38 外道達の友情
「ウルフさん、今回は本当にありがとうございました」
「だから、気にすんなって。つーか、元々オレの依頼で戦ってもらったんだから、お前はオレに大鎌の弁償を請求したっていいんだぜ?」
律儀にペコペコと頭を下げてくる『死神』に、ウルフは戦闘中に見せた憎悪を綺麗サッパリどこかへと隠して、カラカラと笑いながらそう言った。
一番殺してる大量殺人鬼のくせに、『死神』は魔族パーティーの中で一番礼儀正しい。
そんな彼にとって、今回のことは頭を下げて当然の出来事だった。
「弁償なんて、そんなことは言いませんよ。
私は納得した上で戦い、自分の不始末によって追い詰められ、武器と腕を失った。
そして、あなたに助けられた。
上司の責任を被らされたり、誰かのミスを押しつけられた時と違って、頭を下げるべき正当な理由がある。
必要な時に頭を下げられなければ、私はあの畜生どもと同じになってしまう」
『死神』の中には、彼なりの信念があった。
トチ狂って外道に堕ちようとも、もっと醜悪で陰湿で卑怯だったあの畜生どものようにはならないという信念が。
「……ウルフさん。あなたが奴らに言ったセリフ、聞こえていましたよ」
『死神』は目も口も無い骸骨の顔に、なんとなく穏やかな表情を浮かべていそうな柔らかい雰囲気で、そんなことを言い出した。
「心が洗われるようでした。
あれは私が心の中に溜め込んで、上手く言葉にできずに呪いに変えてしまった感情そのものだった。
あなたの叫びは、私の心の中からも、澱んだ感情を解き放ってくれました」
『死神』は思い出す。
苦しい苦しいと、心の中で叫び続けていた頃のことを。
誰も手を差し伸べてくれなかった時の絶望を。
絶望が身を焼くほどの憎悪へと変わっていった瞬間を。
奴らは『死神』が抱いていたものと同種の憎悪を全力で表に出したウルフを恐れた。
それでいい。理解できなくていい。理解できるはずがない。
あれは心の底から追い詰められた者にしかわからない感情だ。
わからないからこそ怖いのだ。
だが、『死神』にとっては違う。
ずっと自分の中に溜まり続けていた黒い感情が言葉に変わり、一緒に酒を飲んで騒いでくれた、彼が呪わずに済んだ人の口から飛び出してきてくれた。
それがどれほど嬉しかったか。
まるで、上手く言葉にできない自分の代わりに怒ってくれたかのような、そんな喜びを『死神』は感じていた。
「……別に、お前のために言ったわけじゃないぜ?」
「ええ。わかっていますとも。私が勝手に救われただけです。
それとも、あなたに手を差し伸べなかった私が勝手に救われるのは、お気に召しませんか?」
「いや、不思議とそうでもない。多分あれだな。今はこの世界にいるおかげで余裕ができて、目的は違えど、世界を守るために一緒に戦ってくれたお前のことが、そんなに嫌いじゃないからだろうな」
ウルフは社会を憎悪する。
自分を助けてくれなかった奴らを憎悪する。
けれど、魔族パーティーの仲間達は、ウルフと一緒に戦ってくれた。
目的はまるで違うが、結果的にウルフの大きな助けになってくれた。
利用するような形の他の外道達とは違って、ウルフと対等の立場で、同じくらいの強さで、共に戦ってくれた。
ウルフは助けてくれなかった奴らを憎悪する。
ならば、助けてくれた奴らを嫌わないのは、道理なのかもしれない。
「ハハ。そうですか」
ウルフの言葉を聞いて、『死神』は嬉しそうに骸骨の顔でカタカタと笑った。
そして、この色んな意味での恩人に告げた。
「思いましたよ。あなたとは敵対したくないと。
これからも、何かありましたらお呼びください。
できるだけ友好的な関係を築けることを祈っています」
「お! そいつは嬉しいな! 協力してくれる魔族は貴重だ。これからも、よろしく頼むぜ」
「ええ」
狼と骸骨が握手を交わす。
多分、友情と呼べなくもないもの。
それが二人の間に結ばれた瞬間だった。
……しかし、その様子を不機嫌そうな顔で見ている第三者がいた。
「むぅぅ」
「お?」
「おや?」
『闇妖精』が、二人の繋いだ手をペチペチと叩いてくる。
その頬は不満そうに膨らんでいた。
「むぅぅ」
「おいおい、どうした?」
「ウルフ、察してやってくれ。多分、仲間外れにされたみたいで、あるいは自分のポジションを取られたみたいで気に食わないのだろう」
「ほほう。可愛いとこあるじゃねぇか。これが噂のツンデレってやつだな!」
「違う!」
『闇妖精』がより一層頬を膨らませる。
兄である『吸血公』も、『鬼姫』と『死神』すらも微笑ましそうにふくれっ面幼女を見ていた。
二ヶ月も一緒に冒険していたからか、仲間意識の一つでも芽生えたのかもしれない。
「心配しなくても、お前らのことも嫌いじゃないぜ。
恩を着せて始まった関係だが、お前らは充分すぎるくらい律儀に恩を返してくれたからな」
そんな誠実な連中を嫌いになるはずもない。
たまに魔法は撃ち込まれるが、あれはじゃれ合いの範疇だ。
今回、長期間に渡ってパーティーを組んだことで、ウルフの二人への好感度は確実に上昇していた。
多分、二人が死んだらちゃんと泣けるだろう。
「やれやれ。このままでは、わたくしだけ置いていかれてしまうかもしれませんね」
そんな仲良し達を見て、ここまて会話に入れなかった『鬼姫』が肩を竦めた。
「別にお前のことも嫌いじゃないぜ?」
「そう言ってもらえると嬉しいですが、わたくしももうちょっと特別っぽいことをして、皆さんと仲を深めたいなと思ってしまったんですよ。ですので……」
『鬼姫』は掌を上に向けた状態で、両手を前に出した。
天から降ってくる何かを受け入れるような体勢。
そして……。
「『鬼刃』発動」
「「「「!」」」」
彼女がそう呟いた瞬間……鬼姫の手の中で、赤黒い不気味な光が発生した。
すわ攻撃かと思うような光景だが、誰一人として『危機感知』のスキルは発動しない。
やがて、赤黒い光は収束するように何かを形作っていき……。
「おお!」
『鬼姫』の手の中に、一つの武器が生成された。
先ほどジークフリートに奪われたのと酷似したデザインの、『死神』が持つに相応しい禍々しいデザインの大鎌が。
「これがわたくしの固有スキル『鬼刃』です。
とても頑丈な上に、誰かを斬れば斬るほどに使い手に合わせた成長をしていく武器を、MPの大量消費と引き換えに生成するスキル。
罪の烙印を持つ者にしか使えない、わたくし以外が使うと大きく劣化する、最初は本当に初心者装備程度の性能しか無いと制限も多いですが、それでも斬り続ければトッププレイヤーの武器をも凌駕する大業物になるはずですよ」
「カッケェな! お前の刀もそうやって作ったのか?」
「ええ。この子はわたくしの実家にある刀をモデルに作り、数多くのプレイヤーとモンスターの血を吸わせて育て上げた、自慢の子です」
『鬼姫』がうっとりと笑う。
そして、生成した大鎌を『死神』に差し出した。
「差し上げます」
「よろしいんですか?」
「ええ。その代わり、わたくしとも仲良くしてくださると嬉しいです。
わたくしはあなた達と違って憎悪で道を外れたわけではありませんが……仲間外れになってしまうことの恐ろしさは知っていますので」
自分の抱えた苦しみは、彼らが味わったものとは種類が違う。
『死神』とは同類の匂いがしていたが、どうやら根本的なところは全く違ったらしい。
同じでないのなら、きっと理解してはもらえないだろう。
だから、せめて実益のある関係くらいは維持したい。
魔族パーティーを居心地良く感じているのは、彼女とて同じなのだから。
けれど、
「別にお前を仲間外れになんてしねぇよ」
ウルフは、あっけらかんとそう言った。
「その顔見りゃ、お前もお前で辛かったんだろうなってことはわかる。
オレ達の気持ちだって、普通の奴らはきっと理解できずに唾を吐いてきやがるんだ。
なら、普通の奴に理解されない者同士ってことで、オレ達は多分同類だろ。
同類同士、仲良くやろうぜ」
そうして、ウルフはニカッと笑った。
含むところがまるで無いように見える笑顔。
どうしようもない外道に、それでも向けてくれる笑顔。
正当な理由がある復讐者という、ちゃんと世間に理解はしてもらえるだろう者達にはあれほどの憎悪をぶつけたというのに、世間に理解してもらえないだろう自分には、こうして屈託の無い笑顔を向けてくれる。
正道に唾を吐き、そこから外れてしまった外道を肯定してくれる。
ああ、『吸血公』の言う通りだ。
この笑顔は、どうにも心地が良すぎて困る。
「うふふ。あなた、ジゴロとか言われませんか?」
「何故か言われるな。ミャーコの奴に。不思議だ」
「あらあら、浮気はいけませんね」
その時、フォックス・カンパニーで仕事をしていたミャーコの背筋に悪寒が走った。
嫌な予感を覚え、通信機能でウルフに連絡を入れる。
しかし、彼の通信機能は、戦闘中に受信したら気が散って命取りという理由でオフになっていたので、ミャーコの通信が届くことはない。
彼女は不安に苛まれた。
後で悪寒の真相を知ったら、殴っても許されるかもしれない。
「ウルフさん、それとエドワードさんとオードリーさんにも、今度何か作ってきます。
もっとも、わたくしは刃のついた武器しか作れないので、お三方にとっては実用性に欠けてしまうかもしれませんが……」
「構わねぇぜ! さっきのやつはカッコよかったからな! たとえ使えなくてもカッコよさは正義だ!」
「友好の証と言うのであれば、素直に受け取らせてもらおう。代わりに、私も何かお返しを考えておく」
「……どうしてもって言うなら、貰ってあげなくもない」
「そういうことであれば、真っ先に大鎌を貰ってしまった私も、何かお返しを考えなくてはいけませんねぇ」
何やら、プレゼント交換みたいな雰囲気になってきた。
あえて、もう一度言おう。
仲良しかよ。
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