1-6 ~ 襲撃 ~


「ですが、やはり若いだけありますね」


 いつものリハビリを終え、ここ数日の間に何処となく距離が近くなったようなサトミ女医の手によって耐圧服ならぬ筋助スーツとかいう服を脱がせて貰っていた、その最中。

 何もない壁の方向を眺めていた彼女は、不意に俺へとそう告げる。


「ん?」


「いえ、もう殆ど介助なしに動けますので。

 もう筋力アシストがなくとも、身体相応の平均筋力は戻ったようです」


 俺へとそう告げるサトミ女医が眺めていたのは壁ではなく……俺の目には映らない、彼女の眼前の虚空に展開されている『窓』であり、そこには恐らく俺の身体能力を数値化したデータが映し出されているに違いない。

 実際、俺の生きていた時代でもタッチパネルまでは実用化していたのだ……あまり定かではない記憶を探る限り、俺がその手の最新技術を使いこなせていた覚えはないのだが。

 こうして600年も未来になれば使用者以外には見えない、何もないところで操作するタッチパネルが生まれていてもおかしくはないだろう。

 と言うか、そう自分を納得させないと、俺の憧れているこのサトミ女医が虚空に触れながら適当なことを呟く痛い才女と成り果ててしまう以上、俺は全力で自らを騙すことに躊躇いなどない。


「なら、もうこの服とはおさらばって訳か。

 うん、色々と助かった、ありがとう」


「い、いえ。

 クリオネ君が元気になって良かったと思ってます、はい」


 現場へ行く時の作業服よりも遥かに着心地が良かった筋助スーツが身体から離れていくのを眺めながら、俺はサトミ女医へ頭を下げる。

 俺の礼に頬を赤らめるサトミさんを眺めつつ考えてみれば、こうして上体を起こしたまま頭を下げて元に戻すという「当たり前」の動作も、ここまで思い通りに動くのは目覚めてから初めてのような気がする。

 しかしながら……


 ──身体相応の筋力?

 ──これが?


 それでも身体の各部が「重くて仕方ない」事実に俺は内心で溜息を隠せない。

 昔の……記憶にすらないのだが、頭の片隅に残っている記憶のカスが、本当の俺の腕はこんな真っ白で貧弱なモノじゃなかったと訴えている。

 そして未だに腕を上げる動作すら重い……その事実が、今の俺にはこの細い腕すら持ち上げられないか弱い筋力しかないことを雄弁に語っていた。

 これが身体相応の……恐らくは10歳程度の男子の平均筋力となると、この時代の人間はどれだけ貧弱なのだろう?


「せめて、もうちょいと、鍛えるか……」


「でしたら、VRをお勧めします。

 仮想空間での運動は実際の肉体とのズレの所為か、どうしても過大になり過ぎる傾向にあり、筋助スーツ着用の運動よりも負荷は大きくなりますけれど……それでも筋フィードバックシステムの減衰機能を使えば、未成年の男性でもトレーニングとして十分に活用可能です。

 この機能はプレイ時に筋助スーツの補助の逆のプロセスを踏むことで筋肉に負荷をかける仕組みなのですが……幾ら減衰させていても、寝たきりの患者への臨床試験で骨折や筋断裂の事象が相次ぎたことがあり、残念ながらある程度の筋力が回復してからでないと推奨できないとのレポートが……」


 四肢の重さに溜息を吐いた俺の呟きに、サトミ女医はそんな助言をくれる。

 そればかりかどうやらそのVR……仮想現実で身体を動かすことが如何に身体能力の向上に繋がるかを技術的に語ってくれているようだが、生憎と科学も化学も詳しくない俺には理解不能で、翻訳が働いているにも関わらず彼女が何を言っているか全く意味が分からないという、非常に珍しい事態に陥っていた。


「ですので、筋肉を使用した際の断裂よりも成長ホルモンこそが……っえっ?」


 そうしてこちらをまっすぐに見つめて語り続けるサトミ女医の視線が、不意に俺から外れ……彼女が慌てて立ち上がる。

 俺は彼女の視線を追って視線を病室の入り口に向けると……


「な、何だコイツらっ?」


 思わず俺の口から驚きの声が零れたのも無理もない話で……そこには全身を機械で覆ったような人影が三人、こちらに銃口を向けて立っていた。

 銃口、なのだろう……あからさまに未来銃っぽい形で、某洋画の44口径とか見ている人間からしてみれば逆に玩具にしか見えない代物ではあるが。


「ugokuna.keisatuda。

 teikousurebayoushahasinai」

「omaeniha,dannseikyouyuuhoudai1jou,oyobidai4jouihannoyougigakakatteiru。

 kuwaete,idensibougohounoihannmokakuninsareteiru」

「kurikaesu,teikousurebashasatusuru。

 ryoutewoagete,sonodanseiwokaihousiro」

 

 相手方の三人……ガスマスク越しっぽいくぐもった声ではあったが、恐らくは女性の声が放たれたので、彼女たちはサイボーグとかではなく人間なのだろう。

 生憎とサトミ女医と同じく現代語……俺にはよく分からない言葉で降伏勧告のような宣言をしている、ようだった。

 それに対するサトミさんは、俺と三人が持つ銃器とに視線を交互させつつも悔しそうな表情を隠していない。

 恐らくではあるが、彼女は何らかの違法行為をしてそれを自覚していて、眼前の連中は警察か何かに相当する治安機関であり……サトミさんは降伏するしかないのを理解しつつ、それでも納得がいかないのだろう。

 そうして彼女が最後の未練とばかりに俺へと手を伸ばした、その時だった。


「teikoutohandansuru。

 keikokuhasita」


 サトミさんの動きを目の当たりにした眼前の重装警官が叫んだかと思うと、彼女たちの手にあった銃器が突如として光を放つ。

 音は……シュッという間の抜けたような空気の擦過音だけだったと思う。

 ただ、その結果は凄まじく……サトミ女医が壁際まで吹っ飛んだかと思うと、彼女の身体に三つもの拳大の穴が開いているのが見える。


「お、おいっ!

 だい、じょう……」


 慌てて彼女へと駆け寄った俺だったが……彼女の胴体に空いたその穴を目の当たりにして、大丈夫か?という問いは口内で掻き消えてしまっていた。

 何しろ、ソレらは右胸、みぞおち、下腹と三か所辺りに直径十センチ程度もの大きさで背中まで貫通しており……誰がどう見ても致命傷だったのだから。

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