第三章 「都市計画編」

3-1 ~ 都市計画その1 ~


「では、まず都市作成から開始します」


 金髪蒼眼のリリス嬢を何となくで婚約者とした、その翌日。

 彼女は張り切った様子で俺のところへと来るや否や、開口一番にそう告げた。

 昨日のおどおどした様子は完全に鳴りを潜め、勝ち気で積極的な様子を取り戻しており……たとえそれが表面上であっても自分の行動で少女一人が救われたのは間違いなく、自画自賛ながらも良いことをしたなぁと感慨深い。

 正直な話、婚約と言っても所詮は電子サイン一つでしかなく、俺はまだあまり実感が湧かないのだが……昨日、感極まって大号泣して使い物にならないほど涙腺が緩んでいた彼女にとってはそうでもないらしい。


「発電から道路、電気上水下水の地下配管に関する設置方法、浄水機能やごみ処理の方策など、一通り都市作成に必要な知識や計算式は最新のものを昨晩の内にしてきました。

 細々とした修正はその都度させていただくことになるでしょうけれど、預けていただいた予算を用い、貴方の望まれる形での都市作成・都市運営を行うことに支障ありません」


「……はぁ」


 少しだけ自慢げに告げながら、リリスちゃんは俺に見えるように空間モニタを七つほど開いたかと思うと、いくつかの都市の交通網や上水下水管などの立体図面を開き要所要所をピックアップしながら、先進都市の特長と欠点をつらつらと説明してみせた。

 こうして見ると……本当に彼女は優秀だと分かる。

 たかが野郎の機嫌を損ねただけで彼女ほどの人材が埋もれていたのだから、それはもう本当に以外の何物でもない。


 ──やっぱ腐ってんな、この世界。


 実際、俺はただ男ってだけでリリスちゃんと対等に会話をしているが、こう見えても彼女は10万人に1人の……いや、そんな連中が集まる中でも断トツで成績の良かった才女そのものである。

 10万人と軽く言うが、野球やっている学生がプロになるだけでも3千人に1人と聞いた記憶がある。

 日本全体で野球人口が500万人くらいと何かのデータで見たことがあるが、それを考えると10万人に1人の割合はたったの50人。

 要するに、野球をやって一軍の選手になる確率……それこそが、10万人に1人というこの世界の男女比を、俺が最も実感できる単語だろう。

 そう確率論で考えてみると……ただの一般市民としては眼前の少女にサインをねだりたくなってくるから不思議なものだ。

 尤も、でこの時代ではそれくらいの希少価値があるらしいが……生憎とそちらの方は未だ実感なんて湧きやしない。


「勿論、私は全力を尽くす所存ですが……それでもまずは、市長に都市の概要や方針を決めていただく必要があります。

 あ、あ、あなたはどんな都市を望みますか?」


 そんな、まだ十代半ばという若さでありながら、各都市の長所短所を暗記して説明までするほど優秀な彼女が、たかが紙切れ上の婚約者である俺を呼ぶだけの行為に「あなた」と呼べずつっかえることが不思議とおかしく、そして照れくさく……何となく居心地が悪くなった俺は救いを求めて視線を虚空に這わせていた。

 とは言え、俺が居心地悪くなったのは夫と呼ばれて照れた訳ではなく、女子中学生のままごとに付き合っている感じの場違い感に近いのだが。


「勿論、難しく考える必要はありません。

 作成中に変更ができない訳ではありませんので……あ、あ、あなた、が、ただ漠然とこういう都市に住みたいな、という感覚だけでも構いませんので」


 そうして逃避している俺を「悩んでいる」と勘違いしたのだろう、未来の正妻ウィーフェは俺に向けてそう告げて来た。


 ──漠然と、って言われてもなぁ。


 生憎と過去の記憶すら途切れ途切れで自分自身が今一つ定義できない俺としては、逆にそういう聞き方の方が難しかったりするのだが。

 とは言え、後で変更が効くなら話は早い。

 要するに眼前の少女を婚約者とした正妻選びと同じ……適当で構わないって訳だ。


「一応、各々のデメリットをお伝えします。

 陸上都市は地震や土砂崩壊、水害などの災害から逃れられません。

 陸上都市を作成する場合、脚部(・・)を付けて都市全体を高く持ち上げ、移動都市とすることで各種災害を逃れるのが一時代前の流行でした。

 勿論、その場合は都市骨格を強靭にする必要と共に、移動の際のエネルギー、脚部稼働時のエネルギーや抗重力波装置を用いるための電力使用など、色々なロス率が発生しますので最新のモデルからは遠ざかっております」


 そう言ってリリスちゃんが映し出したのは一つの都市だった。

 某アニメであるような何本の足で適当に持ち上げるのではなく、数百数千の足で都市全体を持ち上げる……確かに機能的かもしれないが、この手の虫が嫌いな人間には耐えがたいだろう。


「空中都市は各種災害からはほぼ無縁でいられますが……抗重力波により高度を維持するために凄まじいエネルギーを常時用います。

 災害からはほぼ無縁であり、エネルギー損耗量が定量で把握しやすいため、最新の都市では空中都市が主流なのですが……空にあるという地形条件のため、拡張が難しいのが欠点でしょうか」


 次に彼女が映し出したのはやはり某アニメであったような浮遊都市だった。

 正直、21世紀初頭に暮らしていた俺としては現実離れしていると言っても過言ではないが……これが最新モデルと言われれば確かに納得できそうではある。


「海上都市は津波と気象の影響を受けやすいのが欠点です。

 浮力が活用できることから都市存続に用いるエネルギーは空中都市ほどはあまり多くありませんし、拡張や資材搬入が容易ですので開発費が少なくて済みます。

 とは言え、かなり古い型でありますので……他の殿方からは時代遅れと言われるかもしれませんが」


 そう言いながら俺の婚約者が映し出したのは、海の上に浮かぶ一つの人工島だった。

 海上都市と言っても、海中には巨大な推進機関が設置されており、また降雨や強風・津波を弾き返す力場発生装置が都市周辺に配備されていると空間モニタに描かれていて、俺が考えるような人工島とは大きく趣が異なっているのだが。


「海中都市も各種災害からは無縁ですが、耐水圧力場を常時設置するため、固定消費エネルギーが体積に比例して大きくなると共に、その所為で拡張が非常に困難となります。

 大規模都市となると拡張どころか維持経費だけで巨費を投じる必要がありますね」


 俺の未来の妻……と言うより、既に立ち位置としてはナビゲーションキャラの方が近いのだが、そんな彼女は外の景色を……俺が入院している病院の外側にある、景色を映し出しているという力場に視線を向けながらそう告げる。

 どうやら、彼女の言う「巨費の維持経費を払い続け、巨大都市を維持し続けている」この海中都市『スペーメ』というモノは非常に優秀な都市らしい。

 とは言え、21世紀の感覚しかない俺としては、仮想の空をフィールドに映し出す行為やら水圧や重力に抗うやら、大気の清浄化とやらは、ただのエネルギーの無駄遣いとしか思えないのが現実なのだが。


「衛星軌道都市も同様ですね。

 こちらも拡張が大変なことと……あと、天文学的な確率の隕石の衝突があり、現在はほぼ見られなくなった型の都市ではあります」


 ──そんな物勧めるなよ。


 俺は思わずそう突っ込みかけたものの……まぁ、有利不利を正直に全て語ってくれるその姿勢は好感が持てる。

 恐らく彼女自身も都市作成を学んだ身であれば、自分自身の理想というものも持ち合わせているに違いないのだ。

 だと言うのに、俺に提供する情報を制限して思考を誘導しようとはせず、しっかりと全てを語ってこちらに選択権を委ねてくれている。

 そういう真っ直ぐな姿勢は、婚約者としては兎も角、都市を運営していく補佐官としてはこれ以上なく信頼できる人物だと言える。


 ──さて、どういう都市が良いか……


 そうして俺は彼女が勧めてくれた幾つかの都市のタイプから、自分が住みたいと思う都市を頭の中で思い浮かべ……特に悩むこともなく、答えはすぐ脳内に浮かび上がってきた。


「海、が良いな。

 海の上に、浮かぶような……」


 正確に言うと、太平洋に船を浮かべながら釣りをしてのんびり日々を過ごしたい。

 ……昔のことはあまり思い出せないものの、何となく仕事に追われていた昔の俺はソレを望んでいたような気がした。

 だから、それが今の俺に必要かどうかは兎も角、過去の自分への手向け程度の気分で、俺は眼前の婚約者に向けてそう告げてみる。


「分かりました。

 では、海上都市のプランで勧めさせて頂きます。

 あの、二日で草案を作成しますので、その、明後日……またお会いできますか?」


 無理だと言われれば却下しよう程度の、俺の適当な意見を聞いた婚約者の少女は、不平の一つも零さず素直に頷くと、虚空に視線を這わせて何やらを計算し……おずおずとそう問いかけてきた。

 仮にも婚約者なのだから会いに来るのに承諾なんて要らないと思いつつ……中学生が恐る恐るデートに誘うような、優秀な彼女の年相応な姿を見た俺は、その微笑ましい姿に少しだけ笑みを零すと……


「ああ、頼んだ」


 そう笑顔で未来の妻へと告げたのだった。


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