32 打ち上げ

「ってことで、カンパーイ!!」

「「「「カンパイ」」」」


 海の大迷宮から帰還した後。

 近場の村に直行して、宣言通りフカヒレを持ち込んで打ち上げを始めた魔族パーティー。

 ちなみに、使役獣は召喚獣同様に消したり召喚したりできるので、亀を迷宮に置き去りにしてたりはしない。


「まさか一日で第三階層まで行けるとは思わなかったなぁ! カメ吉様々だぜ!」

「だから、カメ吉はやめろと。奴の名前は今から考える」

「カメ吉……可愛い」

「オードリー!?」


 いつもウルフに噛みついていた妹のまさかの裏切りに、『吸血公』は驚愕の声を上げた。

 いや、良い傾向ではあるのだが。

 しかし、やっぱりカメ吉はちょっと……。


「いいじゃないですか、カメ吉。わたくしも可愛らしいと思いますよ」

「昔飼っていたミドリガメに同じ名前をつけましたねぇ。途中で沼に離してやりましたが、果たして彼を天寿を全うできたのかどうか……」

「あら? それ条例違反ですよ?」

「え?」


 こっちはこっちで、『死神』が骸骨の顎を外さんばかりに驚愕していた。

 どうやら知らなかったらしい。

 ペットを野生に逃しちゃダメ、絶対。

 なお、彼は舌も胃袋も無いはずの骸骨の体だが、普通に飲み食いができる。

 そこらへんはゲームということだろう。


「まあまあ! 現実世界の法律の話なんざどうでもいいじゃねぇか! オレ達は魔族! 罪なんざ犯してなんぼだ!」

「そ、そうですよね。魔族万歳!」


 『死神』はごまかすように万歳と叫んで、酒を一気に飲み干した。

 この場で一番多くの人を殺しているはずなのだが、今の彼は小市民にしか見えない。


「……それにしても」


 『鬼姫』は静かにお酒を嗜みながら、『死神』と一緒に酒を飲んで「背徳感!」とか言いながら盛り上がっているウルフにチラリと目を向けた。


「今日一日で、なんだかウルフさんの印象が変わりましたね」


 初めて会った十五個の鍵を巡る戦いの時。

 その時の彼女のことは、粗暴で冷酷な殺戮者にしか見えなかった。

 一見すれば快活にも見えたが、本性はひたすらに攻略組の死を望み、狂気を秘めた目をして戦い続ける悪魔。

 それが『鬼姫』が『殺戮魔狼ウェアウルフ』という魔族に対して抱いた印象だ。


 なのに、今日はどうだ?

 集合場所では幼女を撫でてウザがられ、道中では打ち上げを開こうなんて言い出し、今は酒を飲んで楽しそうに騒いでいる。

 まるで普通の、まともな人間だ。

 それでいて、自分のような破綻者のことを、警戒はしても敵視はしない。

 なんというか、チグハグに感じるというか。


「恐らくは、あれがウルフの素なのだろう。

 殺戮は必要だからしているだけ。

 しかし、己が殺戮を肯定したのは変わらないから、同類である私達のような輩にも何か事情があったのだろうと考えて否定しない。

 否定しないから、ああして普通に接してくる。

 奴は少々、持っている常識というものが一般人と違う」

「エドワードさん……」


 ほろ酔い気分の『鬼姫』に、妹がウルフに捕まって手が空いた『吸血公』が話しかけてくる。

 妹の方は店内で魔法を使うのはマズいと思ったのか、それとも料理がダメになることを恐れたのか、珍しく魔法での迎撃を自重していた。

 結果、頭をワシャワシャされ放題になっていた。

 可愛い。中身の凶悪さを考慮しなければ。


「『常識とは、18歳までに身に着けた偏見のコレクションである』」

「偉人の名言ですね。いきなりどうしたんですか?」


 とある天才科学者の名言をいきなり口にした『吸血公』に、『鬼姫』は訝しげな目を向ける。


「いや、ウルフと出会った頃、奴は自分のことを中学生だと言っていてな。

 奴は18歳になる前に、殺戮というものを肯定した。

 だから、常識が一般人と違うのではないかと思っただけだ」

「中学生、ですか……」


 これには『鬼姫』も驚いた。

 『殺戮魔狼ウェアウルフ』の情報はデスゲーム開始直後から広まっていたが、悪名が轟くほどの殺戮を繰り返した大悪党が、当時はただの中学生だったとは。

 それが本当なら、まさに驚愕すべきことだ。

 けれど、なるほど。

 常識が形成され終わる前の思春期に、あんな常識外れにもほどがある経験を繰り返せば、かなり歪な常識を持った存在が誕生してもおかしくはないのかもしれない。


「奴は言っていた。自分はこの世界を守るために戦っていると。

 現実世界は辛すぎて、絶対に帰りたくないと。

 だから、この世界を終わらせようとする攻略組が許せない。殺してでも止めるのだと」

「……なるほど。それがウルフさんの行動原理ですか」

「ああ。あの言葉に嘘は無いと思っている。

 私達が攻略組の敵である限り、私達がどんな外道であろうと、奴は私達の味方だ。

 ……外道に堕ちても普通に接してくれる存在が嬉しくてな。

 恩を差し引いても、どうにも力を貸したくなってしまう」

「…………」


 優しげな顔でじゃれ合う妹とウルフを見ている『吸血公』の横顔を見て、『鬼姫』は少し考えた。


(嬉しい……ですか)


 それは……自分も確かに思っていたかもしれない。

 どうしても抑え込めなかった欲求を爆発させてしまい、非道に走り、もうこんな自分は誰にも受け入れられないと思っていた。

 けれど、今日のパーティーを組んでの迷宮攻略は楽しかった。

 久しぶりに、屈託の無い顔で笑えた気がする。


 彼女は確かに破綻者だ。

 だが、破綻者でも人間だ。

 人間なら、人恋しくなることだってある。

 好きで壊れたわけでもないのだから。


「……本当にウルフさんは、こんなわたくしの敵にならないのでしょうか」

「攻略組の味方になったり、奴の唯一の『本当の友達』に手を出さない限りは大丈夫だろうな」

「本当の友達?」


 『鬼姫』はウルフのことを見る。

 死んだ目をした『闇妖精』を抱っこしながら、『死神』と共に一升瓶を一気で飲んでいた。


「ぷはぁ! やるじゃないですか、ウルフさん! 飲みっぷりしか褒めるところが無いと言われたこの私と張り合うとは!」

「随分と悲しいこと言うじゃねぇか! 攻略組をぶっ殺しまくってくれる今のお前は、褒めるところの塊だぞ!」

「嬉しいですねぇ! もっと飲め!」

「おう!」


 『死神』も実に楽しそうにしていた。

 なんとなく、彼とは同類の匂いがしている。 

 何かしらの欲求を抑えられず、道を外れてしまった者の匂いだ。

 道を外れてしまった者にとって、自分を肯定してくれる存在は得難い。

 見失ってしまった道の代わりに、ここにいていいと思わせてくれるから。

 もしかしたら、彼も似たような気持ちなのかもしれない。


「ウルフさん」

「ん? どうした、『鬼姫』? お前も飲むか!」


 ウルフが一升瓶を差し出してくる。

 『鬼姫』はそれを受け取り、珍しく下品に一気に飲み干してみた。


「ぷはぁ!」

「おお!」

「やりますね、キリカさん! これは私も負けていられない!」


 『死神』がまた新しい酒を飲み始める。

 なんというウワバミ。

 ゲーム内でも『状態異常:酔い』は結構リアルに再現されているというのに。

 彼、明日大丈夫だろうか?


「ウルフさん……」


 けど、今はそれよりも。


「今度、お友達、紹介してくれませんか?」


 『鬼姫』は、酔いが回ってきた頭でそう聞いた。

 ウルフはキョトンとした顔になった後、『吸血公』の方を見て何かを察したようで。


「おう! 今度一緒にレベル上げ行こうぜ!」


 ニカッと笑ってそう言った。

 後日。魔族パーティーに、攻略組への身バレ対策で変装した仲間が一人増えた。

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