36 竜をも殺す者達
魔族パーティーの作戦は成功した。
ビジュアルにインパクトがあり過ぎるマッスルドルフィンを先行させて注意を引き、別方向からカメ吉を向かわせて更に注意を引く。
彼らは海の大迷宮でテイムしたモンスターなので、ここまでなら魔族の仕業と勘づかれることはないだろう。
そして、カメ吉のブレスを見せ札として使い、魔法使い達にその対処を強いたところで、『闇妖精』の魔法をドーン。
混乱したところにカメ吉のブレスを叩き込み、それが迎撃されるエフェクトを目眩ましにして、ウルフと『鬼姫』と『死神』が突撃。
『索敵』のスキルは敵の存在を発見はできても、その種類まではわからない。
モンスターなのか、魔族なのか、PKなのかもわからない。
その特性を利用し、モンスターの仕業に見せかけて、こっちの戦力を誤認させて奇襲を成立させた。
「やられたな」
『竜殺し』ジークフリートが、あたりを見渡しながらそう言った。
今の奇襲だけで、50人のうち30人は倒された。
やられた30人の中の10人は死んでいる。
プレイヤーはしぶとい。
腹に穴が空こうが、半身が吹き飛ぼうが、HPさえ残っていれば死にはしない。
それが一瞬で10人も殺され、20人が戦闘不能にされた。
初撃の成果としては大成功も大成功。
……だが。
「『
「『鬼姫』に『死神』までいやがる……!」
「ありがてぇ……! 俺の親友はあの骸骨にやられたんだ……! ようやく仇が討てる……!!」
残った20人は、ほぼ全員がまるで戦意を喪失していなかった。
クリームだけは顔を真っ青にしているが、残りは皆、殺意マックスのやる気全開だ。
死んだ仲間も、倒れて激痛に呻く仲間も、目に入っていないのではないかとさえ思わされる凶相。
「なるほど。確かに、前回とは大分違ぇな」
ウルフはそんな彼らを、実に冷ややかな目で見た。
復讐心を向けられても、同情も反省も後悔も感じはしない。
感じるのは奴らと同じ、ひたすらの殺意のみ。
「魔族が三人。いや、さっきの魔法を見るに『闇妖精』もいるか。
『闇妖精』がいるってことは、多分『吸血公』もいるよな。
魔族が五人。凄い戦力だ。
ああ、まったく、
敵の首魁『竜殺し』がニヤリと笑った。
仲間が死んでいるのに、倒れているのに、全く気にした様子もなく、大剣の切っ先をこちらに向ける。
「━━全員討伐するぞ! 勇敢なる仲間達よ、俺に続け! 共に大悪を討ち倒した『英雄』となろう!」
「「「うおおおおおおおおおおお!!!」」」
ドラゴンスレイヤーが雄叫ぶ。
殺意の咆哮を上げながら、残った20人が三つに分かれて、ウルフ、『鬼姫』、『死神』に向かってきた。
比率としてはウルフに5人、『鬼姫』に6人、『死神』に9人。
これは多分、戦略的なチーム分けじゃない。
それぞれが恨んでる相手に突撃しただけだ。
「うふふ。気概のある相手は好きですよ。斬り甲斐があって!」
「私はもっと絶望して泣き崩れてくれるのが好みなんですがねぇ……」
同じ快楽殺人鬼でも趣向が違うのか、『鬼姫』は生き生きと、『死神』はややげんなりとしながら迎撃を開始した。
「かかって来いよ、カスどもぉ!!」
ウルフに関しては、やる気など心配する必要もない。
彼の攻略組への殺意はいつでもマックスだ。
まして、今回は海の大迷宮を開放された時の恨みも加算されて、殺意120%。
ドラゴンスレイヤーにも勝る咆哮を上げながら、獣化発動中で漆黒の人狼となったウルフが駆ける。
「「「死ねぇ!!」」」
「うるせぇ! テメェらが死ねぇ!!」
ウルフの拳が先頭を走っていた盾持ちに叩き込まれ、彼は盾ごと拳にぶち抜かれて一撃で死んだ。
レベル70に至ったウルフの獣化状態での一撃だ。
半端なステータスでは受けられない。
「ハァ!!」
「ぎっ!?」
「ぶべっ!?」
ウルフはあっという間にもう二人潰し、自分に向かってきた最後の二人へと接近する。
残る二人のうちの一人は『竜殺し』、もう一人は杖を構えたクリーム色の髪の女。
女の方はわからないが、『竜殺し』は最強のプレイヤーの一人と呼ばれる男だ。
瞬殺したザコどものようにはいかないだろう。
「らぁああああ!!」
相手を侮らず、ウルフはまず体重の乗っていない軽めの拳を牽制として放った。
ボクシングのジャブのようなものだ。
三年も戦っていれば、独学でも多少の駆け引きくらい覚える。
武術の達人だった『
「ふっ!」
だが、駆け引きに関しては、向こうの方が遥かに上だ。
ジークフリートはウルフの左拳をサイドステップで回避。
回避行動を取りながら力を『溜め』、ウルフの腕の外側から必殺スキルを繰り出した。
「『クロスブレイド』!!」
「!」
☓字を描く二連撃の斬撃を高速で繰り出す必殺スキル。
そこそこ強力で、その分溜め時間も数瞬ではなく数秒は必要な必殺技。
それを、かなり的確なタイミングで繰り出してきた。
恐らく、仲間がやられるまでに稼いだ僅かな時間を溜め時間に使ったのだろう。
仲間を肉壁扱いする姿勢はともかくとして、必殺スキルの使い方が上手い。
基本的に自前の技術で戦い、必殺スキルは補助程度にしか使わない『
ジークフリートは、通常プレイ時代初期からこのゲームをやり込んできた廃ゲーマーである。
純粋な技術では武術や剣術の達人である『
……とはいえ。
「ふん!!」
放たれたクロスブレイドを、ウルフは即座に引き戻した左腕を盾にして防ぐ。
リーチが短い代わりに、取り回しがしやすくて回転率が速いのが徒手空拳の強みだ。
加えて、さっきの拳が牽制の軽い一撃だったからこそ、即座に引き戻せる。
クロスブレイドは強烈で、ガードの上からでもウルフのHPを削ったが、それも致命傷どころか重傷にすらならない軽傷。
レベル差と獣化による、圧倒的な防御力が為せる業だ。
ジークフリートと同じく最強の一角と呼ばれる『刀神』ですら、獣化したウルフを相手にしては防戦一方だった。
なら、この結果は至極当然。
「くたばれ!!」
ウルフが温存していた右拳に力を込め、攻撃直後の隙を晒すジークフリートに殴りかかる。
……だが。
「『ボルティックランス』!」
「!」
奥にいたクリーム色の髪の女が、ウルフ目がけて雷の魔法を放つ。
頭の中にアラートが響き渡った。
『危機感知』のスキルによる警告音。
それがそこそこの音量で鳴るということは、この雷の槍は今のウルフでも、食らえばそれなりのダメージを受ける攻撃であるということ。
間違いなく並の攻略組が放てる攻撃じゃない。
彼は咄嗟に飛び退いて雷の槍を避けた。
「テメェ、トッププレイヤーだったのか……! 覇気が無さすぎて、まんまと騙されたぜ……!」
「うっ……。よ、弱そうですみません……」
思わず謝ってしまうクリーム色の髪の女こと、『電撃』のクリーム。
表情も雰囲気も本当に弱そうに見えるが、古参プレイヤーとしての確かな力量を認められ、経験値を得る機会を優先的に回された彼女のレベルは58。
このメンバーの中では、ジークフリートに次ぐ高レベルだ。
(さっき、カメ吉のブレスを押し返したのは、こいつの魔法か。見てなかった)
カメ吉がブレスを放った時、ウルフ達は『吸血公』の使役獣達に牽引されながら水中を猛スピードで移動していた。
おかげで、ウルフ達の『隠密』を見抜けるほど高レベルの『索敵』持ちの声が、ブレスと魔法の轟音にかき消されている間に奇襲できたのだが、代わりに迎撃の魔法が放たれる瞬間を目撃できていなかったのだ。
「まあ、別に構わねぇ。たった二人のトッププレイヤーで、オレに勝てると思うな!!」
ウルフが強気に咆える。
別に強がりでも敵を侮っているわけでもなく、レベル差を考えた上での当然の結論だ。
敵のレベルは60前後。
第七階層ごときでモタモタしているということは、ミャーコの情報に間違いは無いだろう。
対して、こちらはレベル70+魔族の力全開だ。
『MP自動回復』のスキルレベルも随分と上がった今、獣化もかなりの長時間保つ。
これで負けるのなら、もうどこを反省すればいいのかすらわからない。
「確かに、俺達二人じゃ、お前には勝てないだろうな」
ジークフリートはその事実を認めた上で━━ニヤリと笑った。
「だが、誰が俺達二人だけで相手すると言った?」
「は? ……ッ!?」
その瞬間、ウルフに襲いかかってきたのは、無数のゾンビ達だった。
いや、ゾンビと見間違いそうになるほどボロボロのプレイヤー達だった。
最初の奇襲で倒し、即座に戦闘可能な状態にまで回復するのは無理だろうと判断して、トドメを刺すのを後回しにしていた奴ら。
それがボロボロの体を、激痛が走ってるだろう体を引きずりながら、ウルフに特攻を仕掛けたのだ。
「俺達は『ドラゴンスレイヤー』。竜すらも殺す者達。たとえ塵になろうとも、強大な怪物であるお前達と刺し違える覚悟がある」
「「「死ねぇ!! クソ野郎ぉ!!」」」
復讐の狂気に駆られた者達が、ウルフに向かって押し寄せる。
ブチ切れてる奴が一番怖い。何をするかわからないから。
底知れない怒りを攻略組に抱く自分の行動を振り返って、ウルフは同じく怒りに支配されたドラゴンスレイヤーを警戒していた。
なのに……。
「……チッ。悪かったなぁ。我ながら腑抜けたこと考えてたぜ!!」
初撃で相手を瓦解させ、調子に乗って警戒が緩んでしまっていた。
ウルフはそんな腑抜けた思考に活を入れ、兜の緒を締め直して、向かってくる復讐者どもに牙を剥いた。
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