1-2 ~ 変貌 ~


「何じゃ、こりゃぁああああああああああああああああああっ!」


 俺がそんなこの世の終わりのような……実はまっとうには見たことないけれどいつぞやに動画で有名なそのシーンだけは目にした、某腹部に銃弾を撃たれた刑事のような悲鳴を上げたのも当然だろう。

 何しろ尿道カテーテルの先にあった俺のナニは、風俗嬢からリップサービスで「大きいね」と褒めてもらったではなく、控えめに表現してもでしかない代物だったのだ。

 混乱に乗じてまた記憶が変な形で吹き上がってるのを実感する余裕もなく、俺は自分のと眼前で顔を真っ赤にしている女医とを見比べる。

 取りあえず鬱陶しそうな尿道カテーテルを引き抜いた時の、あのちんちん内部が持ってかれるようなぬふっとした感触があった所為で否が応でも実感させられてしまったが、どうやらこの子供ちんちんが紛れもない俺のハイパー兵器のであることは間違いないようだ。

 もじゃもじゃと雑草が生い茂っていた筈の発射台周辺は、残念ながら不毛の荒野となった挙句、皮膚の下が透けるほど真っ白な肌に砲身全てが覆われているのだからもうコレは俺のナニとは全くの別物と言っても過言ではない。


「え、何、何で、何故?

 何がどうなったんだ?」


 そうして声を出してみれば、それなりに野太かった筈の俺の声は女性声優が出しているような声変わりしかけの声に成り下がっているし、全身の肌艶は明らかに少年のそれである。

 ……自分の少年時代がどんなんだったかすら覚えてないので微妙ではあるが、どう考えても尋常ならざることが我が身に起こったことだけは理解出来た。

 慌てて周囲を見回した俺の視界に洗面所の鏡が入り込む。

 せめて自分の顔を確認しようと身体を乗り出した俺だったが……俺の身体は北極の海に沈んだのが原因なのか、全く四肢に力が入らず、上体を起こすことすら出来やしない。


「鏡、ですか?」


 そんな俺の焦燥を見かねたのだろう。

 サトミという名の女医が俺の身体を介助し……ようやく俺は鏡に映る自分自身を目にすることが出来た。

 ……だけど。


 ──は?

 ──誰だ、コイツ?


 鏡に映る女医さんは自分の目で見たのと同じ姿なのにもかかわらず、彼女の隣で肩を借りているはどう見ても俺とは思えない。

 いや、記憶を失う前の姿を覚えている訳ではないのだが、確か俺はおっさんと呼ばれるくらいの年齢だった筈で……こんな真っ白な肌で髪の毛も純白で、目が色素をほぼ失った薄褐色の、線の細い美少年だった覚えはない。

 正直、体格は良くて事務系の癖に力仕事ばっかり押し付けられていたような、そんなタイプだった筈である。


「ええと、その。

 気を確かに持って聞いて下さい、クリオネさん。

 貴方の身体は、末期の遺伝子病に加え、稚拙な冷凍保存の所為と思える細胞破裂により、六割ほどが使用できない状態でありました」


 そこからはサトミという名の女子がつらつらと技術的なことを列挙してくれたのだが、生憎と医学知識の欠片もない俺にはさっぱり理解出来なかった。

 そもそもになった衝撃の所為で、頭は完全に混乱していて、もし俺に医学的知識があったところで彼女の話は欠片も理解出来なかっただろうけれども。


「ですので、遺伝子治療とテロメア延長手術と併せ、損壊した細胞を除去し、残っていた細胞を負荷のない範囲で再生して繋ぎ合わせ、人体が復元可能なギリギリの状態まで戻しました。

 その結果、細胞がかなり減ったことで……相対的に若返ってしまいましたが」


 彼女の言葉を聞いて俺が思い出していたのは、鍋の修理動画だった。

 錆びまくった鍋の、周囲を削いで、薬剤に入れて更にケレンをかけて、穴が開いているところは周囲の金属を寄せて埋めて……ちょっとだけ薄い鍋が再生するアレである。

 その動画をどこで見たかは思い出せない癖に、動画があったこと自体は思い出せるのだから非常に都合の良い記憶喪失だと我ながら思う。

 ただ一つ、自分が何やらという遺伝子病で死の淵にあった……それだけは脳の片隅にこびりついていたようで、彼女が何気なく口にした「遺伝子治療」という言葉を聞いた瞬間、俺の身体は知らず知らずの内に大きな安堵の溜息を吐き出していた。


「……元には戻せなかったので?」


「ええ。

 あまり急激な細胞復元はDNAの損傷を招くという研究成果が出ております。

 貴方様の今後を考えるとそれはあまりにも酷だろうと」


 個人的にはまだ納得し切ってはいない。

 若返ったことや体重が減ったこと、容姿が原型がないほどに変貌していたなんてことはどうでも構いやしないのだが……流石ににされてしまったことを笑い飛ばすには、精神的にダメージが大き過ぎた。

 だけど……痛ましそうにそう告げるサトミさんをこれ以上責めることなど、ちょくちょく見かけるたような悪質なクレーマーと違い真っ当な感覚をしている俺には出来る筈もない。


「で、俺はこれからどうすれば?」


 社畜とまではいかないものの、ブラック寸前の企業で現場と作図を延々と繰り返していた……ような記憶が微かにある身としては、ぼんやり寝ているのは耐えがたく、そんな言葉を口にしてみたのだが。


「ええと。

 戸籍対応などの各種手続き……はこちらでやっておきますので、まずはリハビリで体力を取り戻しましょう。

 お昼ご飯の後に準備させて頂きますね」


 そうして女医の口からリハビリという言葉が出てきたことで、ようやく俺はまだ自分が病人でしかないと理解する。


「……はぁ、やるしかない、か」


 それでもリハビリというのは健康な身体のためなら仕方ない訓練であることくらい、知識では理解している俺は、溜息混じりにそんな呟きを零す。

 実際問題、どうも俺は健康体だったらしく、リハビリを行った記憶がなく……いや、記憶喪失の身である以上、この記憶が正しいかどうかも分からないのだが、それでも長期入院に関して記憶の残りかすすらもない以上、恐らく俺はリハビリとは無縁の人間だったらしい。

 だからこそ、リハビリの重要性ってのが今一つ実感出来てないのが実情なのだが。


「ああ、そう言えば。

 今は令和……西暦何年ですか?」


 不意に。

 記憶を辿っている内に、今の自分が何年間眠っていたのかが気になったのは、恐らく会社勤めだった頃の記憶が微かにとは言え甦ったから、だろう。

 確か俺は四十寸前だった筈だから、下手したら還暦に足を突っ込んでいる可能性も……などと脳内で気楽に考えていた俺の思考は、サトミさんの口から放たれた言葉によって見事に吹っ飛んでしまっていた。


「ええと、今年が宇宙歴715年ですから……

 西暦で言うと、2,684年になりますね」


「……は?」


 ……そう。

 どうやら俺は、661年間も寝続けていた、らしい。

 生憎と俺の受けた衝撃は大き過ぎ……それ以降サトミさんと何を話したのか、全く覚えていないのだった。

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