徹夜で勉強してくると言い出し始めた。

 先ほど5分あまり意識を失ったとは言え、眼前の少女は2日間徹夜の直後である。

 目の下にクマははっきりと浮かび上がったままであり、正直なところもう1日徹夜させるとぶっ倒れかねないと判断した俺は、すぐさま首を横に振り、席を立とうとした彼女の肩に手を置いて押し留めていた。


「自宅なんだから、二人で決めれば良いだろう?

 資料を見せて欲しい」


 何となく彼女のコントロール法が分かってきた俺は、恥を捨てる覚悟を決めると、少しだけイケメンっぽい行動を取るよう意識して、肩に置いた手に力を込めて彼女の身体を抱き寄せ、自分の顔を彼女のそれに近づけて、同じ空間モニタを眺めるようにしてみたのだ。


「え、ああ、はい、あ、あ、ああああなた。

 こ、こ、こういうのが御座います。

 え、こ、こちらは、その、基本からは少し、外れておりますが、そ、それなりに、有名な、男性の、ご自宅です。

 こちらは、その、現代の主流では、ありませんが、えっと、奇抜さで有名になりました……」


 効果は抜群で……リリス嬢はまるで男性に免疫のないお嬢様のように顔を真っ赤にしながら、俺の思惑通りに過剰な勉学スケジュールの組み立てから離れ、資料の説明を始めていた。

 問題としては、先ほどまで都市計画のことについては流暢に話していた筈の彼女が、見事ろれつが回らないポンコツと化してしまったこと、だろうか。


 ──こちらは、まぁありかな?

 ──こっちは無理。

 ──これらは論外。


 そうして幾つもの男性の家々を眺めながら、俺は一つ一つに評価を下し続ける。

 正直に言って、とやらはどれもこれも俺の常識から外れ過ぎていて、ほとんどが「論外」という評価を下さざるを得ず……あまり参考にはならなかった。

 最初に見た全面強化ガラスで造られたキラキラ輝く透明の塔は、外側から丸見えで……恐らくプライベート空間は反射角を上手く利用して見えないようになっているのだろうが、正直、招かれても出向きたくない。

 次に見た氷の結晶型とでも言うのか、あの形をそのまま自宅にしている家に関しては建築基準法が大丈夫なのか小一時間の議論が必要だろう。

 勿論、反重力やら俺の知らない力場やらで支えているのか、それとも純粋に見えないだけの透明の資材なのか……あの形のまま自立している以上、住んでも問題ないのだろうけれど、精神安定上あんなので生活しようとは思わない。

 唯一暮らせそうと思えたのは、中世ヨーロッパで建てられていたような白亜の城だったり、江戸城やら白鷺城やらに似た和風の御城だったりしている物件である。

 この時代でも懐古主義と言うか、そういう趣味的な輩は存在しているのだろう……生憎とリリス嬢の顔色を伺う限り、その手の城に暮らすのは俺の暮らしていた時代でやらかすよりも遥かに評判は悪いようだったが。


 ──ああ、無難って素晴らしいんだな。


 そういう物件を見たからこそ、我が優秀な婚約者が模範として提出した庁舎みたいな鉄筋コンクリートっぽい建物が実に平均的で素晴らしいと感じられる。

 とは言え、幾らなんでも無骨すぎるので、多少の改修か飾りくらいは必要だろうが。


「最初の案を、少しだけ変えよう。

 幾らなんでも無骨すぎるからな」


「は、はい、あ、ああああなた。

 ……私も、私も、そう、おお思って、ました」


 俺の言葉に彼女が頷いたのは本当にそう思っていたからなのか、それとも男性の意見を否定しないような教育を受ける社会に育ったからなのかは分からない。

 もしくは俺と隣り合わせで同じ空間モニタを眺めている所為で緊張の極限に達していて、俺の言葉が一切頭に入っていない可能性もあった。

 それでも、頷いてはくれているのだから、彼女と俺とは同じ意見を持っていて……最低限の価値観は共有できていると信じよう。


 ──不安定なのは論外としても。

 ──透明のタワーや金銀宝石で飾り立てた家が良いって言われても困るからなぁ。


 そうして俺たち二人は似たタイプのデータを眺めつつ、ああしようこうしようとデータをいじり回し……俺は意見を言うばかりで、機械的な操作はリリス嬢に一任していたのだが、それでも小一時間ほど話し合った結果、五稜郭みたいに五角形の、八階建ての庁舎にしようと決まったのだった。


「では、あなたの年金を使い、都市作成を開始します。

 申し訳ありませんが効率を考え、あなたの持つ一年間の年金を一括で受領し、ほぼ全額を建築費に投入することで一気に都市の基礎部分を作り上げます。

 海上の地盤から作成するので少しばかり時間がかかるのをご了承ください。

 電力設備や浄水装置、上下水配管が整って私たちが暮らせるようになるまで、凡そ2週間ほどが必要となります」


 どうやら未来になりテクノロジーが進化した結果として、婚約者の少女が何やら手で操作するだけで、必要な予算だけではなく各種手続きにかかる時間の見積もりまで終わるらしい。

 彼女の告げた「都市の基礎部分を序盤で一気に投資する」のが効率的というのは、昔やっていたのだろうゲームの経験から何となく理屈は分かるし……そもそもこの時代の貨幣価値が理解出来ないので自分の小遣いという認識は薄く、俺の金を使うことに申し訳なさそうにされる方が、逆に居心地が悪いのだが。

 それは兎も角。


「……2週間?」


 彼女の告げた、あまりにも常識外れなその都市作成の時間を耳にした俺は、驚きのあまり唖然として二の句が継げない有様だった。

 海上都市の土台を造り、発電所を造り……それがたったの2週間で終わるなんて、未来の科学力というモノは、何と言う理不尽な代物なのだろう。


 ──600年、か。


 戦後に重機が実用化されたことにより土木建築の速度は格段に進歩したのを考えると……俺の暮らしていた時代から600年も経過した今、都市の基礎が2週間で造られるのもそう不思議ではない、のかもしれない。


「お、遅すぎますか?

 た、確かに病院生活が続いておりますし……その場合、えっと、建造予算が追加で必要となりますが、3割程度の工期短縮でしたら可能となります。

 勿論、その場合は次年度の進捗が2割程度は遅くなりますので……」


「いや、無理をする必要はない。

 当初計画通りで進めてくれ。

 任せる」


 建築土木の進化に思いを馳せた俺の表情を前にして不安を覚えたのだろう、未来の妻が恐る恐るそんなことを言い始めたので、俺は首を横に振って彼女の提案を却下した。

 事実、彼女の言う通り病院生活は多少退屈なところもあるが、衣食住に不満がある訳もなく、2週間の3割……たったの4日程度で次年度の計画を大きく狂わせるほど、苦痛に思っている訳でもない。

 とは言え、彼女の暴走を止めるためとは言え、頭を抱き寄せながら「任せる」と耳元で告げる行為は、この時代の少女には刺激が強すぎたのだろう。


「では、早速、このデザインに必要な資材の計算と、資材の発注……そして作業手順の最適化を図ることで……」


「……いや、今日はもう休め、頼むから」


 ……たったその程度の仕草でやる気に満ち溢れたのか、鼻息荒く空間モニタで何やら作業を始めた、2徹後でクマも濃いリリス嬢に、俺は静かにそう諭すと……彼女に対して強制的に休暇を取らせるべく何とか説得を続けるのだった。

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