2-4 ~ 正妻選び ~


「さて、取りあえずは正妻選びとやらをやってみるか」


 滅ぼそうと決めた社会が既に崩壊寸前だった事実に打ちのめされた俺だったが、ゼリー擬きのような晩飯でも腹に入れたことで、あっさりと切り替えは完了していた。

 恐らく元々が引きずらない性格なのだろう……記憶が曖昧な所為で「だろう」としか言えないのが悲しいところだが。


 ──正妻って考えるから拒否感があるんだ。

 ──要するに、ナビゲーションキャラを選ぶってことだろう。


 サトミさんを喪った怒りをぶつける先を無くし、生きる目的と気力までもを喪失してしまった俺は、取りあえず何とか生きるため……この状況をゲームだと考えることにした。

 と言うよりも、俺の置かれた状況はシチュエーションから数多の技術に至るまであまりにも現実感が無さ過ぎ、「ゲームだと思わないとやってられない」というのが正直なところだったのだが……


 ──どうせ二度目の人生だ。

 ──気軽く行こうぜ。


 そこまで記憶が確固としている訳ではないが、北極の海の底に沈む準備を終えた時、既に俺は死を覚悟していたような感覚がある。

 だからこそ俺はそう割り切ってゲーム感覚で「正妻を探す」クエストを開始すること出来たのだ。

 まぁ、実際問題、俺が生きていたという21世紀初頭に暮らしていた記憶の中で、都市の作成に関わることなんてゲーム以外にある訳もない……と言うかそういうゲームをやった思い出が微かに残っている。

 そう考えると、この「正妻選び」ってクエストは、要するに無料のモバゲを始めた時の、ナビゲーションキャラを選ぶってシチュエーションに近い。


「やぁ、クリオネ君。

 この中から正妻を選んで欲しい」


 そう俺に告げたのは、婚活アプリ……男性が女性を選ぶ際に用いるアプリである。

 女性が男性を選ぶなんてあり得ない時代の、一方的に男性優位な婚活手続きの所為か、そのツールは子供でも分かるように作られているらしく、男性の音声が細かく手続きのサポートしてくれる仕様となっていた。

 めちゃくちゃイケメンボイスなのだが……その理由をふとBQCO《脳内量子通信器官》によって検索をかけてみると「女性の声は甲高くて気持ち悪い」というの声によってこうなった経緯があるとの結果が表示されていた。

 男性声優なんて興味すら持てず、女性声優こそ至高と考える俺からしてみれば、非常に勿体ない話である。


 ──ちなみにこの音声は機械音声であり、声優らしき存在はいないとのことだ。

 ──そもそも男性が精子提供以外の労働するなんてあり得ないのが現代の社会常識である。


 こうして俺が疑問を抱いた瞬間に、その手の解答が空間モニタに浮かんでくる辺り……この時代の人間はBQCO《脳内量子通信器官》という外付けの脳を持っているとも言え、そういうところはまさに俺の暮らしていた時代では考えられない、ハイテクの極みが実現化した社会だと言える。

 とは言ったところで、この時代に生まれ直した俺自身が、それらテクノロジーの極みのようなツールを使いこなしていけるとは、欠片も思えないのだが。


「おお~、すげぇすげぇ。

 個人情報保護は何処へ行ったんだ?」


 完全情報化社会ってヤツなのか、それとも希少な男性側からだと女性の個人情報なんて保護にすら値しないのか……理由はどうあれ、案内音声が告げた通り、眼前の空間モニタに名前やら個人情報やらが次から次へと浮かんでくる。


「こういう場合は、エクセル仕様にして……ソートぶっかけてと。

 ……出来るんかい」


 21世紀初頭に暮らしていた人間には、相変わらずこの手のBQCO《脳内量子通信器官》を通じて『記憶野へ直接知識を転送する』方式よりも、『目で表を見てしっかりと確認する』やり方の方がしっくりくる。

 とは言え、そう考えただけで眼前のモニタが思った通りの表計算ソフト形式に変わっていき、思った通りの項目順に並び直すその様子は「凄まじい」の一言しか出てこない。


 ──俺の時代にコレがあればなぁ。

 ──残業も少しは減っただろうに。


 眼前で展開されているテクノロジーの極みに対して、何となく浮かんで来た過去の残滓らしきそんな感想を抱きつつ、俺は眼前に浮かぶ結婚可能女性の一覧表に軽く目を通してみる。

 ……だけど。


「……無理だろ、これ」


 検索にヒットした件数が1万件を超えている時点で、俺はもう全てに目を通すことを諦めていた。

 考えてみれば、この世界はめちゃくちゃ女余りの世界なのだ。

 前に調べてみた10億人という地球人口の寿命を大体100歳だと適当に仮定し、人口ピラミッドが正方形だと仮定すると……20~30歳辺りの適齢期の人間で1億人、男女比から女性の総数を計算すると9千万人を超えている計算となる。

 正確に検索してみると、この時代は事故や殺人を除く老衰で死ぬ年齢の平均値が250歳であり縦軸が長いものの、年代が進むにつれ男性がすり減ってしまった現状を表すかのように、人口ピラミッドはやや下側が細る所謂「先進国」的な形をしているのだが……それを考慮に入れても適齢期の女性だけで6千万人以上となってしまう。

 そんな彼女たちの内、正妻としての教育を受けるのが男性と同じ比率程度……10万人に1人と仮定しても600人。

 俺の考える適齢期で、しかも男性と同じ程度の希少価値の女性としただけでこの人数となるのだから、この時代での結婚可能の女性で、この婚活リストに登録されている全員を含めて考えると、総数はその数十倍……という計算をリストとは別の空間モニタに映し出した電卓アプリでざっと計算し終えた俺は、もう一度溜息を大きく吐き出す。


「通常は成績上位者から選ぶんだ。

 遺伝的な相性も大事なので、考えないと将来大変な思いをするぞ」


 こうなってしまえば結局、案内音声がそう告げる通り……女性をまず成績なんかである程度、上澄みから選ぶしかないだろう。

 就活の頃に面接すら出来ず落された時には怒り狂った覚えがあるが……確かにこれほど大量に候補がいると全部に眼を通してられないのが実情だった。

 俺は音声に導かれるがまま、成績上位にして遺伝的相性の良い相手であり、加えて年齢……については実のところどうでも良かったのだが、俺の記憶の中にある「検索履歴を調べられる」恐怖が浮かんで来たこともあり、この肉体年齢と釣り合う程度の13歳から25歳までとした。

 正直、40寸前のおっさんが選ぶ女性にしては、かなり致命傷な年齢だとしか思えないのだが……肉体はこうして若返っている以上、13~25という選択肢についてもそれほど違和感はない、と信じたい。


「確認します。

 本当にその年齢でよろしいのでしょうか?

 本当にその年齢でよろしいのでしょうか?」


 そうして機械音声に二度も聞き返されるほど、自分の推定年齢である10歳ちょいの倍以上……25歳までを範囲に含めたのは、かなり珍しい行為だったらしい。


 ──だけどなぁ。


 この身体と同じ年齢までなら百歩譲って許可を出しても構わないと考えることが出来るのだが、百歩譲っても年下から選ぶという行為だけは、俺の記憶にあるおっさんが「犯罪だろ!」と叫び続ける所為で許容出来なかったのだ。

 正直な話……11歳を相手に結婚するとか、それは勿論、肉体年齢を考えるとつり合いは取れているのかもしれないものの、俺の感覚的に言えば「小学生を妻にしよう」ってのは性犯罪者の思考であり、到底受け入れられるモノではない。

 まぁ、女子中学生は今後の成長に期待して……女子高生なら、ワンチャンあり、という感覚である。

 そうしてリスト最上位の少女に視線を落とすと、成績がダントツトップで14歳、遺伝子相性率も96%となかなかの好物件がヒットしていた。


「……もうこれで良いんじゃね?」


 正直に言おう。

 早くも俺は、この「正妻選び」という作業に飽きてきていた。

 というよりも、正妻なんて、もうどうでも良くなっていた。

 何しろこの時代、異性と触れ合いたければ正妻と別に恋人を作るのが普通であり……正妻という名で呼ばれる女性とは、要するにただのビジネスパートナー的な実務担当者というだけなのだ。

 記憶にある限り、俺は秘書なんてお高そうな存在とは縁がなかったが……そんな微かな俺の記憶でも、秘書ってのは容姿じゃなく能力で選ぶ方が大事だと叫んでいた。

 それは恐らく、取引先の会社の重役が容姿だけで秘書を選び、データ流出で莫大な損害を被ったのを聞いて同僚と笑いながら酒を飲んでいた、なんて記憶が浮かび上がってきた所為だろう。

 ……生憎とその時飲んでいた同僚の顔も、社長の名前も会社名すらも記憶から拾い出すことは叶わなかったが。

 そうしてプロフィールに添付されている、相性率96%の最有力候補者の顔体格データでは、まぁ、女子中学生の委員長って雰囲気の、お堅そうな感じの少女が映し出された。

 顔立ちは相性の良さ……要するに遺伝子的に俺の好みを考えてくれた所為か、少し日本人の風情を残したイギリス風の美少女であり、柔らかそうに軽くカールした金髪は肩口辺りで切り揃えられていて、特徴的な蒼い瞳はかなり強気で挑戦的であり……正直、この少女はもう5年から10年も経てばかなり好みのタイプに成長するだろうと容易に想像出来る美少女だったのだ。

 その顔立ちだけで、「もうこの娘で良いだろう」と考えた俺は、折角だからとカタログ商品の説明文に目を通す感覚で、彼女のプロフィールデータをつらつらと眺めて……不意に気付く。


「……婚約破棄、1件?」


 リリスという名のその少女のデータには、赤文字の注意書きでそんな一文が加えられていたのだった。

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