2-3 ~ 未来の現実 ~

 途中で退出したケニー議員の代わりに用意された案内ロボット……俺の首の辺りまでの大きさだから、恐らく1メートル程度の高さの、チェスの駒のポーンのような自走機械に案内されるがまま自分の病室へと戻った俺は、ベッドに転がってを睨み付ける。


「……お見合いのプロフィールみたいなんだよなぁ」


 虚空……いや、俺自身が自分の意思で展開した、眼前に浮かぶ『空間モニタ』に映し出されている自分の男子登録情報とやらを眺め、俺は溜息と共にそう呟きを零す。

 空間モニタ自体の展開は、BQCO脳内量子通信器官があれば本当にただ思うだけ……リモコンを使わずにテレビをつけたいと思う程度の感覚で出来てしまい、展開した俺自身があっけに取られるほど簡単だったのだが。

 それは兎も角……眼前に開かれている俺の男子登録情報とやらは、お見合いのプロフィール、もしくは就活の履歴書が一番近いだろうか。

 未だに真正面に映っている「なよなよとした脆弱で色の白い、女の子と見紛うような線の細い少年」がだという自覚は、未だ欠片も持っていないのだが。


「さてと、何をするかな」


 ケニー議員の話では、退院するのは住居を決めてからで構わない……希少価値のある男子はその程度の特権が普通に与えられる所謂らしいのだが、流石に身体は兎も角としても、俺自身、精神的には「健康な大の大人」である以上、何もせず何日も病院でだらだら居候するってのも体裁が悪い。

 まだ昼飯まで1時間ほどあるのだから、ここは脳内に埋め込まれているというBQCO《脳内量子通信器官》とやらを試してみるのが一番有意義だと思われる。


 ──えっと。

 ──モニタ反映モードっと。


 まずBQCO《脳内量子通信器官》を使って最初に俺が行ったのは、この時代では主流のモードから、今や旧式でしかない「検索結果をモニタへと映し出し視覚的に情報を得る」モードへの変更だった。

 正直な話、「見て読んで覚える」文化で育ち切った俺にとっては、「記憶野へ直接データを放り込む」というこの時代主流の形式には慣れそうになかったから、だ。

 ぶっちゃけた話をすると、知らない知識が勝手に流し込まれるアレは、慣れない俺にしてみれば、すさまじく気持ちが悪いのである。

 もしかしたら、最初にウォッシュレットを使った時と同じように気持ち悪さが先行し……だけど、その内に慣れて手放せなくなるのかもしれないが。


「……ケニー議員は正妻ウィーフェを選べと言っていたが。

 生憎と、俺にはやることがある」


 俺はそう呟くと同時に瞼を閉じ……瞼の裏に映し出されたサトミさんの最期をもう一度目の当たりにすることで、決意を新たにしつつ吐き捨てる。


 ──このクソみたいな社会を叩き潰す。


 ……そう。

 俺の目蓋の裏には、未だサトミさんの最期の姿が焼き付いたままであり……そして、この社会においてあんな悲惨だった彼女の死がだなどというのなら、間違っているのは俺じゃなくこの社会の方だろう。


 ──ならば……彼を知り己を知らば、百戦をして危うからず、だ。


 テロを起こすか、大量虐殺をするか、ハッキングをして社会ステムを崩壊させるか……社会をぶち壊すと一口に言っても、色々とやり方は存在する。

 そして、そのどれもがこの社会の現状を把握しなければ、何の影響もないただの犯罪者で終わる……つまりが、ほんの十数秒の間、この社会の転覆について考えた時点で、俺は大昔の故事に言う通り「何をするにしてもまずは情報から」という至極当然の結論に至っていた。

 少なくともあの二十世紀と二十一世紀を生きた俺には、少年の肉が美味しいと言ってた軍略家や、服毒させられた哲学者や裸で街中を走った知恵者など、古代の武将・智将から伝えられた様々な知識がある。

 それらの学んだ覚えのない、BQCO《脳内量子通信器官》で勝手に入ってきた知識か、もしくは記憶とすら呼べないうっすらと脳内にこびりついただけの以前の俺の知識たちが、「まず社会をぶっ壊すならばその社会を学ぶべきだ」と俺に訴える。


「……第三次、第四次世界大戦、はどうでも良いか」


 あまり実感のない500年以上も昔の歴史等という、今の俺にとって大事とは思えない情報は飛ばし……この歪な社会の根源である「阿呆な男女比が生まれた理由」を検索にかける。

 そうして十数分を費やした結果。


「……原因不明ってどういうことだよ」


 いや、未来の科学力はそう馬鹿にしたモノではなく、この男女比がぶち壊れた事態のそのものは判明している。

 男女決定のためのY染色体……男性にしか存在しない染色体が急激に劣化したのだ。

 三度目・四度目の世界大戦で用いられた核兵器がばら撒いた放射線の所為という説もあれば、放射性物質分解のために各地にばら撒かれた、放射性物質の半減期を凄まじく早める人為的に造られたバクテリアの所為という説もあり。

 また数々の疫病を克服するためのワクチン原因説、BQCO《脳内量子通信器官》原因説、地球外旅行が頻繁に行われたことによる宇宙線説……オカルト系になると大宇宙の大いなる意思説、一時期に流行った都合の良い合成人類に溺れて男女間の生殖行為が激減した結果淘汰が発生した説、ガイアの意思説とか……男女比が狂った原因はY染色体の劣化に間違いはなくとも、そのY染色体が劣化した原因そのものに関してはそんな諸説が入り乱れている状況である。

 挙句、男女比が狂ったことによる社会秩序の崩壊に悩んだ人類は、遺伝子治療によってY染色体を改造した遺伝子調整人類コーディネーターを造り出すことによって一時期男女比は元に戻ったかに見えたものの、この調整された人類の子孫は何故か三代の内に生殖能力を失ったとあり……この件が原因で世界の男女比は凄まじい勢いで一気に傾いたとデータにはある。


 ──んで、それからは天然ものばかり、と。

 ──苦労の歴史ってヤツだな。


 本来ならば1:110,721なんて狂った男女比になる前に人類は激減していることだろう。

 少なくとも一対の男女による自然生殖では、男性が種馬として繁殖活動に勤しんだところでこれほどの比率が偏ることはあり得ない。

 何しろ、どう頑張っても自然生殖では若くても連続では一日に平均3人が限界……歳を取れば1人相手でも毎日はキツくなってくるのだから、妊娠を確実にさせる薬があったところで、男女比は1:1,000を上回ることはないだろう。

 だけど……生憎とこの未来社会は、人工授精技術が凄まじい勢いで発達しているお蔭か、僅かな男性でも大多数の女性を妊娠させることは可能であり……男女比がこの有様となった現代でも人口の激減だけは何とか抑えられており、未だ地球上に10億ほどの人口で安定しているらしい。

 ……そうして男女の比率について考えている間に、検索が……いや、俺の脳内思考が変な方向へと進んでしまったのだろう。


「……あ~あ~あ~」


 気付けば、眼前の空間モニタには、男性と縁のない女性に対して提供される、同性愛のためを生やす肉体改造手術(ただし染色体への実害を防ぐため繁殖能力はない)と使が読者の声として幾つも並んでいるサイトを発見してしまい……俺は思わずそんな珍妙な声を上げていた。

 まぁ、ありそうな話ではあるし、の画像データはないにしろほぼ全裸で若い女性同士が抱き合っている画像はなかなかエロスを感じるものがある。

 尤も……


 ──はぁ。

 ──未だ勃たず、か。


 この餓鬼の身体では、何というか脳の興奮と股間とが接続されていない感じがあって、こうしてエロスを感じる画像を目の当たりにしたところで、全く欠片もピクリとも反応してくれないのである。

 ……正直な話、頼られるくらいの腕力がなくなったことよりも、それなりに高かった身長を失ったことよりも、男らしさが完全に消え去ったことよりも、が最も俺の精神を削っていた。


「取りあえず、男女比が狂ったと。

 んで、精子を求めて三千里ってか」


 そこからはまぁ、出来の悪いコントみたいなものである。

 男女比が偏った段階で一対一の結婚制度が終わり、重婚が可能とする法案が出来る寸前でキリスト教団体が反対表明……イスラム系は問題なかったらしいが、そうして強固に反対していたキリスト教が邪教と認定される寸前になるなどの紆余曲折を経た結果、以前までの風習と妥協したのか、結婚は一対のみの男女に許される行為という建前は残って、登録上の『正妻』は残したままとなり。

 更に男女比が傾いて人工授精のための精子すら不足し始め、男女間は法で許された唯一の『正妻』と男性の意思で肉体関係を結んだ『恋人』、都市に住んで税を払うことでただ精子のみを提供される『市民』……それ以外の、男性が君臨する都市に暮らせずただ女性同士で子供を造らず生きていくだけの『外民』という女性に分類されることとなり、そんな女性間の待遇差こそがこの時代の『カースト制度』となり果てている訳だ。

 ちなみに女性は男性名を名前の後ろに付けて姓とすることで『外民』でないことを表しており、また姓の前に各々の地位を示すあざなを加え、そして左手の薬指にある指輪を付けて地位を見せつける、らしい。

 『正妻』は金の指輪で字はW《ウィーフェ》、『恋人』は銀の指輪で字名はL《ラーヴェ》、『市民』は字はないものの、男の子を産んだ者は青の、女の子を産んだのは赤の、それ以外の『市民』は黒の指輪をはめるのが女性のステータスとなっており、まだ未婚と相手にアピールする場合は指輪のない左手の甲を見せるのが挨拶代りだとか。


「……世知辛いなぁ」


 時代が変わっても人類という生き物は社会性の動物ということなのか、こうして科学技術が発展した現代でも上下関係や階級社会が普通に残されているのを見ると、そういう感想を抱かずにはいられない。


 ──ケニー議員は、正妻ウィーフェ、ね。

 ──なるほど、海中都市を見せびらかす訳だ。


 最初に顔を合わせた時、左手の甲に金色の指輪があり……そして姓名の他にミドルネームっぽいモノがあったのを思い出した俺は、そう呟く。

 そして、こういう背景があるからこそ、ケニー議員が言ってたように『正妻』を早急に選ばなくてはならない、らしい。

 『正妻』ってのは要するに都市運営の実質的なリーダーであり、しっかりと都市運営のための教育を受けた一流の子女のみが就ける特別職……富裕層や幼少期より凄まじい才能を見せた所謂「才女」のみがなれる十万人に一人の特権階級なのだ。

 その特権階級は凄まじい競争の上に成り立っており、『正妻』『恋人』は都市の富裕層として、『市民』は納税と引き換えにインフラの整った都市で安全に暮らし男性の精子の提供を受けられる身分として……そして、落伍者となった『外民』は子供も産めず都市を追い出され、男性のいないインフラの未発達な未熟都市で細々と暮らすのが精一杯という生活を余儀なくされる、らしい。

 そんな『外民』の彼女たちは自由と男性とを求めて暴動を起こし、都市に襲撃を行い武力により鎮圧された……その手の記事は簡単に検索するだけで地球上でほぼ毎日のように起こっている。


「……何なんだよ、これは」


 そうして俺は甦ったこの未来の現状を理解し……ベッドに寝転がったまま天井を仰ぐと、大きく嘆息する。

 サトミさんを殺した、このクソッタレな社会をぶっ壊してやろうと決意し、こうして歴史を調べたのだが……


 ──何もせずとも滅びかかってるじゃねぇか。


 テクノロジーが発達し、医療も発達し、国家の違い文化の違いを克服した筈の未来は、人間同士の間での格差からは逃れられず……挙句、安全に暮らす権利も子供を産む権利すらも格差によって奪われ、社会システムは暴動が多発する崩壊寸前の有様。

 つまりが、この時代の先進的な社会は……俺が何かをする前に、既に崩壊しかけているのだった。

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