25 その後
「うううううううう!!」
「よしよし。辛かったね、苦しかったね。大丈夫、大丈夫だから」
海の大迷宮が開いてしまった直後。
誰かから情報が漏れた場合のことを考えて拠点を移したウルフは。
「会いたい」というメッセージを送っただけで、即座にそこに来てくれたミャーコの腰に思いっきり抱きついていた。
ミャーコは抱きつかれながら、そんなウルフの頭を優しく撫でている。
前に膝枕した時に覚醒した母性が、彼女をとても優しい気持ちにしていた。
ちなみに、彼女の種族は転生アイテムの使用を勧められてから三年が経っても猫耳のままだ。
商人なのだから戦闘力よりも生存能力を優先してステータスポイントを振った結果。
逃げ足の速いビーストマン(猫)で、行動阻害の魔法を遠距離から放つという戦法は、意外と理に適っていた。
わざわざ入手が面倒で危険な転生アイテムに手を出す必要はなくなり、お気に入りの姿を失わなくてミャーコはホッとしたのだが、そんなこと今はどうでもいい。
「ううううううううう!!!」
ウルフは言葉もなく、ただミャーコに甘えた。
憎悪、絶望、恐怖、怒り、悔しさ。
色んな負の感情がごちゃ混ぜになり過ぎて、上手く言葉にできないのだ。
だから、言葉ではなく行動で救いを求めた。
その結果が、『ウルフ の あまえる』だったのだ。
「……ふぅ」
「落ち着いた?」
「ああ。ありがとな、お姉ちゃん」
精神の均衡を取り戻し、ウルフはミャーコから離れた。
お互いにちょっと名残惜しいと思っているのは、微笑ましいと見るべきか。
片や人殺し、片やその協力者という、微笑ましさとは無縁の極悪人ではあるのだが……。
しかし、極悪人でも人間なのだ。
人間なら、こういう一面を持っていたって何もおかしくない。
「攻略組には、どれくらい被害を与えられたんだ?」
「ちょっと待って。……ああ、やっぱり社長から報告書が届いてる」
ミャーコはメインメニューのメッセージ欄を表示させ、そこに送られてきていたメッセージを確認した。
ウルフを慰めるために、雰囲気をぶち壊しにしかねない通知音を切っていたのだ。
「ええっと。六つの大手ギルドと、在野のトッププレイヤー達による連合軍。
作戦に参加したのは、最低でもレベル30以上の精鋭、約400人。
死亡が確認されたのが50人。
トッププレイヤーでの死亡者は『
「……そうか。完敗だな」
ウルフは天を仰ぐ。
自分しかトッププレイヤーを仕留めていないというのは、他の連中もうちょっと仕事しろと思わなくもないが……。
だが、そもそもの話、こっちの軍勢は餌をぶら下げて、焚き付けて呼び寄せただけの烏合の衆だ。
ちゃんとした仕事をしようなんて意識の奴は殆どいなかっただろう。
奴らに責任転嫁するのは間違っている。
悪かったのは、奴らを上手く運用し切れなかった自分だ。
「そっちの被害は?」
「フレンド欄の半分くらいが灰色の表示になってた。
作戦に参加したのが500人くらいだから、半分が死んだか牢屋にぶち込まれたかだな。
けど、魔族の四人は無事に撤退したっぽいぜ。
『吸血公』なんて、『儲けさせてもらった。感謝する』とか送ってくる始末だ」
ミャーコを待っている間に、落ち着かない気持ちでメインメニューをポチポチして得た情報だ。
ちなみに、『鬼姫』からのメッセージには『刀神』を仕留め損なったことに対する愚痴が延々と書かれており、『死神』からのメッセージには、やたらキッチリカッチリした文面でお悔やみとお疲れ様の言葉が書かれていた。
他にメッセージを送ってきたのはリーゼントくらいだというのに……。
魔族は意外とメル友が欲しいのかもしれない。
あとで返信をしておこう。
「そっか。とりあえず、こっちの主力は失わずに『
ただレベルが高いだけの人はこれからも育つけど、ああいうリアルチートを持ってる人って替えが利かないから」
「……まあ、そうだな。確かに、あのエセヒーローは強かった」
相性によっては魔族ですら危なかったかもしれない。
そんな脅威を仕留められたのなら、ギリギリ痛み分けと言えなくもないか。
こっちの痛みの方が大分酷いが。
『プルルルル』
「あ、社長からだ」
「出てくれ。あいつも今回の作戦の功労者だ。礼くらい言っておきたい」
「ウルフって意外と律儀だよね。わかった」
ミャーコは応答ボタンを押した。
相手との通信が繋がり、若い女性の声が聞こえてくる。
『あ、ミャーコか。ウルフさんはどうやった? やっぱ荒れとったか?』
「今、隣にいますよ。ちゃんと落ち着いてるので、代わりますね」
「よぉ、『女狐』。今回は助かったぜ」
『その名前で呼ぶのやめてくれへん? ぶっちゃけ、ウチのそれは二つ名やのうて悪口やで?』
「そうなのか? カッコイイのに」
『……ウルフさんのセンスは独特やなぁ』
通信の向こうで微妙な顔になっているのは、商業系ギルド『フォックス・カンパニー』の
今回の戦いにおいて、攻略組の足下を見て必要物資を結構な高額で売りつけて荒稼ぎした女。
その上、ウルフ達にも大量のアイテムを買ってもらえてウハウハだ。
『吸血公』が可愛く思えるほどの、本物の金の亡者。
それがウルフがルナールに抱いている印象である。
なお、二つ名は本心からカッコイイと思っている。
ちょっとズレた中二病的な感性を持つウルフにとって、二つ名とはついているだけでカッコよく感じるのだ。
『ま、それは置いといて。今回は残念でしたなぁ。
今度は海の大迷宮のアイテムとか横流ししてもらえたら、またいくらでもこっちの情報を流しますさかい。今後ともよろしゅう頼んますわ』
「ああ。こちらこそだ」
ルナールとウルフの関係は、彼女が商売の頭金を稼ぐためにフィールドに出たところを、ウルフが狩りかけたことに端を発する。
殺されかけたルナールは、泣いて喚きながら、自分を生かしておけば得だという話をウルフに持ちかけた。
自分は現実世界でそこそこやり手の経営者だったこと。
これから、この世界で大きな商業系ギルドを作ろうとしていること。
殆どの連中がデスゲーム開始に絶望している今、スタートダッシュさえ決められれば絶対に上手くいくはずだということ。
ウルフはそれを聞き届けた。
学の無い頭では難しい話はわからなかったが、経営者だというのなら、当時商売のノウハウがわからなくて右往左往していたミャーコの助けになるんじゃないかと思って、ルナールを生かした上でミャーコと引き合わせたのだ。
結果、ルナールはミャーコを商人として育てること、加えてこれから立ち上げる商業系ギルドを使ってウルフ達に協力するという条件で、どうにか生き延びた。
それどころか、ミャーコの持っていた結構な金額の頭金と傭兵NPC、ウルフという商売仇を物理的に排除できる協力者を得たことで、ルナールは大躍進。
並ぶ者のいない大商人の地位を手に入れた。
両者はそれはもうズブズブの関係だ。
ウルフが一方的な搾取ではなく、ルナールにも利があるWIN-WINの関係を選んだおかげで、極めて良好なお付き合いができている。
最高レベルの情報漏洩に加えて、自分達にはお得意様価格で、攻略組には高値でアイテムを売りつけてくれるのだ。
少し形は違うが、ミャーコが一番始めに提案した、必須アイテムをこっちが握るという戦略を達成したような状態。
ぶっちゃけ、当時のミャーコは焼け石に水くらいの効果しかないだろうけど、それくらいしかできることないし……と、まだ人殺しに染まる前の思考回路で思っていたので、本当にできちゃったのは本人が一番ビックリしている。
『ウチとしても、傾いた経営に四苦八苦しとった現実に帰るより、大成功して盤石の地位を手に入れたこっちにずっといたいんや。
これからも、攻略組の怒りを本格的に買わない範囲で搾り取って、足引っ張ったる。
情報もガンガン流すし、お互いにゲームクリア妨害に向けて頑張りましょ』
「……そうだな。まだ絶望するには早すぎる。まだまだ頑張らねぇとな」
ウルフは、パンッ! と両手で頬を叩いて「よっしゃ!」と気合いを入れ直した。
「ルナール、これからもよろしく頼む。ミャーコのことも頼んだぞ」
『任せとき! ミャーコはウチの懐刀やからなぁ。言われんでも大事にするわ!』
そして、ルナールは『あ、そうや』と何かを思い出したように呟いて、
『ミャーコ、今日は特別休暇ってことにしといたる。ウルフさんと一緒にいてやりぃ。この忙しい時に、特別やからな?』
「ありがとうございます、ルナールさん」
『気にせんでええよ。その分、明日からバンバン働いてもらうつもりやから』
「うへぇ……」
『ほな、そういうことで』と言って、ルナールは通信を切った。
そして、新しいアジトの中は、再びウルフとミャーコだけの空間に戻る。
「ウルフ、今日は一緒に寝てあげるからね?」
「…………頼む」
さすがに、そういうスキンシップに恥ずかしさを覚えるようになってきた思春期狼。
だが、今は甘えるモードが持続しているので、素直にその提案に頷いた。
対して、今のミャーコは母性全開モードだ。
邪な気持ちなど欠片も持ち合わせていない。
というわけで、この日、二人はミャーコの持ってきた布団で実の姉妹のように仲良く一緒に眠って英気を養った。
ウルフの雇ったならず者傭兵NPCだけでなく、ミャーコが雇った質の良い正規の傭兵NPC達もいたので、穏やかに眠ることができた。
そうして、明日からもまた、戦いの日々が続く。
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