1-3 ~ 最適訓練 ~


 600年が経過しても病院食というのは美味しくならなかったらしい。

 チューブに入った緑色のゼリーを一口分絞り出すように口に入れた俺は、溜息を吐きながらそんな愚痴を内心で零す。

 緑色の中身は、人工培養された衛生的で栄養豊富な微細藻類……植物でありながら運動性能を有する完全栄養食成分に、消化吸収の速い繊維質を混ぜゼリー状に固め、塩分と糖分で味付けしたモノだと、サトミ先生から窺った。

 要するにコレはミドリムシの亜種でしかなく……下手に仕入れてしまったそんな原材料への知識がまた食欲を削ぎ落してくる。

 こんな時だけ思い出したかのようにSF設定出されてもなぁと現実逃避をしつつ、食べれないことはないが美味しいとは言い難い緑色のゼリーをもう一度口へと含む。

 最新の栄養学によってカロリーから含有成分まで完全に計算され尽くしているらしく、このワンパックを呑むだけで一食分の栄養素が詰まっているということだが……生憎とコレでは食の楽しみなんてないに等しい。


「あ~、おかわりは……ないか」


 とっととチューブ一つを口の中に放り込んだ俺は、何となく納まりの悪いお腹に触れながらそう呟くものの、答える人なんている訳もない。

 何しろサトミ先生はリハビリの準備とやらで席を空けた後であり、この食事とは認めがたい栄養素チューブは、誰の手も使うことなく枕元の棚へと滑るように落ちてきたものだ。

 どうやら病室には全て小さなモノレールが設置してあり、薬剤や食事などは全自動で運ばれてくるように設計されているようだった。


 ──省力化、か。


 要するにどっかの寿司屋のレーン制度が病室に設けられていて、人件費削減もしくは感染症予防に病室の完全隔離を目的としているのだろう。

 だけど、白衣の看護婦……ちょいと前に看護師になったんだったか、そういう女性が食事を持ってきてくれるのも入院の楽しみの一つだと考える、変な遺伝子病を患うまで入院と無縁だった俺としてはちょっとばかりガッカリしてしまうのも事実だった。

 

「珈琲と煙草が欲しいな。

 出来れば、酒も」


 食事が終わった後の一服と懐を漁りながら、俺はそう呟くものの……病院に酒や煙草なんかがある筈がなく、唯一許されそうな珈琲なんて刺激物にしても、俺がいた時代でさえ出してくれたかどうか。

 仕方なくコップに入っている水を飲み、全くカルキ臭がしないことに驚きつつ、水も一杯じゃ足りないと溜息を吐く。

 かと言って弱り切っているらしい身体では起き上がることも思い通りにならず、ただ寝転んでいることしか出来やしないのだが。

 そうして体感時間で10分ほどが経過した頃、だろうか。


「お待たせしました。

 リハビリの準備が出来ました」


「何だ、こりゃ……服?」


 そう言いながら病室へと訪ねて来てくれたサトミ女医が差し出してきたのは、少しごわごわした感じの服、だった。

 赤く塗れば某死なない主人公の耐圧服みたいな感じという記憶が甦ってきたが、生憎とその主人公の名前やアニメのタイトルは浮かんでこない。

 ついでに言うと、あからさまにおむつみたいなパーツもついていて、特殊なプレイと思わないと男としての尊厳に大打撃を喰らってばよえ~んな感じになりそうな予感しかしない。


 ──ばよえ~ん?


 突如脳内に浮かんだ意味不明な単語に首を傾げながらも……色々と諦めた俺は無の境地に突入しつつ、そのリハビリ服をサトミ女医の手助けの元に着せてもらう。

 まぁ、立ち上がることすら出来ないのだから、おむつを穿かせて貰うのも仕方のないことなのだろうが……何となくサトミさんが顔を真っ赤にしつつ、俺になるべく触らないように意識して介添えをしている様子が気になった。


 ──意外と、男性経験少ないのか?


 女医と言えばモテモテだろうに、こんな少年の姿に成り下がった俺を意識してくれているその様子を目の当たりにした俺の顔は……自分では見えもしないものの、恐らくは情けないくらい緩んでいたことだろう。

 尤も……上手く口説けて合体出来たとしても腰すら振れない現状では、女医なんてハードル高そうな女性を口説こうとは思わないのだが。

 ついでに言うと、万が一彼女がショタ系の嗜好持ちだった場合、色々とダメージが大きそうなので敬遠したというのもあるが。

 ちなみにこの耐圧服のようなモノ、首から手足の先までを覆う分厚い全身タイツのような造りをしていて、内部にはちょいと硬い……スーツをクリーニングに出した時についてくる、プラスチック製の透明な「型」みたいなものが要所要所に入っている感じの服だった。

 その「型」が微妙に気持ち悪く、また生地が分厚い所為もあり、着心地はお世辞にも良いとは言えないものの……表面は木綿のシャツと大差ない肌触りで、暑くもなければ寒くもない、しっかりとしたモノだった。

 正直、おむつを穿く以外には、着ることを嫌がる理由は見当たらない。


「……で、では、上体を起こして下さい。

 筋助スーツが介助してくれる筈です」


 サトミさんの告げられるままに上体を起こすと……今まで全筋力を使っても上体すら動かなかった俺の身体が、生前の思い通りにゆっくりと持ちあがったのだ。

 たったこんなごわごわした程度の耐圧服みたいなモノだが、詳しい原理は完璧に不明で、魔法にも等しい代物としか思えないものの……どうやら内部の繊維が動いて身体の動きをサポートしてくれている、言うならば類の道具らしい。

 

 ──はぁ。

 ──マジで、未来なのか。


 今まで色々と記憶になさそうな品を見ていた俺にとって、この病院の調度品的に「ちょっと未来かな?」くらいの認識は持っていたのだが……この服はどう見てもちょっと未来以上の代物である。

 しかも内部から一定方向に締め付けられる、要するに動くコルセット擬きであるにも関わらず、肌が擦れて痛いと思うこともないのだから、驚きを通り越してしまい、ただと思うことしか出来やしない。


「はい、次は足を動かして下さい」


 サトミ女医の言葉の通り、俺はラジオ体操のように身体を動かしつつ……一時間あまりの運動を少し汗ばみながらも問題なくこなすことが出来たのだった。

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