28 海原を行く

「シャアアアアア!!」

「『アイアンフィスト』!!」

「シャ!?」


 必殺スキルによる強パンチでサメが散る。

 やっぱり、サメはいたのだ。

 泳がなくて良かった。


「ふぅ。大分潜ったな」


 ウルフは視界の端に表示されるミニマップを見ながら、そう呟いた。

 迷宮内では、自分の歩いた部分だけがこのミニマップに表示されていく。

 あちこち歩き回って、このミニマップの空白を埋めていくのがマッピングだ。

 この情報を紙に写し取れば、それが地図になる。

 もっとも、その地図が攻略組に渡ってしまったら嫌なので、ウルフには地図を描く気などサラサラ無いが。


(しっかし、ここまで潜っても、第二階層への階段どころか、エリアの端にすら辿り着かねぇか)


 ミニマップを見る限り、もう10キロ以上は歩いている。

 なのに、次の階層は影も形も見えないし、エリアの全容すらまるでわからない。

 階段が無いタイプの迷宮で、この大フロアを攻略したらいきなりボス部屋という可能性も無くはないが、さすがに大迷宮でそれをやるとは思いたくない。 

 恐らくは、1フロアだけでも異常に広いのだろう。

 『大』迷宮と言うだけのことはある。


(でも、出てきたのはピラニアとサメだけだったなぁ)


 ここまでの道のりで遭遇したのは大量のピラニーア、たまにサメこと『メガシャーク』が出てくるだけだ。

 メガシャークはそれなりに強かった。

 ウルフでも獣化を使わなければ一撃では倒せない。

 今までのフィールドであれば、奥地まで進まなければ出会えないレベルだ。

 水面から飛び出して噛みつきにきたところを殴ってるからいいものの、もしあれと水中戦をしたら、それなりに苦戦するかもしれない。

 つくづく泳がなくて良かった。


(レベルアップが遠いぜ……)


 しかし、その程度の相手を狩りまくったところで、ウルフのレベルは上がらない。

 確かに、今までのフィールドに比べたら経験値効率の良い狩り場ではある。

 それでも、せいぜい時給10円のバイトが時給15円になった程度。

 多分、ウルフのレベルは、この階層での実質的なレベル上限すら越えてしまっているのだ。

 半年足らずでレベル50に到達し、そこから二年半以上の間、時給10円のバイトのごとき苦行のレベル上げを延々と続けてきた成果ではあるが、なんとも物悲しい。


「お、宝箱発見」


 だが、良いこともある。

 宝箱の中身をいくつも回収できたし、集めれば金になりそうなピラニーアとメガシャークのドロップアイテムも随分と集まった。

 特に宝箱は一度中身が回収されると、再設置までにしばらく時間がかかる。

 まだ海の大迷宮が解放されてから数日程度。

 攻略組は前の戦いの後始末と、本格的な攻略に向けた準備で動けない。

 今のうちに、魔族の強さと継戦能力を活かして宝箱の中身を回収しまくり、奴らに嫌がらせをしなくては。


「お?」


 と、そこでウルフは、水が下へと流れていく穴のような場所を見つけた。

 よく見てみれば、穴の中には水に浸かった階段がある。

 第二階層への階段だ。


「運が良いなぁ」


 ミニマップを見るに、偶然別れ道の中から最短に近いコースを選べていたようだ。

 まだフロアの全容どころか輪郭すらわからないのに、もう階段を見つけてしまった。

 本当に運が良い。

 運が悪ければ、このフロアの探索だけでどれだけかかるかわからないのだから。


「行くか」


 まだ行けるはもう危険なんて言葉があるが、今のウルフはまだ行けるどころか、まだ全快だ。

 HPMPは満タン。

 ここまでアイテムに頼ることもなく、ミャーコが差し入れとして置いていってくれたアイテムは手つかずでアイテムストレージの中に入っている。

 気力もこの程度で消耗するほど柔じゃない。

 というわけで、ウルフは早速、第二階層に足を踏み入れた。



 第二階層も、見た目の雰囲気は第一階層と大差が無かった。

 相変わらずの薄暗く、足下には水が流れている。

 だが、少し進んだところで、第一階層との明確な違いを発見した。


「ギョギョ!」

「おっと!」


 不意打ち気味に放たれた水の弾丸がウルフを襲う。

 『索敵』と『危機感知』のスキルで攻撃を読んでいたウルフは簡単に避けたが……問題は相手の居場所だった。


「ああ、なるほど。そういう感じか」

「ギョギョ!」


 敵は火縄銃を無理矢理魚の形にしたような、不格好なモンスター。

 頭上に表示される名前は『ミズナワジュウ』。

 救世高徳のネーミングセンスはともかくとして、問題なのはミズナワジュウの陣取っている場所だ。


 奴がいるのは海面。

 足場の無い、プールのようになっているエリア。

 ミズナワジュウはそこに潜み、遠距離攻撃の水鉄砲でウルフを狙ったのだ。

 避けるのは簡単だが、あんなところにいられては反撃の手段が限定される。


「『インパクトスマッシュ』!!」

「ギョギョーーー!?」


 ウルフの必殺スキルによって拳から発生した衝撃波によって、ミズナワジュウは爆発四散。

 データの塵となって消え、ドロップアイテムが奴のいた海面に散らばる。

 ……そう。海面に。

 あれじゃ、泳いでいかないと回収できない。


(おまけに、『インパクトスマッシュ』は燃費も悪いんだよなぁ……)


 この技は前方広範囲を一度に攻撃できる優れた必殺スキルだが、その分MPをそれなりに消費する。

 いくら自動回復があっても、先の長い迷宮攻略で連打していれば、あっという間にガス欠だ。


(一応、燃費の良い遠距離攻撃も無くはねぇが……)


「ギョギョ!」


 そんなことを考えている間に、二体目のミズナワジュウが現れた。

 ウルフは水鉄砲を避けつつ、先ほど脳裏に思い浮かべた技を使う。


「『フライングブロー』!!」


 拳撃を空気弾のようにして飛ばす必殺スキル。

 インパクトスマッシュに比べて攻撃範囲は劣るが、消費MPは最も使い勝手が良い初期スキル、アイアンフィストと大差ないくらい。

 ウルフのMPなら数百発は放てる。

 しかし……。


「チッ。やっぱ、当たらねぇか」


 空気弾のように飛んだ拳撃は、ミズナワジュウに掠りもせず、見当外れの場所に着弾した。

 この手の攻撃は、DEX(器用)をそこそこ強化していないと当てられない。

 ウルフのDEX(器用)は、ただでさえその項目が低いビーストマンの初期値。

 肉弾戦という図抜けた強みを手に入れるために、切り捨てた要素の一つだ。

 もう少し近ければギリギリどうにか当てられるかもしれないが、ミズナワジュウは近づいてくる気配を見せない。


「ギョギョ♪」

「『インパクトスマッシュ』!!」

「ギョギョーーー!?」


 AIが良くできてるのか、距離を保ったままバカにするような鳴き声を上げたミズナワジュウを、インパクトスマッシュで爆散させる。

 こいつもピラニーアと同じで耐久は紙だ。

 多分、レベル30を超える魔法使いなら、弱めの魔法一発で爆散させられる。

 それが無いウルフは、狙いが雑でも当たる広範囲攻撃の大技を、いちいち使わざるを得ないのだが……。


「……あれをやってみるか」


 それじゃ先が見えてると考え、ウルフはここであれを試してみることに決めた。

 この迷宮に入った時から考えていたことを。


「よっと」


 できるだけ助走をつけて、ミズナワジュウのいたあたりに向かってジャンプ。

 ざぶん! という音を立てて海面に着水する。

 流れていこうとするミズナワジュウのドロップアイテムを、泳いで回収してアイテムストレージに入れた。


(まあ、小学校の頃はプールの授業もあったし、泳げなくはねぇわな)


 平泳ぎで元の場所へ戻りながら、ウルフは自分の水泳のリアルスキルが使えないことはないことを再確認。

 普通に泳ぐだけなら、これで問題ないだろう。

 泳ぎ続けていれば、いつかは『遊泳』のスキルも取得できると思う。

 だが、果たして泳ぎの練習なんてしている余裕があるかどうか……。


「シャアアア!!」

「来やがったな……!」


 平泳ぎしているウルフに向けて、奴が向かってきた。

 第一階層でも見かけたサメ、メガシャークだ。

 飛び跳ねているところを狙えば楽に倒せた敵だが、水中戦となると……。


「おらぁ!!」

「シャアアアアアアア!!」


 狼VSサメ。

 B級映画のような戦いは熾烈を極めた。

 メガシャークは一撃離脱戦法で、ウルフの攻撃の届かない海底に逃げてしまい。

 ウルフの方は水の中ということで行動が制限され、得意の拳すら満足に繰り出せない。


「くたばれぇ!!」

「シャ!?」


 最終的に、メガシャークがウルフの腹に噛みついてきたところを絞め上げてデータの塵にしたが、何匹も現れるようなザコにこんな苦戦しているようじゃ、この先の攻略は困難だろう。

 足場のある場所へと戻ったウルフは、どうしたものかと頭を捻った。


「あ! あいつらの力を借りればいけるんじゃね?」


 そして、ウルフの脳裏に、とあるプレイヤー達の姿が浮かんだ。

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