1-4 ~ 筋肉痛 ~


 リハビリテーションというモノはやはり凄まじく過酷なのだろう。

 たった体感時間で一時間程度を動かしただけの俺は、サトミ女医の勧めに従って大人しく軽く午睡し……夕方に目覚めた頃には、筋肉痛で動くことすら叶わなくなってしまっていたのだから。


「ですから、いきなり急激な運動は……」


「……く、そったれ」


 ちなみに昼に食べたゼリーには代謝を早める成分も含まれており、その所為で筋肉痛は過酷になる、代わりに早く治るとのことである。

 筋肉痛がその日の内に来るなんてあり得ない事態に首を捻る俺だったが……まぁ、リハビリを続けるのであれば明日も同じ目に遭うのだろう。


「では、微細泡浴と夕食の準備を始めさせて頂き……」


「……あれ?」


 そうして筋肉痛で身体が動かせない代わりにサトミ女医の顔を眺めていた俺だったが、不意に彼女の口元の動きと聞こえる言葉とが妙にことに気付く。

 何というか、映画の吹き替え動画を見ているかのような……


「なぁ、サトミ先生?

 どうも喋る言葉と口の動きが……」


「え、ああ。

 翻訳機つけてますので……実は唇動かしてますけど、私、んですよ。

 喋ると音声が重なって聞き取りにくいですし、だけど唇を動かさないと相手に失礼になりますので……こうして唇を動かすだけ、なのです。

 本当に喋ろうとすると、idensiwomegundekudasai……ほら、こんな感じに意味が通じないでしょう?」


 俺の指摘に、サトミさんはそう笑いながら唇を指差しつつ、そう呟く。

 その仕草がどうにも別の意味を思い出してしまい……だけどピクリとも反応しない俺の息子に、翻訳機が云々など意識の彼方に飛んでしまうほど愕然としてしまう。

 

 ──おいおい。

 ──マジで、ぶっ壊れてないか、


 正直に言おう。

 サトミ女医は俺の好みで言うところの、ど真ん中よりボール一つ分低め、且つボール半分内角よりのストレートという感じである。

 眼鏡をかけていて、もう二歳くらい年取ればど真ん中、スタイルや顔立ちに関しては言うことなしで、こうして近づいてもらうだけで、身体が再生される前の俺であれば押し倒したい衝動に駆られ、理性と本能とが必死に争い合ったことだろう。

 だけど……今の俺の身体は、何も感じないのだ。

 まるで身体に伴って精神までもが、精通前の……エロを何となく敬遠していた、馬鹿極まりなかった小学生の頃に戻ってしまったかのように。

 精神なんて肉体の道具でしかないとか何とか、そういう感じの現象なのだろうが……出典元の記憶もない癖に適当な単語だけ浮かんでくるのはいい加減に何とかしてほしい。


「では、ご飯にしましょうか?

 微細泡浴にしますか?

 それともwatasiwoseitekinitabetekuremasuka?」


 ものすごく好みの女医さんからそんな言葉がつらつらと語られる……正直、男としては浪漫以外の何物でもないのだが、残念ながら彼女が使っている言葉は翻訳の結果の『未来語』であり、間違いなく俺が連想してしまったようなH風味なニュアンスなんて欠片も含まれていないに違いない。

 しかも未来ジョークだった所為なのか、彼女の呟いた言葉は翻訳されず、だからこそそれがどんなジョークかすらも理解できず……俺は溜息を一つ吐いて桃色の妄想を振り払うと、真面目に選ぶことにする。


「……微細、泡とかで」


「……はい」


 サトミ女医から話を伺うと、微細泡浴ってのは人体に影響のない程度の圧力をかけた、微細泡を含んだシャワーを「服の上から」浴びることで人体表面の老廃物を流すと共に、微細泡が服の繊維に浸透せず洗いながら洗浄し、服の繊維は軽い電流を流すと撥水するため、気流を当てると服も身体も瞬時に乾く。

 要するに、洗濯と入浴を同時にする、若い頃に欲しかった類の洗浄技術らしい。

 ……だけど。


 ──おっさんになると、入浴したいんだよなぁ。


 休日くらい熱い風呂に浸かりながらくいっと一杯冷酒を呑む……そういう人生に憧れていた身としては、省力化もここまでいくと悲しいとしか思えない。

 尤も、不意に頭に浮かんだ「楽園」のような生活とやらには欠片も実感が籠っていなかったことから、恐らく理想というだけで……そんな経験など俺はしたことなかったのだろうけれども。

 ついでに言うと、そんな理想に加え、眼前の美人女医さんが混浴しつつも酌をしてくれるともはや天国以外の何物でもないのだが。


 ──他の職員は見えないし……

 ──もしかすると、ワンチャンあるかも。


 そんな妄想を抱いていた俺を待っていたのは、サトミ女医が何やら虚空に指を這わせ……俺には見えない何かを操作して動き出した全自動ベッドであり。

 どうやら、入浴ならぬ微細泡浴の介添えは美人女医さんの手によるモノではなく、彼女が操作する全自動ベッドらしく……そのまま音もなく動き出したベッドは食器洗い機みたいな場所へと俺を運び、そのまま機械音声に従って目を閉じるや否や、俺はそれこそ食器か何かのように洗われ始める。

 混浴どころか美人女医の細やかな指が触れ合うお色気すらない……未来の介護はこんな感じに省力化されているのが普通ということなのだろう。

 だけど、俺が望んでいたのはそんななどではなく、ちょいと特殊でもお色気のあるだった。


「……しかも、これか」


 洗浄が終わり、全自動ベッドで貨物のように病室へと戻された俺を待っていたのは、またしてもゼリー状に加工されたミドリムシが入ったチューブ型の食事だった。

 もしかすると、未来において食事はあくまでも栄養補給程度の役割でしかなく、コミュニケーションの場とするような文化はもう消え去ってしまったのかもしれない。


「……はぁ」


 仕方なく俺は、今度はコンソメ味でちょっとだけ美味しかったのが逆に気に入らないその奇妙な食事を口へと運ぶと、やることもないので目を閉じることとする。

 リハビリの疲労が溜まっていたのか……特に眠くなるまでの暇潰しすら必要なく、俺の意識はあっさりと闇の中へと沈んで行ってしまったのだった。

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