3-2 ~ 都市計画その2 ~



「はいっ、完成しました、あなたっ!」


 都市計画の概要を話し終えてから、僅か2日後。

 最低限のリハビリは終わっているものの、未だ腕を持ち上げることにも重さを感じる俺は、リハビリを続ける……要するに身体を鍛えて疲れて眠るだけ日々を過ごし、そろそろ飽きて来た頃のことだった。

 将来俺の妻となることを約束している相手……リリス嬢は満面の笑みを浮かべながら、俺の部屋を訪れるや否や、そう告げて来る。

 先日はあれだけどもっていた「あなた」という言葉すらもはっきりと口にしていて……どうやら出来上がった都市計画によほどの自信があるらしい。

 ……だけど。


「……お前、アホだろ?」


 俺は必死に都市計画を作り上げたらしい金髪蒼眼の婚約者に対し、そんな冷たい言葉を叩きつけていた。

 いや、叩き付けざるを得なかったと言うべきか。


「な、何がお気に障りましたっ?

 せ、せめて成果を一目見てから……」


「五月蠅いっ!

 一睡もしてないだろう、お前っ!」


 俺の無慈悲な言葉に少女は涙を浮かべながらそう懇願するものの……俺は彼女の抗議をあっさりと一蹴する。

 ……そう。

 リリスという名のその少女は、身なりこそ頑張って整えた様子はあるものの、目の下には思いっきりクマを作り、若さ故に瑞々しい筈の肌は荒れ、青い瞳は強気な輝きを失ってはいないものの焦点が今一つ合っておらず……要するに丸二日間休憩もろくに取らずに作業をしていたに違いないと断言できるほど、酷い有様だったのだ。


 ──職場にこんなんいたなぁ。


 火曜日納期の仕事を、金曜日の夕方に仕様変更喰らい、土曜日に測量をし直して月曜日に図面を書き上げ、火曜日に提出し終えた時の同僚の顔がこんな感じだった……と俺はしみじみと昔を思い出す。

 生憎とその同僚の顔も、あの最悪の時にどんな仕事をしていたかすらも思い出すことは叶わず……記憶を辿ろうとしても霞の向こうに消えていってしまう、儚いものでしかなかったが。


「……まぁ、頑張ってくれたのは間違いないんだ。

 取りあえず、見せてもらおうか」


「は、はいっ、あなたっ!」


 とは言え、幾ら健康状態に不安が残るものの、涙を浮かべてこちらを伺っている少女をこのまま追い返すのも忍びなかった俺は、すぐさまそう折れざるを得なかった。

 そんな俺の譲歩にリリス嬢はすぐさま笑みを浮かべて空間モニタを操作し、俺の前に彼女が築いた都市画像を映し出す。

 それは今までに見たことのない、海上に浮かぶ左右対称形の多重六角形で描かれた都市の画像が立体的に映し出されていた。


「これはあくまでも将来像でしかありませんが……完成予定の外観です。

 今のところ人口は都市の平均となる30万程度を想定しておりますので、もしこれ以上の規模が必要となりますと増築が必要となるのを予め了承下さい」


「……はぁ」


 クマを浮かび上がらせた明らかに睡眠不足という顔ながらも、蒼い瞳をランランを輝かせて将来を語る少女を前に……俺はすっかり置き去りにされていた。


 ──30万人って……


 確かこの時代では「税を納める代わりに精子を提供する義務」とやらが発生すると言っていた。

 その理論が正しければ、俺の精子を……この身体になるまではティッシュもしくはコンドームの中に放棄するしかなかった俺の白濁液を、30万人もの女性が欲しがるという意味である。

 まともに考えて、理論上ではあり得ない。

 眼前の婚約者に担がれているか、この金髪蒼眼の少女が作業し過ぎて脳みそがぶっ壊れてしまったとしか思えない状況だ。

 だけど……


 ──こんなに頑張っているんだよなぁ。


 そんな常識的な言葉を口にして、将来に目を輝かせている少女に水を差すような真似……40近くも歳を食ったおっさんに出来る訳がない。


「こちら三方の端にあるのが核融合炉となり、都市の電力をまかないます。

 基本電力は二基で十分まかなえますが、故障やメンテナンスを考えて三基の設定を考えております。

 都市下部は微細空気を含んだアクアマテリアルを用い、想定都市重量の三倍の浮力を確保、海面下にカウンター重量を兼ね備えた金属製のフレームを設置して都市の安定を図ります。

 更に都市下部には下水処理施設・水浄化施設・大気循環システムなど居住区では嫌われる施設を配置することになります」


 つらつらと少女は言葉を連ね……画像を切り替えて都市表層を透明化し、次は都市内部の管路らしき立体画像を映し出す。


「電力や上水下水、個人宅への宅配路などは海面下に設け、都市面積全体を立体的に活用することで、海上部の土地利用を最大限可能とする計画になります。

 また、都市利用条例で大気汚染を最低限とし、大気浄化システムは最小としておりますが、このことについて異議はありますか?」


 ない。

 ある訳ない……というよりも、彼女が何を言ってるのかすら分からない。

 それでも男の沽券……と言うよりはおっさんの沽券として、自分の半分以下しか生きてない少女よりモノを知らないってのは少しだけ恥ずかしく、何となく分かったふりをして頷いて見せる。

 彼女にしてみればそれで十分だったらしく……寝不足極まった顔に満面の笑みを浮かべると、次に別の空間モニタを展開し、俺の前へと何やら数字が並んでいる一覧表を突きつける。


 ──コレは、分かる。

 ──見積書、だ。


 文字はアルファベットの変形っぽい感じの何かであり、パッと見で読める代物ではなかったものの……文字の隣に並ぶアラビア数字には見覚えがある。

 大項目小項目、そしてシートが何枚にも別れているそれらの表の、詳しい中身はよく分からなかったものの……それでも一応社会人をやっていた俺には、それらを作るのには凄まじい時間を要したのだろうと容易に推測できた。


「あ、あなたの……男性年金で無理のない計画を立ててみました。

 あ、あ、あなたが個人資産として利用するのは総額の1%と見積もっておりますが、修正は随時行えるように致します。

 あくまでもこの見積もりは最も効率的な予算執行を行った場合であり、人口の増加率やそれに伴う税収増はあくまでも数多の都市の平均を考えておりますので、これも年次・月次レベルでの微修正が必要となるでしょう。

 各施設の概要や年次計画の詳細につきましてはデータのアクセス権をお渡ししますので空いている時間にでもご確認をお願いします」


「……はぁ」


 将来俺の妻となる予定の女性は、つらつらと……未だに俺を「あなた」と呼ぶだけの行為には躊躇いが残る癖に、都市作成については欠片も言い仕損じることなく言葉を続けてみせた。


 ──コイツは、優秀だ。


 そんな彼女の様子に、俺は嘆息混じりに内心でそう呟くことしか出来やしない。

 何しろ、俺の半分も生きていないだろうリリス嬢が作成してきたそのデータは、俺だったら丸一年費やしても作成可能などうか不明なレベルの情報量なのだ。

 勿論、技術の発達はあるだろう。

 少なくとも俺が仕事を始めた頃、先輩方から「図面は手書き、計算書も線引きから手書き、コピー機はなく反射板を使って透けた線をなぞる、などという時代があった」と聞いた覚えが微かにある。

 それを考えると、彼女が作ったデータは新たに発達した技術を用いて俺が思うよりも容易く作成可能だったのかもしれない。

 だけど、それでも……


 ──不遇だったのが信じられない。

 ──コイツは、洒落抜き、マジもんの天才、だ。


 俺がそう感嘆するほどに、彼女の才は飛び抜けていた。

 そして同時に、そんな彼女が事実を前に、俺はやはりこの世界が腐っていると実感する。


 ──もしかすると、俺一人では何も出来なくても。

 ──彼女の頭脳があれば……


 ……そう。

 ただのおっさんでしかない俺の脳みそでは、幾らこの世界が腐っていると感じたところで何かが出来るとは思えない。

 だけど……


 ──彼女を味方に付けることが出来れば。


 彼女が俺と同じ志を持って、その才能の限りを「この世界を破壊する方向へ」と持っていくことが出来たなら……この世界をぶっ壊すことは出来なくても、大きく社会を変えることは出来るかもしれない。


 ──いや、そんなことよりも。


 破壊願望とでも言うのか……思考が危険な方向へと走り始めたところで、ふと俺は我に返る。

 眼前に並ぶ数多の資料……幾ら天才であってもこれだけの資料を整えるのは凄まじい労力を費やしたことだろう。

 その労苦をねぎらうことなく当然と思うのは、この腐った世界で彼女を不遇せしめていた男性と同じ行動を取ることにはならないだろうか?

 そう直感的に思い立った俺は、身を乗り出すと空間モニタを突きぬけて手を伸ばし……婚約者の頬へと触れ、顔を近づけて耳元で囁く。


「リリス、素晴らしい成果をありがとう。

 キミがいてくれて良かった。

 これからもよろし……あれ?」


「……きゅぅ」


 身体が美形の少年化しているからこそ、そしてこの身体となったことに現実感がない所為か、少し芝居じみた感覚でそんな真似をしてみたのだが……効果は絶大だった。

 いや、絶大過ぎた。

 何しろこういうことに全く免疫がなかったのだろうリリス嬢は、俺如きが少女漫画の広告で見た覚えのあるような、イケメンの真似をしただけであっさりと顔を真っ赤に染めて目を回し……

 そのまま意識を失ってしまったのだから。

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