40 攻略組
「とうとう、この時が来たわね……」
海の大迷宮最下層、第二十階層。
シャイニングアーツのギルドマスター、『聖女』ジャンヌは今、攻略組の仲間達と共に、迷宮の入口にあるものと酷似した扉の前に辿り着いていた。
この扉は、ボス部屋の特徴だ。
今までの迷宮でもそうだったし、既に偵察は終えているので、この大迷宮でもそうだと確信している。
この先にいるのだ。海の大迷宮の守護者が。
第一の大迷宮を守護する、最後の番人が。
「皆、覚悟はいい?」
ジャンヌは己の背後に並ぶ仲間達に振り返って、改めて問いかける。
ここまで共に来た以上、今さら返事は聞くまでもないだろうが。
「いいに決まってんだろうが!」
「必ず勝つ。我が全てを賭けて」
「が、頑張ろうね!」
「やる気は充分。そうじゃろう、若造ども!」
「「「おおおおおおお!!」」」
戦車、アルカナ、タロット、コジロウ。
それ以外の面々も燃えている。
シャイニングアーツは問題無し。
「これを成し遂げれば、悪党どもは震え上がるだろう。
現実世界に帰ってしまえば、奴らは人殺しの重犯罪者だ。ロクな未来は待っていない。
奴らの心を揺さぶれ! 怯えさせろ! そのためにも必ず勝つぞ!」
「「「うぉおおおおおお!!!」」」
「お、おー……」
ドラゴンスレイヤーの面々も殺る気、もとい、やる気充分。
ギルドマスターであるジークフリートが、復讐者達のターゲットを上手くボスモンスターに向けさせた。
復讐者達が雄叫びを上げ、まだまともなクリームが小さく合いの手を入れる。
……本当に、ゲームクリアを目指す味方としては頼りになるのだ。
その他の部分が致命的にやばい代わりに。
(歯がゆいわね……)
彼らの暴走をどうにもできないことに、ジャンヌは密かにため息を飲み込んだ。
シャイニングアーツにも、ドラゴンスレイヤー以外のギルドにも、PKは基本的に捕縛、やむを得ない場合だけ討伐という方針をお願いしている。
これは別に復讐は何も生まないとかそういう綺麗事ではなく、いくら犯罪者とはいえ積極的に殺すようになったら、現実世界に帰った後の人生に多大な支障が出ると確信しているからだ。
仲間達の、そして自分の未来のためには、殺しなんてしない方が絶対に良い。
復讐の狂気に飲まれた末路は、ドラゴンスレイヤーが証明している。
人を殺したPKが投獄されれば十年単位で出てこれず、出てきた時にはレベルの全てを奪われている。
その頃には自分達はゲームをクリアして、奴らを現実の刑務所にぶち込む。
今はその罰で納得しておかないと、未来が無い。
ゲームクリアが人生のゴールではないのだ。
ジャンヌもまた、現実世界に帰った後に、兄の想いを継いで義姉と姪を守っていかなくてはならない。
そのためにも、復讐の狂気に囚われるわけにはいかない。
それでも……。
(……ダメね。やっぱり、羨ましいと思っちゃう)
怒りのままに仇をぶっ殺せたら、どれだけ嬉しいだろう。
ジャンヌだって、できることなら兄と仲間達の仇を、この手でズタズタに引き裂いてやりたい。
その思いを我慢して、未来のために、奴を投獄することが仇討ちだと定めている。
まあ、実際に戦えば、十中八九そんな余裕は無くなって殺し合いになるだろうが……。
それでも、復讐の愉悦に任せて殺すことだけはしないと決めている。
でないと、戻れなくなるから。
そうして我慢している人間はジャンヌ以外にも沢山いて、そんな自分達にとってドラゴンスレイヤーは毒だ。
ふとした拍子に共感して、我慢することに疲れて、向こうに行ってしまいそうになる。
それを避けるためにも、ドラゴンスレイヤーのこともどうにかしたいと思ってはいるのだが、あれだけ大きくて攻略組に深く食い込んでいるギルドには、中々手が出せない。
ままならないものだ。
「セラフィ、扉の防衛は任せたわ」
「はい。お任せください、ジャンヌさん」
気を取り直す意味でも、ジャンヌは生真面目そうで優しそうな女性に声をかけた。
フォックス・カンパニー戦闘部隊隊長、『迅速』のセラフィ。
あそこの社長は信用ならないが、彼女に関しては安全地帯から出られないプレイヤー達への炊き出しを積極的に行い、怯える人々を励まし続け、このふざけたデスゲームを終わらせるために自らも剣を取った善人だ。
彼女の献身のおかげで奮い立ち、安全地帯から出て戦い始めた者達も多い。
日頃の交流で、彼女のありがたさは痛いくらい身に沁みている。
だからこそ、彼女になら任せられる。
ボス部屋の扉の死守。
ボスと戦っている間、恐らくは来るだろうPK達がボス戦に乱入するのを食い止めるという大役を。
彼女達に加え、少しでもPKと戦える可能性の高いところで戦いたいと主張したドラゴンスレイヤーの約半数が出入り口の防衛担当だ。
何故、復讐に命を賭けているドラゴンスレイヤーが半数しかこちらに参加しないのかというと、予想としては奴らは来るだろうと思っているものの、大迷宮の外で出待ちに徹している可能性もあるからだ。
何せ、今までの迷宮攻略の時は、外での出待ちが奴らの基本戦術だったのだから。
考えてみれば当然の話ではあるが、ボス戦に乱入するためには、自分達も迷宮の最奥まで到達しなければならない。
足並みを揃えるのが大変そうな無法者の集団を引き連れてだ。
正直、それは結構な難題である。
それをやるくらいなら、素直にこっちが鍵を入手して、迷宮が消滅するタイミングを狙った方が良い。
腹立たしいことに、攻略完了の大雑把な予想タイミングを教えられる協力者が奴らにはいるのだから。
しかし、今回は特殊な事例。
海の大迷宮を攻略すれば新エリアが開放される。
全体マップを見る限り、その新エリアとは、今いる島の中心部から海の大迷宮を挟んだ向こう側にある外輪部だろう。
もしかすると、海の大迷宮を攻略した後、攻略組はそのまま新エリアに出るのかもしれない。
迷宮の出口が次のエリアの入口になっているというのは、結構ありそうな話だ。
そうなった場合、奴らは島の中心部と外輪部を隔てる大河に阻まれて、こちらが大迷宮の攻略直後で疲弊してるところへハイエナのごとく襲いかかることができない。
仮に新エリア開放というのが、大河に橋でもかかる形になるのだとしても、中心部と外輪部は目算で数キロは離れている。
大急ぎで橋を渡ったとして、その間にこちらが町でも見つけてしまえば最悪だ。
安全地帯に逃げ込まれ、『海の鍵』は奴らの手の届かない場所へ行ってしまう。
かなり希望的観測ではあるが、攻略組としてはこのパターンが一番助かる。
そして、これは絶対にありえないとまでは言い切れないパターンだ。
あの『
だが、そうなると今度は、無法者の軍勢で迷宮攻略なんてできるのかという問題が奴の前に立ち塞がることになる。
ゆえに、攻略組としての予想は「多分来るだろう」止まりなのだ。
だからこそ、ドラゴンスレイヤーはその可能性に賭けてPKを狩りたい派と、確実に奴らの精神を追い詰められるボス戦をやるぞ派に別れた。
その結果が、半分ずつ出入り口の防衛とボス戦とに人員が分かれるという形だ。
まあ、どちらも必要な役割なので、別に問題があるわけではないのだが。
「皆さんも、よろしくお願いします」
そんなことを考えつつ、ジャンヌは他の面々にも声をかけた。
「任せろ!」
「この二年、あんたらには死ぬほど世話になったからな」
「恩を返さないクズになった覚えはないよ!」
「その通りだ!」
海の大迷宮の攻略中、シャイニングアーツと行動を共にしていたギルドの面々がそう答える。
最初は二年前の戦いで魔族達にこっぴどくやられ、その時の恐怖からシャイニングアーツにすがりついたような関係だった。
けれど、ジャンヌ達はそんな自分達を見捨てず、二年もの時間をかけて、ゆっくりとでも全軍を強くしてくれた。
今こそ、その恩を返す時だ。
二年前のトラウマを乗り越え、恩返しに燃える彼らの士気は高かった。
「アヴニールさん達も、お願いしますね」
「金貰ってんだ。腑抜けた真似するようなザコは、俺がぶん殴ってやるよ」
二年前の戦いで大変お世話になった『傭兵王』アヴニールを始めとした在野の強者達も一同に会している。
彼らは攻略組が団体行動でモタモタとし、その攻略組に魔族の注意が向いている隙にレベリングを成功させていたりするので、実は攻略組よりレベルの高い猛者が何人かいる。
アヴニールもそうしてレベル70に至った、安定のトッププレイヤーだ。
実に頼りになる。
これが攻略組の精鋭戦力。
シャイニングアーツ、ドラゴンスレイヤーの双翼。
他の大手ギルド四つの連合軍。
フォックス・カンパニー戦闘部隊。
『傭兵王』を始めとする、在野のソロプレイヤー、パーティー、中小ギルドが複数。
総勢562名。
海の大迷宮の開放に希望を持ち、安全地帯から飛び出して武器を取ったプレイヤー達による戦力の底上げで、二年前よりも数を増している。
そこに宝箱から出てきた『紹介状』というアイテムによって雇えるようになった、レベル50の傭兵NPC100体を加えた大軍勢。
彼らと共に、必ずやボスを討伐する。
ジャンヌは今一度、己に強くそう言い聞かせた。
「作戦開始!!」
「「「おおおおおおおおおお!!!」」」
そうして、攻略組は海の大迷宮のボス部屋へと雪崩れ込んだ。
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