31 亀

「ボォオオオオオオオオ!!!」


 頭上に『ビッグタートル』という名前の表示された亀が、ブレスの照準をこちらに向ける。

 またしても、そのまんまなネーミングだ。

 やはり、救世高徳にネーミングセンスは無いのかもしれない。


「任せろ!」


 そんなそのまんまな名前の亀に向かってウルフが跳躍。

 倒してしまわないように獣化は使わず、亀の額を上から殴り飛ばした。


「おらぁ!!」

「ッッッ!?」


 ウルフのパンチによって亀の口が無理矢理閉じられ、ブレスが口の中で爆発する。

 しかし、パンチと自爆のダメージを足しても、亀のHPは一割も減らない。

 確かに手加減はしていたが、それでも最凶の魔族の攻撃を食らってこれとは、凄まじく頑丈な亀だ。


「いいな! オレ達のペットなら、強い方が好きだぜ!」

「あの硬さ、どう考えても普通のモンスターではありませんね」

「エリアボス、あるいはレアモンスターでしょうかね?」

「『オレ達の』じゃなくて、兄さんのペット」


 ウルフの発言に文句を言いながら、次は『闇妖精』が攻撃を放った。


「『ダークスラッシュ』!!」

「!!!?」


 斬撃の形をした闇の魔法が、亀の右前足を斬り飛ばした。

 亀が痛がるように悶えながら倒れる。

 まあ、全てAIによって決められたモーションなのだろうが。


「おいおい、そんなに傷つけちまっていいのか? この後、乗り物にするんだぞ?」

「手足も治せる回復魔法があるから平気」

「そういうわけだ。できれば四肢をもぎ取ってダルマにしてしまってくれ」

「ほほう。そういうことでしたら遠慮なく」


 斬っていいと言われて嬉々として動き出したのは、やっぱりと言うべきか『鬼姫』。

 彼女は大事に大事にしている愛刀を振るい、亀の左前足を狙った。


「『飛斬』!」

「!!!!!」


 飛翔する斬撃、僅かな溜め時間と少しのMPで放たれた下位の必殺スキルが、亀の左前足を簡単に切断する。

 それなりに強い魔法を撃っていた『闇妖精』と違って、下位の必殺スキルであれだ。

 凄まじい斬れ味だった。


(あれがあいつの固有スキルか?)


 魔族になると合計で500ポイント分、つまり10レベル分のステータスが上がり、『再生』『HP自動回復』『MP自動回復』のスキルが手に入る。

 そして、もう一つ、個々人で違う固有のチートスキルが得られる。

 ウルフの場合は『獣化』で、『吸血公』の場合は『眷属召喚』、『闇妖精』は『闇属性強化』。

 あの二人はウルフが魔族になるのを手伝った相手なので、固有スキルのことも知っている。


 ウルフは、あの異様な斬れ味が『鬼姫』の固有スキルによるものではないかと睨んだ。

 まあ、敵対するつもりはないので、深入りしてまで探る気もないが。


「では、私はデバフを担当させてもらいましょう」


 次に動いたのは『死神』。

 禍々しい大鎌を構え、うっかり亀を仕留めてしまわないように、振るうのではなく杖のように構えて、大鎌の先から魔法を放った。


「『オールダウン』!」

「!?」


 悶える亀の動きが明らかに鈍った。

 道中でも使っていたが、あれは多分『呪魔法』だ。

 対象者を強化する『支援魔法』の真逆で、対象者を弱体化させる魔法。

 取得条件がかなり面倒で大変らしく、あまり習得してる奴は見ない。


 しかし、『死神』の使うそれは、普通の呪魔法に比べて随分と強力な気もする。

 単純に魔法の威力に直結するINT(知力)のステータスが高いのか、それともこれが彼の固有スキルなのか。

 彼とも敵対する気はないので、やはりこちらも深掘りする気はないが。


「ボォオオオオオオオオ……!!」


 亀が弱々しい声を上げた。

 『鬼姫』が残った後ろ足も斬ってしまい、もうブレスくらいしか攻撃手段が無いのだが、それも使おうとする度にウルフが頭を殴って阻止してくる。

 まさに、リンチ。

 魔族の名に恥じない極悪非道な戦い方。

 今回はモンスター相手だからまだいいが、普通に人間相手でもこれをするのが魔族クオリティーだ。


「よし、そろそろ始めよう。『ルーラーウィップ』!」

「!?」


 最後に『吸血公』が動き、鞭の必殺スキルで亀を叩き始める。

 ただの必殺スキルではない。

 この技は溜め時間も少し長く、そのくせ威力はゴミカスに等しいが、当たると『調教』のスキルの判定が入る。

 成功すれば、その場でテイム完了だ。


「どうだ?」

「ダメだな。もう一度だ。『ルーラーウィップ』!」

「!?」


 まあ、これが中々成功しないところが、テイマーが不人気な理由の一つだが。

 試行回数を稼ぐために『吸血公』は鞭で何度も亀を叩く。

 まさに本物の調教のような光景。

 しかし、これを一般プレイヤーがやろうと思ったら大変だろう。

 溜めの大きい必殺スキルを、強敵相手に何度も当てなければならないのだ。

 弱っていなければまず間違いなく失敗するし、かと言って痛めつけ過ぎると、この攻撃で倒してしまいかねない。

 絶妙なバランス感覚が要求される。

 今回は魔族どもが寄ってたかってダルマにしたので、こんな簡単な作業風景になっているが。

 やがて……。


「ボォオオオ……」

「お、なんか頭下げたぞ?」

「成功だ。今からこの亀は、私の使役獣となった」


 とうとうテイムが成功。

 伝説のポ○モン並みに何度も支配を弾いてくれたが、ようやくテイムすることができた。


「『ハイ・ヒール』。『ハイ・リペアヒール』」


 そして、『闇妖精』が回復魔法をかけて亀を回復させた。

 圧倒的なINT(知力)のステータスによって使われると、回復魔法の効果も段違い。

 亀はものの1分程度で全快し、魔族達の乗り物と化した。


「よろしくな、カメ吉!」

「カメ吉はやめてくれ。名前はあとで私がつける」


 それよりも乗れ。

 『吸血公』はそう言って、亀の背中に飛び乗った。

 亀が抵抗する様子は無い。


「ふふ。これで移動が楽になりますね」

「海の大迷宮で亀に乗ることになるとは。これは、ボス部屋が竜宮城になっているかもしれませんねぇ」

「兄さんに感謝して」


 そうして、魔族パーティーはイジメられていた亀ではなくイジメた亀に乗って、竜宮城ではなく迷宮の奥地を目指した。

 酷い浦島もあったものである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る