35 ドラゴンスレイヤー
「おらぁあああ!!」
「死ねや経験値どもぉおおおお!!」
海の大迷宮第七階層。
攻略組の片翼『ドラゴンスレイヤー』の精鋭達は、約50人という大軍で大迷宮内を突き進んでいた。
これだけいると経験値が分散されまくってしまってもどかしいが、この数を揃えなければ群れた魔族に対処できないのだから仕方ない。
効率を求めて全滅しましたでは、せっかく稼いだ経験値も無駄になる。
これでも数百人で行進している攻略組本隊よりはマシだ。
向こうを指揮する『聖女』の方針は『人命第一』。
必要な時にはリスクを冒すが、できる限りは安全策を取ろうとするのが、彼女の良いところであり悪いところでもある。
おかげで海の大迷宮を開放するのに三年もかかった。
今のペースだと、この大迷宮を攻略するのにも数年かかるだろう。
だが、ドラゴンスレイヤーは違う。
安全確保は最低限。
最低限でもこんな大所帯に膨れ上がってしまったのは遺憾だが、とにかく安全よりも効率を優先する。
何故なら……。
「ああ、くそっ! 足りねぇ! こんなんじゃ足りねぇ!」
「もっとだ! もっと殺すぞ!!」
「「「おおおおおおお!!」」」
誰かが言った殺戮宣言に、多くのメンバーが同調して雄叫びを上げる。
彼らの表情は鬼気迫っているというか……正直、狂気すら感じる。
「もっと強くなって、必ずあいつらをぶっ殺すぞ!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
ドラゴンスレイヤーは叫ぶ。
怒りを込めて、憎しみを込めて、決意の雄叫びを上げる。
彼らは━━
攻略組の片翼なんて呼ばれているが、彼らはゲームクリアなんて目指していない。
ただ、極悪非道の連中を殺したくて殺したくて仕方ないから戦っている。
ドラゴンスレイヤーに所属しているのは、ここが一番奴らを殺せる可能性が高いからだ。
攻略組の片翼と呼ばれるくらいに戦力が充実していて、他の大手ギルドが『PKは可能なら捕まえて投獄』を基本方針にしているのに対して、ドラゴンスレイヤーは積極的なPKの殺害、いわゆる
だから、このギルドの一員として戦うのだ。
安全なんてかなぐり捨てて、怒りと憎しみを原動力に、死にものぐるいで戦うのだ。
「あ、あの、ジーク……」
そんな復讐者達を見て、ドラゴンスレイヤーの幹部の一人である幸薄そうなエルフの魔法使い、『電撃』のクリームなんて呼ばれている女性は。
熱狂するメンバーを無表情に眺めている、獅子のビーストマンの少年。
ギルドマスター『竜殺し』ジークフリートに、恐る恐るといった様子で声をかけた。
「本当に、これで良かったのかな……」
クリームは暗い顔でそう言った。
彼女はこのギルドの古参だ。
だからこそ、知っている。
元々のドラゴンスレイヤーはこうじゃなかった。
通常プレイ時代は言うに及ばず。
デスゲームが始まって、一度は壊滅寸前にまでメンバーが減り、そこから『もう引きこもってるのは嫌だ! 俺達もシャイニングアーツに続く!』と奮起した者達が、かつての大手ギルドという看板に釣られて集まって、どうにか建て直した新生ドラゴンスレイヤー。
あの頃も、まだこのギルドはまともだった。
しかし、先代のギルドマスターが迷宮攻略で戦死し、トッププレイヤーと呼べる存在がいなくなり、彼に代わってギルドの柱となれる存在を求めて、クリームは通常プレイ時代のフレンドだったジークフリートを頼った。
そこから、ドラゴンスレイヤーは変わっていった。
ジークフリートは確かに、クリーム達の期待に応える活躍を、否、期待を遥かに超える活躍をしてくれた。
ソロプレイで磨き上げた圧倒的なレベルとプレイヤースキルを存分に振るい、迷宮を攻略し、遅いくるPK達を叩き潰し、魔族すらも討伐して、彼の活躍に惹かれた者達を続々と加入させて、ドラゴンスレイヤーを一気に攻略組の片翼にまで急成長させた。
だが、そのためにジークフリートはかなりの無茶をした。
安全よりも効率優先で戦い、迷宮を攻略したものの、PK達に迷宮の鍵を破壊されることだって何度もあった。
鍵を失ってもボスを倒して得た経験値は無駄にならず、何度もリトライして、その度に生き残った者達のレベルは上がっていったが、ついて行けないとギルドを去ったメンバーも大量にいる。
失った戦力を補充するためにジークフリートが目をつけたのが、恨み辛みを募らせた復讐者達だ。
勧誘された彼らは、我が身を顧みないレベリングで強さを求める姿勢と、復讐を許容してくれるジークフリートに心酔した。
この頃は、まだドラゴンスレイヤーに見切りをつけられなかった古参メンバー達が残っていたので、復讐者組とまとも組でギルド内に二つの派閥が出来上がり、ギリギリまとも要素が残っていた。
そのまとも要素が決定的に壊れたのが、前回の十五個の鍵を巡った戦いだ。
あれでまともだった古参メンバーも多くが死に、生き残った者達が復讐の狂気に飲まれ、更にあの戦いで仲間を失った者達を大量に勧誘したことで、一気にギルド内の復讐者比率が跳ね上がった。
もはや、対人戦より対モンスター戦を得意としていた頃のドラゴンスレイヤーの面影は無い
まともなのは、憎しみよりも仲間達への恐怖が先行して復讐心に飲まれなかったクリームを含む数人程度。
それもいつまで保つか。
クリームはジークフリートを勧誘してしまったのが自分だという責任感だけで、このギルドにしがみついている。
その程度の意志で、集団心理で染めようとしてくる狂気にどれだけ抗えるか。
近いうちに限界を迎えて染まるか、あるいは逃げ出してしまう予感しかしない。
だから、クリームは今のうちにジークフリートに問いかけた。
ドラゴンスレイヤーをこんな風に変えた彼に、本当にこれで良かったのか、本当にこれがあなたの望みだったのかと。
そんな問いかけに対して、最強のプレイヤーの一人と呼ばれる少年の答えは……。
「安心しろ、クリーム。俺達は『正義』だ。
正当な大義のもとに悪を断罪し、この狂った世界から皆を解き放つ『英雄』だ。
何も心配することは無い」
「…………そっか」
ジークフリートは、別に復讐の狂気に飲まれているわけではない。
ただ、復讐者達を利用しているだけだ。
狂気に飲まれず、狂気を利用しているはずの彼こそが……実は一番狂っているのかもしれない。
復讐ではない何かに取り憑かれたようなジークフリートの横顔を見て、クリームはそんな風に思ってしまった。
自分がいなくなった後、歯止めが利かないドラゴンスレイヤーがどこまで行くのか。
クリームは恐ろしい未来予想に対する恐怖と、彼を勧誘してしまった者としての罪悪感で震えが止まらなくなった。
「『索敵』に反応あり! 次が来るぞ! 数は三体!」
「三体か……って、おいおい。随分可愛いお客さんだな」
「「「きゅーい」」」
と、その時、新しいモンスターが現れた。
水面から顔だけを出して泳いでくる、三体のイルカだ。
水族館の人気者。
愛らしい顔で戦意を削いでくる強敵だった。
「見たことねぇ奴らだし、レアモンスターかもしれねぇ! 狩るぞぉ!!」
「「「おう!!」」」
しかし、可愛くてもモンスターはモンスター。
一部のメンバー以外は微塵の躊躇もなく、イルカ達に魔法や弓矢を向けた。
復讐に取り憑かれ、彼らを経験値としてしか見れなくなっている。
いや、復讐云々に関係なく、この場ではそれが最適解なのだが。
「「「死ねぇ!!」」」
「「「きゅ」」」
放たれる遠距離攻撃の嵐。
だが、イルカ達は瞬時に水底に潜ることによって回避した。
「逃がすか!」
何人かが追撃をかけるべく、水面に向けて走っていく。
雷魔法の使い手達だ。
大抵の魔法は水の中で威力が減衰するが、雷魔法は逆に強力になる。
通電が再現されているのか、水の中全体に攻撃が行き渡るのだ。
水面に撃っても電撃が表面を流れるだけだが、水に杖を突っ込んで行使すれば、水中の敵を一網打尽にできる。
うっかり水に触れていると自分も感電するので、そこは注意が必要だが。
「お前は行かなくていいのか?」
「わ、私はちょっと……」
『電撃』の二つ名を持つほどに雷魔法を鍛え上げているクリームもジークフリートに追撃を勧められたが、ちょっと今は可愛いモンスターを虐殺する気力が無かった。
何人も行ったし、自分が行かなくても大丈夫だろうという気持ちもあった。
……しかし。
「きゅきゅー!」
「ぐぇ!?」
クリームの予想は外れた。
水面に杖を突っ込んだ雷魔法使いの一人が、強烈なアッパーカットを食らって吹き飛ぶ。
彼はINT(知力)極振りで、VIT(防御)をあまり上げていない魔法使いだったことが災いし。
人体急所である首から上に渾身の一撃を食らってしまったことも相まって、一発でHPを全損した。
一人のプレイヤーがデータの塵となり、消える。
「え……?」
「「きゅきゅ!」」
「あがっ!?」
「ごはっ!?」
それに呆然としているうちに、また二人やられた。
今度の二人は被弾した時のためにVIT(防御)を少しは上げていたので、一撃死はしていない。
だが、一撃でHPの七割以上を消し飛ばされている。
三人がやられるまで、僅か二秒弱。
そこでようやくドラゴンスレイヤーは正気に戻り、仲間の仇に武器を向けた。
「な、なんだこいつら!? 気色悪っ!?」
「「「きゅーい」」」
仲間を殺したのは、さっきの三体のイルカだった。
しかし、さっきと同じ目では見れない。
仲間を殺してくれたからというのもあるが……奴らの姿が思っていたのと全然違ったからだ。
「うっ……!」
さっきは水面から頭しか出していなかったから気づかなかったが、こいつらイルカなのは頭だけで、首から下は人間体だ。
それも、未来から来た殺戮ロボット並みの筋肉の塊。
筋肉モリモリマッチョマンの変態だった『
頭上に表示される名前は『マッスルドルフィン』。
愛らしい顔と声との恐ろしいまでのギャップに、先ほどあれを可愛いと思ってしまったクリームは、猛烈な吐き気に襲われた。
「「「きゅきゅー!」」」
「うわぁ!? こっち来たぁ!?」
「おえっ!?」
イルカを冒涜するがごとき、あまりにもあんまりなビジュアルに、復讐者達は今までとは別種の精神攻撃を食らって動きが乱れた。
……だが。
「情けない。『ブレイクソード』!!」
「きゅ!?」
ギルドマスターである『竜殺し』ジークフリートが即座に動き、大剣の必殺スキルでマッスルドルフィンを真っ二つにした。
残り二体のマッスルドルフィンは警戒するように距離を取り、ジークフリートはこんなのに動揺させられた仲間達に活を入れる。
「お前達! こんな悪ふざけに翻弄されるなんて、情けないことこの上な……」
「ギルマス! 新手です!」
しかし、ジークフリートの言葉を遮るように『索敵』持ちが声を上げた。
見れば、マッスルドルフィンが現れたのとは反対方向の水面から、巨大な亀が浮上してきていた。
見覚えがある。
あれは階層間を移動する、極端に数の少ないレアモンスター……。
「ビッグタートルか!」
「ボォオオオオオオオオ!!!」
巨大な亀、ビッグタートルが咆哮を上げ、その口の中に水流が渦巻いた。
ブレスの予備動作。
「迎撃しろ!」
「は、はい!」
ジークフリートの指示に従い、クリームを始めとした魔法使い達がビッグタートルに杖を向ける。
「『ダークネスレイ』」
「何っ!?」
だが、本命の一撃は全く違う方向から放たれた。
マッスルドルフィンが出てきた方向とも、ビッグタートルが浮上してきた方向とも違う場所から、とんでもない威力の闇の光線が襲ってきた。
それに飲まれて何人もがデータの塵になって消える。
「くっ……!」
なんとかジークフリートが大剣を振るい、超遠距離から放たれたせいで威力の減衰した魔法を両断したが、少なくない被害が出た。
「ーーー!!!」
そして、ビッグタートルの方も攻撃を待ってはくれない。
渦巻く水流のブレスがドラゴンスレイヤーに叩き込まれる。
「『ライジングボルト』!」
「!!!?」
しかし、さっきの闇の光線に比べれば弱々しい攻撃だ。
威力でも相性でも上回るクリームの雷魔法が水流のブレスを押し返し、そのままビッグタートルに直撃した。
ブレスである程度は相殺できただろうが、水棲系モンスターに対して効果抜群の雷魔法、それもトッププレイヤーの一人であるクリームの魔法の直撃。
耐久力が自慢のビッグタートルも無事では済まず、一撃でHPの一割が消し飛んだ。
……だが、敵の本命はそのどれでもなかった。
「『インパクトスマッシュ』!!」
「『三日月斬り』!」
「『デスサイズキル』!!」
「「「ッッ!?」」」
今までの襲撃と攻撃、その全てが陽動。
本命は各方面に意識を散らされたこちらにの懐に、ブレスと魔法の派手なエフェクトと轟音を隠れ蓑にした三人の化け物が潜り込むこと。
まるで十五個の鍵を巡る戦いの時のような、陽動&不意打ち作戦。
モンスターとは比較にならない、悪意に満ちた攻撃。
「よぉ! 喰い殺しに来てやったぜ! クソ野郎ども!」
三つの必殺スキルで甚大な被害を被ったドラゴンスレイヤーに対して、漆黒の人狼が牙と殺意を剥き出しにしながら咆えた。
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