39 策略

『ふーん。それでまた打ち上げまでしてきたんだ。ボクの通信に気づかないまま。呑気なもんだね』

「悪かったって。今度なんか埋め合わせするからよ」


 ずっと通信機能をオンにし直すことを忘れていたウルフは、翌朝になってからそれに気づき、ミャーコからの不在着信が死ぬほど入っていたことで、顔を真っ青にしながら弁明のための通信をかけた。

 ミャーコはプリプリ怒っている。

 だが、なんだかんだで、すぐに許してしまうだろう。

 彼女はウルフに甘いのだ。


『はぁ……。とりあえず、君達にやられた後のドラゴンスレイヤーの動向を伝えておくよ。

 やっぱりと言うべきか、一筋縄では崩れてくれなかったからね』


 そうして、ミャーコはため息を吐きながら、その情報を教えてくれた。


『まだ一夜明けただけだから、大した情報は入ってないけど……。

 一つ確かなのは、ドラゴンスレイヤーは何事も無かったかのように、今日も海の大迷宮に向かったってことかな』

「……どういうことだ?」


 昨日、間違いなくウルフ達は奴らの主力部隊を潰した。

 最高戦力の二人こそ逃したが、明らかに精鋭と呼べるメンバーの大半を殺し尽くした。

 なのに、翌日にはケロッとして再出撃?

 ありえない。

 どんな魔法を使ったんだ。


『奴らの主力は君達が叩き潰したっていう連中で間違いない。

 けど、ドラゴンスレイヤーのメンバーは、主力以外にも沢山いる。

 多分、別の場所でレベル上げをしてた二軍以下からメンバーを補充したんだ。

 精鋭がやられたっていうのに、どうやってギルドマスターへの信頼と士気を維持したのかはわからないけど……『竜殺し』は演説がやたら上手いって話だし、口八丁で上手く戦意を煽る方向に誘導したのかな?

 だとしたら、仲間が死んでもまるで折れない復讐者メンタルと合わせて、敵ながらあっぱれって言うしかないね』

「…………」


 そこまで聞いて、ウルフはギリッ! と強く奥歯を噛みしめた。

 精鋭48人よりも、ジークフリート一人の方が厄介な敵だったようだ。

 あの時、無理をしてでも殺しておけば……。

 いや、それで『死神』に万が一があったら元も子もなかった。

 仮にあの場面に戻れたとしても、ウルフは同じ選択をするだろう。

 敵が一枚上手だったと言うしかない。


「けど、精鋭を丸々潰せたのは事実だ。向こうも確実に一歩後退ではあるだろ?」

『当たり前だよ。一歩どころか百歩は後退したと思うよ?

 ドラゴンスレイヤーはしばらく、攻略組本隊が進んでる第五階層あたりで足踏みすると思う。

 二軍以下の戦力じゃ、ウルフ達がもう一回来た時にどうにもできないし、攻略組本隊に合流するか、最低でもいざって時に助けてもらえる位置にいるのが最善手。

 早く強くなりたい復讐者達としては、腸が煮えくり返る状況だろうね』


 ミャーコの言葉を聞いて、ウルフは少しだけ溜飲を下げた。

 ドラゴンスレイヤーに致命傷を与えることこそできなかったが、かなりの嫌がらせはできている。

 これで迷宮攻略は大きく遅れたはずだ。

 時間はかければかけるだけ、こっちが有利になる。

 この世界が存続する時間が確実に伸びるというのもそうだが、それ以上に……。


「ルナールの方はどうだ? 『パラダイス計画』、上手くいってんのか?」

『うーん……現時点では微妙かなぁ。

 狙い通りになってくれる人達も多いけど、逆に奮起しちゃう人達も多い。

 社長曰く、やっぱり時間が経過するほど成功率が上がるそうだから、今まで通り攻略組を妨害しまくってほしいってさ』

「了解。結局、やることは変わらねぇな」


 表向きは攻略組を支える大商会にして、裏ではウルフ達の最大の協力者となっている、最大最強の商業系ギルド『フォックス・カンパニー』。

 その社長ギルドマスター、『女狐』ルナールが水面下で進めている、ゲームクリアに対する最大の妨害工作。

 『パラダイス計画』と名づけられたそれが効果を発揮するまでには、やはりまだまだ時間が必要なようだ。


 ならば、稼ごう。

 一年でも、十年でも、必要なだけの時間を。

 ウルフは元より、自分一人ででも寿命というタイムリミットまで逃げ切って、この世界で人生を謳歌して逝くつもりだったのだから。


「さて、じゃあ次の妨害策を考えるか。もうじき魔族パーティーは解散しちまうんだが、どうしたもんか……」

『仲良くなったなら、解散しないって手は無いの?』

「オレの効率最悪、地獄のレベリングツアーに付き合わせるのか? 愛想つかされる気しかしねぇぞ」

『……まあ、それもそうだね』


 一回それに付き合ったことのあるミャーコは納得した。


『それなら、逆に考えてみるのはどう?

 パーティーが解散した後、レベル70に上がった魔族の四人に、ボク達にとって都合の良い場所で暴れてもらえるようにお願いするとか。

 あくまでも強制じゃなくて、オススメって形で』

「なるほど。それなら、あいつらが好き勝手やってる間も、事実上協力してもらってるのと同じになるわけか。お前も悪だなぁ」

『いやいや、ウルフほどじゃないよ』


 二人は悪巧みを続ける。

 それが確実に攻略組の足を引っ張り、ゲームクリアを遅らせていく。

 けれど、時間をかけても確実にという『聖女』の歩みを止めることはできず、やがて攻略組は海の大迷宮最下層である第二十階層へと辿り着いた。

 必要経費として、海の大迷宮の大扉が開いてから『二年』、デスゲーム開始から『五年』という年月を犠牲にして。


 それが魔族の思惑通りとは気づかぬまま。

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