41 海の守護者

「突撃!!」

「「「おおおおおおおおおお!!!」」」


 攻略組がボス部屋へと雪崩れ込む。

 海の大迷宮のボス部屋は、入口から一直線に伸びる道以外の全てが水面になっているフロアだった。

 部屋全体の広さは、直径数百メートルほどの円形。

 足場があるのは、その中のほんの僅かなエリアのみ。

 扉の防衛に就いたフォックス・カンパニー戦闘部隊とドラゴンスレイヤーの半数、それと傭兵NPCの三割を除いても500人を軽く越える大軍勢が動き回るには、あまりにも狭い。

 事前の偵察でわかっていた情報だ。

 ゆえに、攻略組はまず足場を作るところから始める。


「アルカナ!」

「任された! 『アイスバーン』!」

「「「『アイスバーン』!」」」


 シャイニングアーツ幹部の魔法使い、アルカナを始めとした氷魔法を習得している者達が、一斉に氷結の魔法を使って水面を凍りつかせた。

 モンスターは種類によって弱点となる属性が違うので、魔法は複数種類を覚えるのが推奨されている。

 複数の魔法スキルのレベル上げは大変だが、やっておかないと相性の悪い敵を前にした時に何もできなくなる。


 アルカナは基本的に光魔法を好んで使うが、補助として他の属性全てに手を出している努力の人廃人だ。

 アバターのレベルはモンスターやプレイヤーを倒すことで上がるが、スキルレベルはそのスキルを使い続けなければ上がらない。

 とんでもない時間を魔法スキルの強化のために捧げ、全属性の魔法スキルを、戦闘スキルの実質的なレベル上限であるアバターのレベルと同値にまで鍛え上げた廃神。

 ゆえに、暇人達は彼女を魔法使いの王と呼び、『妖精女王』の二つ名をつけた。

 そんな彼女を筆頭とした氷魔法使い達の活躍により、ボス部屋は一面の銀世界と化し、大軍勢が十全に暴れられる足場が出来上がる。 


「━━━━━━━━」


 そして、己の居城を滅茶苦茶にされたことに怒ったかのように、それ・・は現れた。

 海の化身を思わせる、美しい蒼水晶のような鱗を全身に纏った『龍』。

 伝説に語られる東洋の龍のように手足は無く、蛇のように長い体。

 尾の先は神話の海神が持つ武器のごとく、三叉の槍のような形状となっていた。


 『深海龍』ポセイドン。

 頭上にそんな名前の表示されたモンスターが。

 この海の大迷宮を守る守護者ボスモンスターが。

 凍りついた水面を叩き割って、攻略組の目の前に姿を現した。


「攻撃開始! あいつらが来る前に、迅速に終わらせるわよ!」

「「「了解!」」」


 ジャンヌの号令に従い、前衛は武器を構え、後衛の魔法使い達は杖を構える。

 大迷宮のボスとの戦いが始まった。


「「「『ディフェンスダウン』!」」」


 最初に動いたのは、取得条件が面倒なせいで使い手の少ない呪魔法の使い手達。

 対象の防御力を下げる呪いの魔法が、ポセイドンに命中した。


「タロット! アルカナ!」

「『マジックブースト』!」

「『ライジングボルト』!!」


 そして、シャイニングアーツが攻撃を開始。

 支援魔法も使えるシャイニングアーツ幹部、『癒天使』タロットを始めとした支援魔法使い達が他の魔法使い達にバフをかけ、強化された魔法使い達が、水棲系モンスターの共通の弱点である雷魔法をポセイドンに叩き込んだ。


「クリーム! 遅れを取るな!」

「う、うん! 『ライジングボルト』!」


 ドラゴンスレイヤーもそれに続き、『電撃』の二つ名を持つくらいには雷魔法を鍛え上げているクリームが、アルカナにも勝る雷魔法を、的の大きい蒼の龍に叩き込む。


「『ボルティックランス』!」

「『シャイニングブラスター』!」

「『ウィンドカッター』!」

「『アースランサー』!」

「『ダークネスレイ』!」


 他の魔法使い達も、続々とトッププレイヤー達に続いた。

 一番有効と見られる雷魔法か、あるいは各々の磨き上げてきた魔法を連打して、魔法の雨を食らわせていく。


「━━━━━━━!」


 当然、相手もやられっぱなしではない。

 ポセイドンは体をくねらせ、凍った水面をものともせずに、泳いで攻略組に突撃してきた。

 的が大きいから、対象が動いても魔法の雨はほぼ全弾命中している。

 だが、この程度ではポセイドンの膨大なHPの一割どころか1%程度しか削れていない。


「迎撃!」

「『パワーブースト』!」

「『ディフェンスブースト』!」

「『スピードブースト』!」


 支援魔法使い達が前衛達にもバフをかけていく。


「行くぞぉ!」

「「「おお!」」」


 強化された彼らは、凍った水面を踏みしめて、迫ってくるポセイドンを迎え撃った。

 魔法の雨によって突撃の勢いは削れている。

 それでも全長数十メートルの巨体から繰り出されるタックルは脅威の一言だ。

 だが、


「『フルガード』!! ぬぅぅぅぅぅん!!」

「「「はぁあああああああ!!!」」」


 シャイニングアーツ幹部、『重戦車チャリオット』戦車を始めとした盾役が前に立ち、ラグビー選手のごとき一塊の壁となって、ポセイドンのタックルを真っ向から受け止める。

 全員が防御の必殺スキルを使い、最前列の盾持ち達の背中をSTR(筋力)の高い者達が支える。

 避けるという選択肢は無い。

 巨体のくせに素早いポセイドンの攻撃を、足の遅い者も含めた500人以上の全員が避けるなんて、まず不可能。


 ゆえに、止める。

 これができなければ話にならない。

 そんな重要な役割を任された戦車達は、渾身の力を振り絞って蒼の龍の突撃を耐え……。


「よっしゃぁ!!」


 耐え切った。

 ポセイドンのタックルは完全に受け切られ、動きが止まる。

 チャンスだ。

 攻略組を率いる指揮官達は、こんな明確な隙を見逃すほど温い鍛え方はしていない。


「一斉攻撃!!」

「削れ!!」

「「「うぉおおおおおおお!!!」」」


 ジャンヌとジークフリートの指示に従い、近接武器を構えた前衛達が突撃。

 ポセイドンの体の側面に、各々の必殺スキルを全力で振り下ろす。


「『シャインブレイド』!!」

「『ブレイクソード』!!」


 指揮官を兼ねるジャンヌとジークフリートも一時的に前に出て、トッププレイヤーとしての優れた攻撃力を存分に振るう。

 前衛達の武器が体を傷つけ、後衛達の魔法は彼らに当てないように頭に集中し、ポセイドンの全身が流血を思わせる赤いポリゴンで染まっていく。


「━━━━━━━━!」


 これはさすがに効いたのか、ポセイドンのHPの5%ほどが消し飛んだ。

 ……それでも5%程度。

 500人以上で攻めてこれだ。

 他の迷宮のボスと比較しても、異常なほどにタフ。

 まあ、このゲームの重要ポイントを任されるボスなのだから、このくらいの強さはあって当然か。


「━━━━━━━━!!」


 ポセイドンが反撃に出てくる。

 体をくねらせ、たったそれだけの動きで何人かの前衛を振り払いながら、薙ぎ払うように尾の一撃を繰り出してきた。


「回避!」


 ジャンヌが短く指示を出す。

 それを聞くまでもなく、ポセイドンへの直接攻撃役に抜擢されるほどの精鋭達は、大質量の尾の攻撃を避け切ってみせた。

 ある者は盾役の後ろまでダッシュして、ある者は高レベルのステータスに任せてジャンプして。


「━━━━━━━━!」


 だが、ポセイドンは、そうしてジャンプした者達に狙いを定めた。

 空中で身動きの取れない彼らに向けて、大きく口を開く。

 その口の中に水流が渦巻く。

 海の大迷宮に出現するモンスターの多くが使ってきた攻撃。

 水のブレス。


「させん! 『エクスプロージョン』!!」

「━━━━━━━!?」


 しかし、ブレスを撃とうとしていたポセイドンの顔に、強烈な爆発の魔法が叩き込まれた。

 ノックバック効果のある炸裂系の魔法。

 その中でも特に強烈な火属性の爆発。

 相性不利な属性ゆえにダメージはほぼ無いが、行動阻害という意味でなら満点の攻撃。

 それによって、ブレスは見当違いな方向へと放たれた。


「ナイス! アルカナ!」

「ふっ。当然だ」


 それを成した『妖精女王』にギルドマスターが称賛の声を送り、彼女は即座に次の仕事に取りかかる。


「『アイスバーン』!」


 ポセイドンが暴れたことによって砕け、水面が見え始めていた氷の床を補修する。

 実に有能な働き。

 通常プレイ時代からの廃人は伊達ではない。


「行ける! たたみかけるわよ!」

「「「おおおお!!」」」


 この調子で攻めれば倒せる。

 その手応えを得た攻略組は、より一層士気を高めてポセイドンに向かっていった。


「『ストライクランス』!」


 『傭兵王』の一撃が、龍の脇腹を穿つ。


「『居合・大閃』!」


 『刀神』の放った大斬撃が、龍の首筋に直撃する。


「ジークフリート! 合わせて!」

「指図するな! 『ブレイクソード』!」

「『シャインブレイド』!」


 尾の先にある三叉の槍での強烈な突きに対し、『竜殺し』の異名に恥じぬ一撃と、『聖女』の剣術と光魔法を融合させた必殺スキルを側面から叩き込んで、強引に逸らす。


「『電撃』!」

「わ、わかってます!」

「「『ボルティックランス』!」」

「━━━━━━━━━!?」


 アルカナとクリームの放った雷の槍が、逸れて地面に突き刺さったポセイドンの尾に直撃した。

 赤いポリゴンが舞い、尾の一部が抉れる。

 良いダメージだ。

 もう何発か似たような威力の攻撃を叩き込めば部位破壊、あの恐ろしい三叉の槍のついた尾をポセイドンから奪うことができるだろう。


(順調……!)


 ジャンヌは全体を見ながら、心中で期待を高めた。

 ポセイドンのHPは順調に削られていき、残り七割を切った。

 想定していたよりも、かなり良いペースだ。

 対して、こちらの死者はゼロ。

 たまに攻撃を避け切れずにぶっ飛ばされてしまう者もいるが、即死した者はおらず、救出と治療は充分に間に合っている。

 ポセイドンが放ってくる即死級の攻撃を、ことごとく妨害できているからこその戦果だ。


(これなら……!)


 ジャンヌは期待する。

 これなら、あの宿敵達が来る前に終わらせられるかもしれないと。

 ……そんな希望的観測をした矢先だった。


 ━━ギィィィ、という音を立てて、ボス部屋の扉が開かれた。


「『ダークネスレイ』」

「なっ!?」


 直後に扉の奥から襲いくる、闇のレーザービーム。

 『妖精女王』よりも『電撃』よりも、攻略組の誰よりも強烈な魔法。


「予備班!」

「「「おう!」」」


 万が一に備えて温存されていた予備戦力。

 突然の攻撃に備えて盾役が多く配属されていたグループが、我が身を盾として闇のレーザービームを防いだ。

 それでも、彼らのHPは削られる。

 VIT(防御)に優れた者達を盾の上から削る、とんでもない威力。


「きゅーい」


 闇が晴れた後、扉から最初に出てきたのは、顔と声だけは可愛くて他の全てが気色悪い、二足歩行で筋骨隆々のイルカだった。

 第十五階層以降に出没する強敵、マッスルドルフィン。

 しかも、通常のマッスルドルフィンと違って、サーフボードのように平べったい大剣で武装している。

 その姿を見た瞬間、このモンスターにトラウマのあるクリームが「ひっ!?」と悲鳴を上げた。


「ブルルル……!」

「ゴッ。ゴッ」

「ギョギョ!」

「━━━」


 続いて現れたのは、牛のくせに水中でも陸上でも超高速で動いて突進してくるモンスター『スイギュウ』。

 もはや竜の一種と言われた方が納得できる巨大なワニ『ドラゴゲーター』。

 大砲を無理矢理魚にして手足をつけた感じのモンスター『ミズタイホウ』。

 蒼い水晶を削り出して作ったような美しい騎士甲冑『ムーライダー』。

 どれも海の大迷宮深層に出没する強敵達。

 それが合計で十四体。

 更に、


「「「カァアアーーー!」」」

「「「ワォオオオオン!」」」

「「「キィィィ!」」」

「「「ぁぁぁ……」」」


 人間と同サイズの巨大なカラス。

 赤黒い毛並の狼。

 漆黒の翼を持つコウモリ。

 うめき声を発するゾンビ。

 明らかに海の大迷宮の傾向に合わないモンスター達まで現れた。

 しかも、こっちは合計で100を越えるような、とんでもない数が。


 強烈な闇の魔法に、モンスターの軍勢。

 攻略組にとっては、とてつもなく見覚えのある組み合わせだ。


「やっぱり……!」


 モンスターの群れに続いて、見覚えのある二人が現れる。

 貴族風の装いをし、先端が刃のようになっている鞭を手にした銀髪の青年、『吸血公』。

 彼と同じ銀髪を綺麗に纏め、短剣のような杖を構えた幼い少女、『闇妖精』。

 魔族の兄妹が二人揃って、まるで二年前の戦いの時のように、魚の尾ビレが付いた馬に相乗りしながら現れた。


「あいつらは……!!」

「ッ!!」


 更に追加で二人。

 大鎌を担いだ骸骨と、着物を身に纏う鬼。

 『死神』と『鬼姫』。

 先の二人と違い、最近も元気に各地のプレイヤーを襲い続け、攻略組の手を煩わせてくれた怨敵。

 彼らを見たドラゴンスレイヤーの面々など、ポセイドンそっちのけで、完全に意識が魔族二人に向けられてしまった。


 そして、この面子が集結しているのであれば当然……。


「ウルフ……!」


 最後に、露出度の高いワイルドな服を着て、その上から黒いコートを羽織った漆黒の獣人が現れた。

 『殺戮魔狼ウェアウルフ』。

 敵のリーダーにして、最初の魔族。

 それが、ならず者風の姿をした傭兵NPC数十人を引き連れて現れた。

 

(嘘でしょ……!?)


 ジャンヌは心の中で戦慄した。

 出入り口の防衛を任せていた部隊は決して弱くなかった。

 フォックス・カンパニー戦闘部隊は信頼できる相手だったし、ドラゴンスレイヤーの半数もある意味ではとても信頼していた。

 敵が二年前と同等クラスの大軍勢を率いてきたとしても、充分に足止めが成立する戦力だと思っていた。

 それが足止めどころか、襲撃の情報を伝えることすらできずにこうなるとは……!

 いったい、どんな魔法を使ったというのか。


「セラフィ……!」


 そんな疑問よりも先に、ジャンヌの口は防衛を任せていた友の名前を紡いだ。

 奴らがあんな堂々と現れた以上、生存は絶望的であろう友の名前を。

 ギリッ、と。

 怒りと絶望を堪えるように、ジャンヌは強く奥歯を噛みしめた。


「おーおー! やってんなぁ! オレ達も交ぜてくれよ!」


 そんなジャンヌの視線の先で、ウルフが凶悪な笑みを浮かべながらそう言った。

 口元は牙を剥き出しにするほど裂けていても、目は全く笑っていない。

 ただひたすらに、理想郷を壊そうとする者達への怒りに染まった目で、ウルフは攻略組を睥睨した。

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