26 傲慢で狂った救世主

「素晴らしい」


 『Utopia・online』のゲームマスタールームにて。

 この世界の創造主にして、デスゲーム開始からの三年間、現実世界換算で僅か5時間程度の間に何万人もの人々を殺戮した世紀の大罪人。

 救世高徳は、ゲーム内で繰り広げられた戦いを見終えて、パチパチと惜しみない拍手を送った。


「現実への帰還を望む者。現実を拒みこの世界を望む者。

 どちらの想いも等しく尊い。

 己の理想を胸に抱き、そのために努力を積み重ね、必死に生きようとする姿の、なんと尊いことか」


 世紀の大罪人は涙する。

 まさに、これこそが己の望んだ理想郷だと。


「現実世界のような腐ったしがらみなど、ここには無い。

 勇気さえあれば、誰もが等しく夢を追えるのだ。

 帰還の願いも、現実の拒絶も、悪を許さぬ心も、誰かを踏みつけて快楽を得たいという欲望すらも。

 どれもが等しく人の夢。人の願い。人の想い。

 僕はその全てを否定しない。誰が否定しようとも、僕だけは君達の夢を否定しない」


 現実世界に絶望し、この世界を救いだと言って、この世界を守るために戦う狼がいた。

 現実世界に残してきた大切な人達に再会するため、痛みに立ち向かってゲームクリアを目指した勇気ある青年がいた。

 青年の想いを継ぎ、彼の仇討ちと、彼の残したもののために戦う少女がいた。


 可哀想な狼を大切に想い、彼を支えていくことを誓った猫がいた。

 己の不甲斐なさを恥じ、悪を斬る覚悟を決めた老人と重戦士がいた。

 勇気ある青年を死なせたことを悔い、その妹だけでも守り抜こうと誓った姉妹がいた。

 愛する者のもとへと帰るために、不器用ながらも自分にできることを全うしようとする傭兵がいた。

 暴虐を振りまく悪を許せず、正義を志して戦い続けた英雄がいた。

 どんな形でもいいから栄光を欲した獅子がいた。


 贅沢な暮らしがしたいだけの狐がいた。

 誰かが作ったルールに否定され、この世界でしか生きられなかった鬼がいた。

 理不尽に踏みつけてきた社会を呪い、その怒りを人々に叩きつけた死神がいた。

 貧困に喘ぎ、かつての栄華を取り戻したいと願って歪んだ兄妹がいた。

 欲望のままに暴れ回る外道達がいた。


 その全てを、救世高徳は肯定する。

 正義だとか、悪だとか、高潔だとか、自分勝手だとか、そんなものは誰かが決めつけただけの、ただの腐った柵だ。

 人の想いに貴賤は無い。

 想いに優劣の差は無く、あるのはそれを叶えるためにどれだけ頑張れるかという、想いの強弱だけ。


 現実世界は、その想いを実に理不尽に踏みにじる。

 出る杭を打ち、誰も彼もを窮屈な型に無理矢理押し込んで、型に合わない者達の悲鳴を黙殺する。

 運良く型に適合しただけの者達が、型に適合できずにハミ出してしまった者を、押さえつけられて腐ってしまった者を否定し、弾圧し、まるで自分達が正義であるかのような顔をして踏みつける。

 生まれの差。貧富の差。環境の差。才能の差。

 そうした本人の努力ではどうしようもない出来事が、さも当然の真理のように絶対の差となって世界を支配する。

 

 なんて理不尽。なんて不条理。なんて不平等な世の中だ。

 救世高徳は、そんな醜い現実世界を唾棄していた。

 だから、作り上げた。

 真に平等な理想郷を。

 皆が同じスタートラインから始めて、努力が必ず自分の力になって、誰にでも夢を叶えるチャンスがあって、より頑張った者が報われる理想の世界を。


 ログインが遅れてしまった者達に対しても、エリアごとの実質的なレベル上限や、アーモロートの町に設置した人造迷宮などの後続救済措置を行い、可能な限りの公平性を維持した。

 頑張れば充分に追いつけるだろう。


 罪の烙印によるパワーバランスの調整には苦心したが、上手くいっているようで安心した。

 何故人を殺してはいけないのか? 何故社会のルールを守らなければならないのか?

 答えはルールを破れば社会に殺されるからだ。


 罪の烙印はそんな人間の本質的なルールの再現。

 ただし、ルールを守って清く正しく生きても守り切ってくれないくせに、破れば容赦なく弾圧し、かと思えばルールの穴を突いたり、ルールを支配する側に回って好き勝手にやることもできてしまう不平等な現実社会と違って。

 理想郷は、守った者には守った者の恩恵を、破った者には恩恵の剥奪と引き換えの自由を、それぞれきちんと保証する。


 真に尊いのは『平和』ではなく『平等』だ。

 世の中には争いの中でしか充足感を得られない者がいる。

 憎い者を攻撃することでしか救われない者がいる。

 平和とは、そんな者達を押さえつけて、見ないふりをして、数の暴力によって、争いを望む少数の者達を弾圧して黙殺する不条理でしかない。

 しかも、それだけ強引なことをしておいて、結局は目に見える暴力だけしか縛れない。

 あの狼を踏みにじったような、目に見える暴力よりもよほど醜悪な『目に見えない暴力』が横行してしまっている。

 これでは平和とすら呼べないだろう。


 そんな不条理極まりない平和などいらない。

 欺瞞に満ちた平和などという妄言ではなく、平等こそが真の理想。

 そんな思想のもとに作り上げた理想郷ユートピアに、彼は多くの人々を引きずり込んだ。

 望むと望まざるとに関わらず。

 知ってほしかったのだ。

 一人でも多くの人に思い知ってほしかったのだ。

 この無慈悲なまでに平等な世界で、平和を謳った地獄の中で自分達が押さえつけて踏みにじってきたものを直視してほしかったのだ。


 あの狼の憎悪を。

 あの猫の悲鳴を。

 あの死神の怒りを。

 あの鬼の苦しみを。

 あの兄妹の歪みを。

 無視せず、目を逸らさず、正面から向き合ってほしかったのだ。


「さて、第一の大迷宮の扉は開かれた。

 果たして、このままゲームクリアは成し遂げられるのか。それとも阻まれるのか。

 実に楽しみだ。

 存分に自分達の主張をぶつけ合ってくれ」


 押さえつけられて声も上げられない現実世界ではできなかった、とても健全な行いだ。

 救世高徳はそう言って、本当に嬉しそうに笑う。


「ああ、できることなら、この世界に終わりなど来ないでほしい。

 けれど、僕はあの腐った世界に帰りたいという君達の想いも否定しないよ。

 そうでなければ平等じゃないからね」


 ゲームがクリアされたのであれば、彼は宣言通り全プレイヤーをログアウトさせ、この『Utopia・online』を終わらせるつもりだ。

 そうでなければ平等じゃない。

 この世界を望まざる者達は、現実世界という居場所を無理矢理に奪われて連れてこられた。

 ならば、この世界を望む者達もまた、理想郷という居場所を無理矢理に奪われる恐怖を味わわなければ不平等だ。

 どちらの主張が通るのかは、それこそ平等な競争の中で決めればいい。

 自分はその果てに訪れた結末を受け入れよう。


 それが──自らの死であろうとも。


「最後の扉の向こうで、僕は君達を待っている。

 辿り着くのか、辿り着けずに終わるのか。

 君達の健闘を祈っているよ」


 そうして、傲慢なる救世主は笑みを深めた。

 『平和』ではなく『平等』こそを何よりも尊ぶ理想郷の最果てで、彼は勇敢なる旅人プレイヤー達を待ち続けている。

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