1-7 ~ 別離 ~


「あ、あ、ああああぁ……」


 胴に三つの風穴を穿たれたサトミ女医の身体を抱き上げながら……いや、成人女性の身体すらまともに持ち上げられない非力な身体を嘆きながら、何とか頭だけでも抱え込む。

 尤も、俺自身、そんなことをしても無駄だとは理解していた。

 何しろ、医学的知識もなければ……もしあったとしてもその知識が完全に失われている今の俺にとっても、彼女の傷は確実に致命傷だと思えるほど酷い代物だったのだから。


「tyo,kimi,hanzaishanitikayorunoha……」

「dameyo,danseinojiyuuisidejoseinitikadukunowotomerukenriha,warewarenihanai」

「yousuwo,mimashou」


 幸いにして警官らしき女性たちは俺の行動を邪魔する様子は見せず……俺は服が血で染まるのを意に介さず、サトミ女医の身体を抱きしめる。


「あ、あぁ。

 masaka,watasiga,tonogatanoudenonakade,sinerunante。

 omottayori,masinasinikata,desitane」


「死ぬな、おい、死ぬなっ!」


 譫言、なのだろう……恐らくは翻訳を介さない母国語で何やら呟いているサトミさんを抱きしめ、彼女を死から少しでも遠ざけようと揺すりながら、俺は必死に叫ぶ。

 とは言え、そんなことが何の意味もなさないと、俺は頭のどこかで理解していた。

 理解してたとしても……そうせざるを得なかったのだ。


「aa,koreha,aruimi,risounosaigo,yone」


 とは言え、例え未来だったとしても死神の鎌から人を救う術なんてある筈もなく……胴に三つもの大穴を穿たれた彼女は、そう小さく呟いて微笑んだ後に全身から力がふっと抜ける。

 息を引き取ったことで、ずしりと彼女の頭が重くなってしまい……俺の非力な手はサトミさんを抱えてすらいられなくなってしまう。

 そうして俺の手から彼女が逃げ出したその事実を目の当たりにして……彼女が死んでしまったと、嫌が応でも理解してしまう。

 

「あ、あ、あああああああああああっ!

 てめぇらぁあああああああああああああっ!」


 その事実を認識したところで、俺は彼女の遺体から身を離し……激情に駆られるがままに警官らしき女性をぶん殴る。

 尤も、今の俺の身体は自分の認識よりも遥かに小さく、そして俺の腕力は自分の認識よりも遥かに弱く……俺の拳はただ女性の重装甲に覆われた胸をぺちんと叩いただけに過ぎなかった。


「a,umaretehajimete,iseinimunewosawararetesimatta」

「zurukunai,nele,zurukunai?」

「sonnnabaaijanaidesho,ima」


 当たり前ではあるが、俺の渾身の拳など彼女たちにとっては痛痒すらも与えられていないのだろう。

 何やら戸惑ったように三人ともが話し合っている辺り、全く効いていないことだけは理解出来る。

 それでも……全く意味がないと分かっていたとしても、そして殴った俺自身の拳がただ痛いだけだったとしても、俺は激情を抑えることなど出来る筈がない。


「あぁあああああああああああああああああっ!」


 殴る、殴る、殴る、殴る、殴る。

 全く欠片も意味がないと分かっていつつも、この世界で唯一俺の拠り所だった女性を奪われた激情と不安に駆られるがまま、俺は彼女の身体を殴り続けた。

 不幸にも病み上がりの俺の力では装甲を身に付けた女性にダメージを与えることなど叶うべくもなく……幸いにも、俺の腕力は脆弱過ぎて、幾ら殴ったところで自分の拳を砕くことすら叶わない。

 その事実が……今までの自分自身の存在意義でもあった健全な肉体が失われている事実が、なおさら不安を駆りたてているのだと理解しないまま。

 俺はただただ拳を振るい続ける。

 尤も、病み上がりのリハビリ途中の身であり、未だ起き上がることすら自在に出来ない貧弱な身である以上……限界はすぐさま訪れた。


「……ぁ、あ?」


 まるで電池が切れたかのように、不意に身体が動かなくなり……拳が前に出ないまま、俺の身体は真下へと崩れ落ちる。

 頬に硬いプロテクタが触れ、眼前の敵に抱きとめられたと分かったものの、俺の残された体力ではそれを振り払うことすら出来やしない。

 いや……腕を動かすことすらも叶わないのだから、振り払うどころか敵への嫌悪から後ろへと下がることすら叶わない。

 挙句、疲労の極致にあるのを自覚した途端に、意識すらも薄れ始める始末なのだから、どうしようもない。


「くそ、ったれが……」


 せめてもの抵抗とばかりに俺はそう吐き捨てると、その重装甲の女性らしき人型に抱きとめられたまま、俺は意識を失ってしまったのだった。

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