29 イカれたメンバー

「いやー、助かったぜ! 来てくれてサンキューな!」


 海の大迷宮へのファーストアタックの翌日。

 あの後、素直に撤退したウルフは、フレンド機能で協力者候補達に連絡を取り、一夜明けた今日になって、了承してくれたメンバーと落ち合っていた。


「兄さんを働かせるなんて万死に値する。殺す」

「言うな、オードリー。ウルフ、気にしないでやってくれ」

「わかってるよ。こいつが捻くれてんのは知ってるからな」

「兄さん以外が頭を撫でるな! 殺す!」


 耳の尖った褐色肌の幼女に魔法を撃ち込まれながら、ウルフはカラカラと笑った。

 幼女の方は、兄の「やめなさい」という言葉で素直に止まったので問題ない。


 海の大迷宮攻略に向けてウルフの頭に思い浮かんだ協力者は、この二人だ。

 『吸血公』エドワード・アリスト。

 『闇妖精』オードリー・アリスト。

 実の兄妹だという魔族の二人。


 魔法という遠距離攻撃に秀でたダークエルフである『闇妖精』が協力者として真っ先に思い浮かび、彼女から連想する形で、海の大迷宮での『吸血公』の有用性に思い至った。


 『吸血公』は『調教』というスキルを獲得したテイマーだ。

 野生のモンスターを使役することができる。

 それで海の大迷宮の中にいる遊泳に適したモンスターを手に入れられれば、あの海原を一気に渡れるのでは?

 ウルフはそう考えたわけだ。

 ちなみに、『調教』のスキルはとある町にいるテイマーのNPCから教わることによってのみ獲得できるので、魔族になる前に覚えていなければ、現時点では一生習得不可能。

 なので、ウルフが調教を覚えてモンスターを仲間にすることはできない。


「ふふ。誰かと一緒に迷宮攻略なんて久しぶりですね。とても楽しみです」

「私なんて初めてですよ。キリカさん、本日はよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします、デスターさん」

「……まさか、お前らも来てくれるとは思わなかったぜ。ダメ元だったんだがなぁ」


 丁寧に頭を下げ合う鬼と骸骨を見て、ウルフは苦笑した。

 『鬼姫』キリカ。

 『死神』デスター。

 魔族兄妹に声をかけるならということで、他の知り合いの魔族にもダメ元で声をかけたら、なんと全員が集まってしまった。

 仲良しかよ。


「それはそうでしょう。第二階層への案内をしてくれると仰るのですから。ねぇ、デスターさん」

「本当ですねぇ。快楽殺人鬼だって、損得感情で動くことはあるんですよ?」

「まあ、そりゃそうか」


 殺人鬼どもが言うと説得力が違う。

 というわけで、ここに夢の魔族五人によるパーティーが結成された。

 凄まじい戦力だ。

 シャイニングアーツと真正面から全面戦争ができそうである。


「じゃ、パーティー申請を送るぞ」


 四人に向けてパーティー申請のメッセージを送り、それを四人が受諾したことで、ここに魔族パーティーが結成された。

 パーティーメンバーのレベル、HP、MPといった情報が視界に浮かんで共有され、組んでいる間は誰が倒した獲物でも、経験値は五等分だ。

 ドロップアイテムも五等分という話も、昨日のメッセージで纏めてある。


「おお、ウルフさん、レベル62ですか」

「いやはや、お強い。レベリングの秘訣を知りたいですねぇ」

「それは私も興味があるな」

「……ズルい」


 四人がウルフに視線を向ける。

 ちなみに、彼らのレベルは『鬼姫』と『死神』が56、『吸血公』と『闇妖精』が52だった。

 全員が実質的なレベル上限である50を突破しているのはさすがだ。


「別に特別なことはしてねぇぞ。

 毎日大扉の周りを周回して、見つけたモンスターもプレイヤーも全員経験値に変える。

 予定のある日以外は一日も欠かさず、朝から晩まで狩りを繰り返す。

 それだけだ」


 ウルフは特に隠すことなく、彼らの質問に答えた。

 攻略組と絶対に相容れない魔族が強くなる分には、ウルフは大歓迎だからだ。

 しかし、まあ……。


「……なんというか、ストイックですね」

「昔の私の労働環境ばりじゃないですか。それを進んでやられるとは……」

「あの最悪の効率の中、よくやる」

「ウルフって、バカ?」

「誰がバカだ。学はねぇが、頭の回転自体は悪くねぇってお墨付きだぞ」

「頭をワシャワシャするなぁ!」


 失礼なことを言った『闇妖精』をモミクチャにする。

 そんなウルフを見て、多少は付き合いのあった『吸血公』以外の二人は意外そうな顔をした。


「んじゃ、海の大迷宮に向けて出発だ!」


 そうして、イカれたメンバーを引き連れたウルフは、海の大迷宮へと再びやってきた。

 昨日と同様、大扉の前には誰もいない。


「あら、残念。攻略組が出入り口を固めているやもと思っていたのですが」

「もしそうなら、とても楽しいことになっていたんですがねぇ」

「……兄さん、こいつら怖い」

「……諦めろ。今では私達も同じ穴のムジナだ」


 快楽殺人鬼二人組が残念そうにし、『闇妖精』がまるで普通の子供のように怖がり、この中では比較的常識人の『吸血公』が頭痛を堪えながら、『闇妖精』を自分の後ろに庇った。

 やっぱり、仲良しではなさそうだ。


「なぁ、もう少ししたら、攻略組が大扉の守りを固めてくると思うか?」

「半々といったところだと思いますよ」

「同意見だ。それができれば奴らにとって最良なのだろうが、そのために絶大な戦力を釘付けにするのはリスクが大きい」


 ウルフの質問に『鬼姫』と『吸血公』が答えてくれた。

 概ね、今後奴らがどう動くのかと聞いた時に、ミャーコが言っていた予想と同じ意見だ。


「我々が徒党を組んで突破してくることを想定するのなら、大手ギルドでも単独では戦力が足りない。

 複数のギルドが協力したとしても、いつ来るかもわからない敵を警戒して絶大な戦力が長期に渡って動けなくなり、いざぶつかってしまった時は多大な被害が出るとなれば、発生する不利益は想像を絶する。

 そんな貧乏クジを持ち回りで引くほどの団結力が向こうにあれば、やるだろうな」


 『吸血公』の解説を聞いて、「じゃあ、無理だな」と全員が思った。

 一応は攻略組の一角であるルナールと繋がっているウルフ以外は、敵の内情をそこまで知っているわけでもないが。

 それでも、それぞれが持っている情報網からの情報だけでも、大手ギルド同士が一枚岩ではないということくらいは知れる。


 しかし、向こうもいざという時は団結するというのを、この前の戦いでは思い知った。

 ゆえに、確率は半々とし、どちらの可能性も考えておく。

 それが最善だろう。


「ま、帰ってくる時にバリケードができてるかもしれねぇから、それは警戒しておくか」


 そう言って、ウルフは先陣を切って海の大迷宮へと入った。

 第二階層への道を知っている彼が先行しなければならないのだから、先頭を務めるのは当然。

 殺人鬼達に背中を任せるのは少々怖いが、まあ、それは仕方がない。

 ウルフは背後に警戒を払いながらも堂々とした足取りで、大迷宮の奥へ奥へと進んでいった。

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