24 決着
「見つけた!」
魔力回復ポーションを使い、強引に獣化を使い続けて馬車を追いかけたウルフは、しばらく走ったところで、ようやく馬車を視界に収められるところまで辿り着いた。
だが、もうゴールである大扉が見えるくらいの位置に来てしまっている。
一刻の猶予も無い。
「クソ聖女ぉおおおおお!!!」
「!」
怒りの咆哮を上げながら、ウルフは獣化状態のまま突撃。
凄まじい速度で馬車を追う。
「全力疾走! 一歩でも大扉に近づいてから私達で迎撃します!」
「「「了解!」」」
比較的AGI(俊敏)のステータスが低い魔法使いのタロットをお姫様抱っこしながら走っていたジャンヌが、迫るウルフを見ながら冷静に指示を飛ばした。
あの人狼になるスキルは消耗が激しいことを知っている。
ならば、少しでも時間と距離を稼いでから相手をする。
まさに最善手だった。
「『インパクトスマッシュ』!!」
「「「!」」」
そうして、できる限りの距離を稼いだ後、ついにウルフの射程距離にまで近づかれた。
拳から放たれる衝撃波を食らい、何人かが体勢を崩す。
距離があったのでダメージは無いに等しいが、全力疾走中に体勢が崩れるのは無視できない隙だ。
「……ここまでね。シャイニングアーツの皆は反転! ウルフを迎撃するわ! 他の皆さんは大扉へ!」
「「「おう!」」」
「「「わかった!」」」
ジャンヌの指示に従い、さっきも戦った面子が反転してウルフに向き直る。
タロットもジャンヌの腕の中から飛び出した。
残った他のギルドのメンバーもまた指示通りに、後ろを気にせず海の大迷宮の大扉に向かって馬車と共に突き進んでいく。
「どけぇえええええ!!」
「行かせるわけないでしょ!!」
そして、ついにジャンヌとウルフが真っ向からぶつかった。
ウルフは突破を主眼として腕を盾にしたタックルを行い。
ジャンヌはそれを読んだのか、すれ違いざまにウルフの足に剣を叩きつけてたたらを踏ませ、スピードを削いだ。
体勢を崩したウルフに、他のメンバーの攻撃が襲いかかる。
「『フレイムランス』!!」
「『ボルトスパイク』!!」
「『アースランサー』!!」
「チッ!!」
手始めに放たれたいくつもの魔法を、ウルフは転がるようにして強引に回避。
さっきジャンヌにもらった軽い一撃以外のダメージは全快しているが、無駄に攻撃を食らってやる理由も無い。
しかし、魔法だけ撃って終わりなんて話があるはずもなく、次は近接戦闘組が肉薄してくる。
「『パワーアックス』!!」
「『ギガントハンマー』!!」
「ぐっ!?」
先行してきたビーストマン二人が放った斧とハンマー、重量級の武器二つによる必殺スキル。
ウルフは転がり回避の体勢から飛び起きながら、それを両腕を盾にして受け止める。
獣化状態の武器腕によるガードすら貫通してダメージが通るが、それを無視して両腕を振り払った。
「おおお!!」
「「ッ!」」
斧使いとハンマー使いが吹き飛ばされる。
だが、その直後には別の奴が走り込んでくる。
「「『シールドクラッシュ』!!」」
次に現れたのは、盾を攻撃に使った突進を繰り出してくる二人。
飛び起き、多少なり崩れた体勢を立て直した今、安易に攻撃特化をぶつけてこないところが嫌らしい。
「らぁああああ!!!」
「「ぐっ!?」」
ウルフの二人纏めて薙ぎ払うラリアット。
それで盾持ち二人は吹っ飛ぶ。
しかし、追撃してトドメを刺すことはできない。
攻撃直後の隙を、また別の奴が狙いすましているから。
「『フレイムランス』!!」
「『ボルトスパイク』!!」
「『アースランサー』!!」
「あああ! うざってぇ!!」
またしても魔法による狙撃。
追撃を諦めることと引き換えに、今度こそ余裕を持って回避すれば、その先にはジャンヌが走り込んできている。
「『トライスラスト』!!」
「ぐっ!?」
高速三連撃を放つ必殺スキル。
斬撃の軌道は固定されているため読み易いが、当然そんなものを真正面から使ってくるわけがない。
今のように隙を突いて、側面や背後を取って繰り出してくる。
仲間がいるおかげで、比較的簡単に必殺スキルの溜め時間を確保できるというのもズルい。
三連撃のうち、二発は両腕を盾に防いだが、最後の一発は腹を斬り裂いた。
激痛が走り、HPが減る。
「『ハイ・ヒール』!」
傷つくウルフを尻目に、さっきの攻防で吹き飛ばした四人のダメージがタロットによって治される。
そして、
「「「おおおおおおお!!!」」」
シャイニングアーツは手を緩めない。
当然だ。
相手は自分達の倍以上のステータスを持つ怪物。
少しでも余裕を与えれば、容易く喉元を噛み千切られる。
スピードも段違いだから、一度この陣形を抜けられれば、馬車まで一直線だ。
さっきと違って馬車までの距離がある以上、振り切られたら追いつくまでに時間がかかる。
(((たたみかける!!)))
だからこそ、絶え間ない連続攻撃でこの場に縫いつけなれればならないのだ。
シャイニングアーツは攻める。
自分達が優勢であるなどとは考えず、攻めて攻めて攻め続ける。
……だが。
「ガァアアアアア!!」
「ぐっ!?」
「バネッサさん!!」
ジャスティス仮面戦でも使ったダメージ覚悟のカウンターを避け切れず、アマゾネス風の斧使いが頭を鷲掴みにされる。
そのまま、彼女は地面が砕けてポリゴンが舞うほどの威力で、下に頭を叩きつけられた。
「くそっ!!」
「ちくしょうが!!」
その攻撃に耐えられず、一人の戦士がデータの塵となって散る。
ウルフは牙を剥き出しにしながらニヤリと笑って、
「『刀神』とあのポニーテールが抜けてんだ。そりゃ、さっきよりは善戦できるわなぁ!!」
「「「ッ!」」」
ウルフの反撃が始まる。
まだシャイニングアーツが押してはいるが、欠員が出たことで、どうしても攻め手が緩む。
その隙を突いて、ウルフが攻撃を繰り出せるチャンスも増えてきた。
……やはり、コジロウとアヴニールが抜けてしまった穴は大きい。
他のギルドの者達を蹂躙し始めたウルフに対してコジロウを、思ったよりも被害を出してくれた『死神』への対処のためにアヴニールを派遣したことは後悔していないが、キツいものはキツい。
だが、キツいのは決してシャイニングアーツだけではなかった。
(やべぇ……! そろそろガス欠だ……!)
ウルフは視界に表示される己のMPを見て、凶悪な笑みの仮面の下で密かに焦っていた。
獣化はMPの消耗が激しい。
『MP自動回復』である程度は相殺できるが、それでも減少速度の方が早い。
開戦時の戦いでの消耗は、馬車を追いかけている時に魔力回復ポーションをガブ飲みして回復させたが。
追跡スピードを優先して獣化を使い続けたため、そのポーションもとっくに使い果たし、この最後の戦いが始まった時点で、残り七割程度にまでMPは減っていたのだ。
それがここにきて、いよいよ枯渇しかけていた。
表情の読みづらい狼の顔に変身していて助かった。
弱みを悟らせてはならない。
余裕綽々のような顔をして、敵に圧力をかけ続けろ!
「ガァアアアアアアアアアアアア!!!」
「ぬぅ……!?」
「うおっ!?」
ウルフは暴れる。
敵の陣形を瓦解させ、そこを突破して馬車を追うために。
この状態でジャンヌ達を倒し切れるとは思っていない。
だが、馬車に追いつき、一人でも鍵の所持者を殺してしまえば、とりあえず今回は勝ちだ。
鍵は十五個揃っていなければ、大扉は反応しない。
一つでも鍵を破壊できれば、こいつらにまた迷宮攻略からのやり直しを強いることができる。
そうして、世界は守られるのだ!
「行かせるかぁあああ!!!」
「「「ああああああああああ!!!」」」
シャイニングアーツは耐える。
このデスゲームを終わらせるために、仲間の死を無駄にしないために、死力を尽くして耐え続ける。
譲れないものがあるのは互いに同じ。
正義だろうが、悪だろうが、希望だろうが、絶望だろうが。
ウルフも、ジャンヌも、想いの強さだけは同じだ。
誰かが彼らの想いに優劣をつけるだろう。
悪を許さぬ者がいるし、正義を嘲笑う者もいるだろう。
それでも、人の想いに貴賤は無い。
誰かがつけた優劣など、その誰かの主観でしかない。
人の想いは『平等』なのだ。
……だからこそ。
勝敗を分けたのは彼らの想いの強さではなく、他の要因。
単純にして明快な━━作戦勝ち。
「!?」
遠くで何かが光った。
十五本の細い光の線が宙を走り、遠くに見える大扉の十五の鍵穴へと吸い込まれていく。
その瞬間、世界全体に「ガチャン」という音が響き渡った。
解錠の音。
第一の封印が解けた音。
『『『メッセージを受信しました』』』
この場の全員のメインメニューが勝手に表示される。
『『『『ゲームマスターからの重要連絡。ライブ配信モードを強制発動します』』』』
そうして、メニュー画面に映るのは、彼らなら肉眼でも見える位置にある大扉が開いていく映像。
『海の扉は開かれた。
勇敢なる旅人達よ、深海の底まで潜るがいい。
母なる海の神が君達を待つ。
彼が守りし『海の鍵』を手に入れたくば、苦難を乗り越え、先へと進め』
三年ぶりに聞く、厳かな老人の声によるメッセージ。
相変わらずの意味深な言葉が終わり、かつてと同じように具体的な情報が明かされる。
『『海の大迷宮』が解放されました』
『『海の大迷宮』を攻略することで『海の鍵』の入手、及び新エリアへの通行が可能となります』
「私達の勝ちね!!」
「くそっ……!!」
負けた。
ゲーム攻略が進んでしまった。
やっと逃げられたはずのあの地獄の世界が、再び近づいてきてしまった。
ウルフの脳裏に、久方ぶりに強いトラウマのフラッシュバックが起こる。
絶望が脳髄を満たし、思わず両手で頭を抑えてしまう。
そこでついにMPが切れ、ウルフの姿が少女のものへと戻る。
「テメェらは、そんなにオレから奪いたいか……!!」
ガリッ! と、鋭い爪のついた五指がウルフの顔を抉った。
美しい少女の顔が、真っ赤な血を思わせるポリゴンの傷で歪む。
このゲームには『痛覚耐性』のスキルが無い。
痛いはずなのに、痛みを感じていないかのように、ウルフは憎悪に染まった瞳で目の前の敵を睨みつけた。
「許さねぇ……! 絶対に許さねぇ!! 次は必ず殺してやるッッ!!」
そうして彼は━━シャイニングアーツに背を向けて、撤退を開始した。
友と交わした約束の言葉。
それがギリギリ憎悪に打ち勝って、MPを使い果たした状態での戦闘続行を許さなかった。
去っていくウルフを、シャイニングアーツは追わない。
ウルフは獣化無しでも速い。
AGI(俊敏)に特化した者しか追いつけないし、そんな限られた人員で追撃しても返り討ちにされるのがオチだ。
それがわかっているからこそ追わない。追えない。
「許さない、ね……」
ウルフの残した捨てゼリフを口の中で転がして……ジャンヌは、ギリッ! と剣を強く握りしめた。
「こっちのセリフよ、クソ狼……!」
ジャンヌの顔が歪む。
『聖女』の二つ名に相応しくないほどに。
先ほどのウルフと同じだけの憎悪に染まる。
「いつか必ず、お兄ちゃんの仇を討つ……! そうして、私はお義姉ちゃん達のところに戻るんだから……!」
ジャンヌもまた、ウルフに対して殺意を漲らせた。
仲間達はそんなジャンヌに同調し、同時に凄く悲しい気持ちになる。
何故、この子がこんな感情に身を焼かれなくてはならないのだろうと、下手人であるウルフと、元凶である救世高徳に対する怒りを強めていく。
こうして、今回の戦いは終わった。
何人もの犠牲と引き換えに、攻略組の勝利という形で。
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