23 正義のヒーロー

「なんだ、テメェは?」


 いきなり現れた筋肉モリモリマッチョマンの変態を見て、ウルフは訝しげな顔をした。

 しかし、その特徴的な見た目から、すぐに相手の素性に気づく。


「ああ、テメェが『超英雄スーパーヒーロー』とかいう奴か。オレのお友達・・・が何人も世話になったって聞いてるぜぇ」

「そうか! やはり、貴様が悪の親玉! この私が駆けつけた以上、貴様の悪事もここで終わりだ! 覚悟しろ!」

「ハッ! オレの胸元に目が行ってるエセヒーローが言うじゃねぇか!」

「み、見とらんわ!!」


 ジャスティス仮面が動揺した。

 その隙をセクハラ被害者の当然の権利として狙いすまして、ウルフは拳を繰り出す。


「ぬっ!?」


 顔面を狙った拳。

 ジャスティス仮面はのけ反ってそれを避けるも、動揺のせいで体勢が崩れた。

 恨むなら、中身を隠そうともしていない自分にすら反応する、己のエロスを恨むがいい。

 そんなことを思いながら、ウルフは一撃死させるくらいのつもりで次の攻撃を放つ。


「『アイアンフィスト』!!」


 数瞬の溜め時間と貴重なMPと引き換えに、通常攻撃よりも遥かに高い殺傷能力を誇る『必殺スキル』を放った。

 直撃すればトッププレイヤーでも大ダメージは確実。

 だが、


「なんの!」


 ジャスティス仮面はのけ反った体勢のまま、後ろに飛び退いてウルフの攻撃を回避。

 バク転しながら体勢を立て直し、ついでに後ろに庇っていた、さっき悲鳴を上げた少女すらもお姫様抱っこで回収してみせた。


「動けるね? さあ、早く逃げるんだ!」

「あ、ありがとうございます!!」


 少女は泣きながら感謝の言葉を告げて、凄い勢いで戦場から逃げていった。

 この作戦に参戦できるほどに戦い続けていた勇敢な戦士が一人、戦場から逃げ出した。

 その代わり、掛け替えのない一人の命が救われた。


「ほぉ。ヒーローを自称するだけのことはあるなぁ。反吐が出るぜ」

「それは貴様の性根が腐っている証拠だ! 誰かを助けることの何が悪い!?」

「別に悪いなんて言ってねぇよ。反吐が出るって言っただけだ!」


 イラ立ちを力に変えながら、ウルフはジャスティス仮面に向かっていく。

 奴が飛び退いてできた距離を一瞬で詰め、突撃の勢いも威力に変えた拳を放つ。


「ハッ!!」

「!?」


 そんなウルフの攻撃を……ジャスティス仮面は半身を逸らして躱し、そのまま突き出したウルフの手首を掴んで投げ飛ばした。

 攻撃の勢いを投げる力に変換され、ウルフの体が宙に舞う。

 そうして頭上に来たウルフに向けて、ジャスティス仮面は拳を放った。


「『アイアンフィスト』!!」

「ッ!?」


 お返しとばかりに放たれた自分と同じ必殺スキルを、咄嗟に左腕でガードする。

 だが、ガード越しとはいえ直撃だ。

 そこそこの痛みが左腕から発生し、HPがそれなりに減り、ウルフは拳の勢いで吹っ飛ばされて地面を転がった。


「いってぇ……! 武術か、今の?」

「そうだ。柔道、合気道、空手、ボクシング、ついでに体操など、ひと通り齧っている。それを貴様ら悪党との戦いで研ぎ澄ましてきた」


 脳筋の筋肉ダルマみたいな見た目しておいて、技巧派だったとは。

 いや、そういえば『超英雄スーパーヒーロー』は武術の達人だって話を、ミャーコからの情報で聞いてたような気がする。

 今の今までかち合うことがなかったから、頭から抜けていた。

 これはいけないと、ウルフは猛省する。 


「地道な努力による積み重ねの力。好き勝手に暴れ、弱者をいたぶることしか考えない貴様ら悪党には持ち得ぬ力だ!

 ゲームのステータスなどに頼り切りの貴様に、現実に生きて研鑽を積んだ私を倒せると思うな!」

「ハハッ! 面白ぇ! リアルチートってやつだな! ああ、本当に、どこまでも……! テメェはオレの神経を逆撫でしやがるなぁ!!」


 ウルフの心が怒りに満たされる。

 何が地道な努力による積み重ねの力だ。

 何が現実に生きて研鑽を積んだだ。

 その現実で頑張る余裕すら奪われた奴の気持ちが、こんな奴にわかって溜まるか!!


「『インパクトスマッシュ』!!」


 怒りに染まったウルフの次の攻撃は、より大きな溜め時間とMPを引き換えにする攻撃。

 拳によって衝撃波を発生させる必殺スキル。

 肉弾戦の技術で負けているのなら、まずは避けられない遠距離からの広範囲攻撃を叩き込む!

 お前が現実の技術リアルチートを振りかざすというのなら、こっちはこの世界ゲーム特有の必殺技で攻める!


 怒りに染まっても、ウルフの判断は冷静で的確だった。

 何度も死線を越えてきたことで成長した精神性と戦闘技術。

 この世界で積み重ねた力。

 彼のそれは━━リアルチートのヒーローに対して有効だった。


「ぬぅ!?」


 ジャスティス仮面は両腕を交差させて盾にして、衝撃波を堪える。

 これは武術ではどうしようもない攻撃だ。

 彼のHPがゴリッと減る。

 本来ならこの距離でこれほどの威力が出るスキルではないのだが、ステータスの暴力が為せる業だった。


「『インパクトスマッシュ』!!」

「ッ!?」


 ジャスティス仮面の様子を見て、この戦法が有効であるという確信を得たウルフは、衝撃波パンチを連打し始めた。

 獣化よりもMPを消費してしまうが、必要経費だ。

 その獣化を必殺スキルと併用せずに温存しているだけ、まだマシ。

 目の前のエセヒーローは心の底から腹の立つ存在だが、実力だけはさっきの攻防で認めた。

 こいつは、これくらいしなければ倒せない相手だと。


「ぐぅ……!? あまり調子に乗るなよ、悪党!!」


 だが、このまま終わる正義のヒーローではなかった。

 必殺スキルには溜め時間がいる。

 衝撃波と衝撃波の間には、ほんの数秒程度だが確実なインターバルがあるのだ。

 その隙を突く!


「お返しだ! 『インパクトスマッシュ』!!」

「!?」


 ウルフの動きを読み切り、彼と全く同時のタイミングで、ジャスティス仮面も衝撃波を放つ。

 ステータスの差によって相殺とはいかなかったが、大きく威力を削ぐことはできた。

 『不動』のスキルによる踏ん張りと合わせて、前に出られるだけの余裕ができた。


「ジャスティスダッシュ!!」


 ヒーローは走る。

 必殺スキルでもなんでもない、ただの全力ダッシュでウルフとの距離を詰める。

 次の衝撃波は間に合わない。


「『アイアンフィスト』!!」


 己の間合いまで走り抜けたジャスティス仮面は、走りながら溜め時間を確保した必殺スキルを放つ。

 渾身の右ストレート。

 これで倒せるとは思っていないし、それどころか避けられるだろうと確信してすらいる。


 だが、向こうが使うのは素人拳法。

 達人ではない以上、どんな動きにも粗が出る。

 回避すれば、必ず僅かでも体勢が崩れる。

 そうして崩れた体勢を、次の攻撃で更に崩し、その次の攻撃で更に崩し、最後には致命の一撃を食らわせてやる腹積もりだ。

 隙が無いのなら作ればいい。

 多くの悪党を成敗してきた黄金パターン。

 そんなヒーローの思惑は……。


「オォォォオオオオオオオン!!!」

「なっ!?」


 温存をやめたウルフによって打ち砕かれた。

 ウルフの体が変異し、一瞬にして身長2メートルを越えるジャスティス仮面より更に頭一つ分以上デカい人狼の姿へと変わる。

 獣化を解禁したウルフは、ジャスティス仮面の拳を二倍になったVIT(防御)に任せて腹で受け止めた。


「ごふっ!?」


 直撃だ。

 HPが大きく減り、内臓を抉られるような激痛がウルフを襲う。

 その代わり、ウルフはジャスティス仮面の頭上で組んだ両手を、全力で彼の頭に振り下ろした。

 ダブルスレッジハンマー。

 相打ち覚悟のカウンターが、弱者をいたぶることしか考えない悪党と呼んだ相手の、痛みと苦痛を覚悟した一撃が。

 正義のヒーローの頭部を捉えた。


「あがっ!?」


 直撃。

 頭部を打ち据えられ、急所へのクリティカルヒット判定で、ジャスティス仮面のHPが風前の灯火レベルにまで減少する。

 ゲームゆえに脳が揺らされて意識が混濁するなんてことはないが、感じる激痛だけでも意識を薄れさせるには充分だった。

 ウルフは即座に獣化を解除し、人型形態に戻って、倒れ伏すジャスティス仮面の頭を踏みつけた。


「ぐ、ぅぅ……! ま、まだだ……! 私は、正義のために……!!」


 それでもまだ、ジャスティス仮面は立ち上がろうとした。

 パチモンのような見た目だったが、その信念は本物だったのだと証明するように。

 悪を許せず、人々を救うために戦い続けてきた正義のヒーローは、頭を踏みつけられながらも立ち上がろうとした。


「なぁ、お前の言う『正義』ってなんなんだ?」


 そんな彼に、ウルフは問いかける。


「オレはよぉ、現実世界じゃお母さんに叩かれてたんだ。お父さんが浮気して出ていっちまって、酒浸りのクズになっちまったお母さんにな」

「!」


 起き上がろうとするジャスティス仮面の力が弱まった。

 逆に、ウルフは踏みつける力を強めながら言う。


「家にいるのは怖ぇ。学校にも居場所はねぇ。そもそも金が足りなくてバイト三昧だったから、授業もロクに受けられねぇ。

 テメェみてぇに、無駄に沢山の習いごとをする暇なんざ無かったよ。

 行政は助けてくれねぇ。未来に希望はねぇ。

 そんなオレの唯一の救いが、救世高徳がバラ撒いてくれたこのゲームだったんだ」


 踏みつける力を強める。

 風前の灯火であるジャスティス仮面のHPが、更に減っていく。


「テメェらはゲームクリアを目指してる。オレの唯一の救いを奪おうとしてる。

 だから、オレはテメェらを殺してでも止めるんだ。

 なぁ、おい、正義のヒーロー様よぉ。

 教えてくれよ。

 こんなオレをぶっ飛ばして、夢も希望も無い地獄に送り返そうとしてたテメェの、どこが正義なんだ?」

「わ、私は……」


 ジャスティス仮面が弱々しい声を出す。

 今までの強い信念を感じる声とは真逆の、実に弱々しい声を。


「そ、それでも、人を傷つけるのはいけないことで……」

「じゃあ、オレを傷つけてきた現実世界はいけないところだよなぁ?

 そんな場所に送り返そうとしたテメェらは、とんでもねぇ極悪人だよなぁ?

 極悪人の横暴から身を守ろうとしたオレの方が正しいよなぁ?」


 ウルフは切って捨てる。

 ジャスティス仮面の弱々しい反論を、容赦なく切って捨てる。


「さ、先に手を出してきたのはお前だ! わ、私は、そんなお前達から罪無き人々を守るために……」

「はぁ? 何言ってやがる? 先に手を出してきたのはテメェらだ。

 テメェらがゲームクリアなんて目指さなければ、やっと掴みかけたオレの幸福を奪おうとしなければ、オレだってテメェらを殺そうなんて考えなかったっての」


 切り捨てられる。

 切り捨てられる。

 一方的な正義が否定される。

 自分が正しいと思っていた男の、根幹の部分が否定される。


「なぁ、おい。もう一度聞くぞ、正義のヒーロー。

 テメェの言う『正義』ってなんなんだよ!?」


 踏みつける力を強める。


「教えてくれって言ってんだよ!!」


 踏みつける力を強める。


「あ、あ……」


 だが……そこが限界だった。

 ジャスティス仮面の頭部が踏み砕かれ、彼のHPがゼロになる。

 正義のヒーローは、データの塵となって儚く散った。


「……チッ。まだ答えを聞いてねぇぞ」


 ウルフはイラ立たしげに舌打ちした。

 しかし、やってしまったものは仕方がない。

 対人戦最強と謳われたプレイヤーを殺せたのだ。

 それで良しとしておこう。


「くそっ! 手放しじゃ喜ばせてくれねぇか!」


 戦場の方へと視線を戻せば、正面の軍勢が突破されていた。

 まだ戦いは続いているが、こっちの陣形は見る影もなくズタズタだ。

 そして、肝心の鍵の所持者達を乗せた馬車の姿がどこにも無い。

 正面の軍勢を突破し、そのまま残りの戦力をこっちの足止めに使って大扉へと向かったのだろう。

 雑兵とコジロウとエセヒーローと戦ってる間に、まんまとやられた。


「まだ間に合う……!」


 ここから大扉までは、馬車を全力疾走させても一時間はかかるくらいの距離がある。

 それだけの時間があれば追いつけるはずだ。

 見た感じ、『竜殺し』や『重戦車チャリオット』や『妖精女王』を始めとした主力はこっちに残っている。

 『刀神』は『鬼姫』と、さっき手こずった『傭兵王』は『死神』とぶつかっている。

 馬車の護衛は手薄とまでは言わないが、さっきよりマシな程度に弱体化しているはず。


 そんな馬車を追って、ウルフは走り出した。

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