2-5 ~ お見合い ~
「……こ、この度はお選び、いた、いただ、いただきまして……」
「……うわぁ」
婚活アプリで適当に見い出したリリスという名の少女を、アプリの勧めるがままに自分の入っている病院へと呼び出し……呼び出す連絡を入れたほんの7秒後には承諾の返信が来て、アポイントメントに至っては僅か3秒で取り終えた……その当日。
俺はその、昔で言うところの「お見合い」とも言うべき席に座っていた。
そんな俺の眼前には、必死に見栄えだけでも整えたのだろう、純白のドレスを着て全力でおめかしをしたらしき十代半ばの少女が座っている。
正直な話、このお見合いの席は病院の中の、しかも待合室のような個室の中だった所為もあり……入院服に毛の生えた程度の恰好をした俺と、ドレスで必死に身を整えたらしき彼女がにらみ合うという、傍から見れば非常にシュールな絵面となってしまっているのだが。
その彼女……リリスという名の少女は何と言うか、見てられないほどにボロボロだった。
──写真とは別人だな、こりゃ。
体格や顔形は昨日見たデータとほぼ同じ……いや、整形でもしない限り、その両者がそれほど大規模に変わることはないと思われるのだが……その上、髪型や髪の色まで同じなのだから本人であると断言できる。
だけど……それでも彼女を別人だと疑ってしまったのは、そのやつれ具合、だろう。
とは言え、ボロボロと言っても別に服が古臭いとか髪形が乱れているとか顔や体に痣があるとか、そういう明らかな損傷がある訳ではなく……俺がそう判断した大きな理由の一つはその蒼い瞳の色、だった。
写真ではあれだけ自信に満ち溢れていて輝きの強い真面目そうな瞳をしていた筈の彼女が、何故か今日は自信なさそうに伏せられ、その顔も俯きがちとなっている。
勿論、緊張の所為でそうなっている、とも考えられるのだが……彼女の場合はどちらかと言うと「思いっきり打ちのめされた後」という印象が拭えない。
──まぁ、まだ中学生だしなぁ。
人生、楽ありゃ苦もあるってことくらい、水戸の御老公の時代劇を見ていなくとも、40年近く生きていりゃそれなりに分かる訳で……俺はそんな彼女の変貌も「そういうこともある」程度に受け止めていた。
正直、この見合いが上手く行けば、その辺りの相談を受けることがあるのかもしれないが……残念ながら今のところ彼女はただの赤の他人でしかなく、彼女の事情なんて俺には全く関係ない話でしかない。
そもそも、おっさんからしてみれば学生の頃の苦労なんて……そりゃ確かに当時はかなりキツい思いをしたものの、社会に出たら学生時代なんて天国に思えるくらい面倒事と神経をすり減らすことの連続で……大したことだとは思えないのだ。
勿論、俺の記憶は微妙に信頼できない訳ではあるが、俺の脳みその奥深くに居座っている
そんな所為で俺は、彼女の疲弊をあまり大事だとは捉えていなかった。
「……あの、その、良いお天気、です、ね」
「スクリーンらしいですけどね、この空」
その堂々としていた写真と、おどおどしている現在の姿のギャップが少しばかり俺の性癖をくすぐってしまった所為か、俺はほぼ反射的に彼女が必死に見い出した会話の糸口をぶった切ってしまう。
事実、この窓から見える空は偽物であり、海水の流入を止める球形強化防壁の裏側に映し出された映像でしかない。
何しろこの総合病院があるのは海中都市スペーメ……ケニー何某議員が自慢していたあの都市の中になるのだから、空なんて偽物で当然である。
ちなみに眼前で固まっている彼女もこのスペーメ出身者であり、だからこそ登録の翌日にこうして見合いの席を構えることとなった訳だが……
それは兎も角、俺の一刀両断の返事の直後、お見合いの席が重苦しい空気に包まれてしまったのは、そんな偽物の空を話題にしたリリス嬢の話題の選定が間違っているのであって……俺は悪くないと思われる、気がする。
「あの、その、あの……」
「……婚約破棄」
必死に話題を探そうと慌てている金髪の少女には悪いが……俺としては愛想良くして時間を無駄に費やすつもりなどなく、早々に彼女と付き合っていけるかどうかだけを見極めるつもりだった。
正直に言ってしまうと、あの大勢の中から選ぶくそ面倒くさい作業をもう一度繰り返すくらいなら、もう誰でも……俺としては「スペック的には最高だった」このリリス嬢で構わないと割り切っていたである。
だからこそ俺は、彼女の上辺だけの取り繕った部分なんて無視するように、会話が途切れた瞬間を狙い、たったの一言で彼女の核心へと切り込んでいたのだ。
そして……
「そう、ですか。
貴方も、ですか」
俺がその一言を告げた瞬間、おどおどしていた筈のリリスちゃんの雰囲気ががらっと変わり……写真の気の強さに何処となく破滅的な色を加えたような、覚悟を決めたような光が、その蒼い瞳に浮かぶ。
「ははっ、あの人が言うには「女なんて男がいないと細胞分裂しかできないミジンコ並の生物」だそうですよ。
今までの私の、私たちの努力を無視したその物言いを聞いて、カッとしてつい、その、言ってやったんです。
「ならそんな女から生まれる貴方たち殿方は精液を巻き散らすだけのミジンコですよね?」って」
その告白は、彼女にしてみれば未来の全てを投げ捨てる自棄の極みそのものだったのだろう。
少なくとも少女の顔は同僚が全額競馬に注ぎ込んで後悔していた時と同じような、破滅願望と解放感と後悔とが混ざり合った……何とも言えない表情をしていたのだから。
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