17 攻略組

「皆さん、よく集まってくれました」


 始まりの町『アーモロート』のメインストリートにある巨大な建物。

 大手ギルド『シャイニングアーツ』のギルドホーム。

 その会議室には今、そうそうたる面子が集まっていた。


 兄の想いを受け継ぎ、この三年間、新しいギルドマスターとしてシャイニングアーツを引っぱってきた少女。

 『聖女』ジャンヌ。

 そして、彼女を始めとしたシャイニングアーツのメンバー達。


「ふん。お前達がリーダー面をしてるのは、気に食わないがな」


 そう言って鼻を鳴らしたのは、シャイニングアーツと勢力を二分する攻略組の片翼。

 大手ギルド『ドラゴンスレイヤー』のギルドマスターである獅子のビーストマンの少年。

 『竜殺し』ジークフリート。

 通常プレイの時には『最強』の一角として知られていた男だ。

 デスゲーム開始以降もソロで戦い続けてきた豪傑。

 フレンドに請われてギルドマスターに就任したことで、ドラゴンスレイヤーにかつての隆盛を取り戻した実績がある。

 少々過激すぎる派閥ではあるし、実績で勝るシャイニングアーツを若干敵視してもいるが、ゲームクリアを目指す味方として頼もしいのは間違いない。


「まあまあ、そう言わんと。あんたらは攻略組の双翼なんやから、仲良うしてほしいわ」

「ふん」


 胡散臭い関西弁でジークフリートを宥めたのは、和服を着た狐のビーストマン。

 商業系ギルド『フォックス・カンパニー』の社長ギルドマスター、『女狐』ルナール。

 現実世界でも企業の経営者だったらしい彼女は、他の面々がデスゲーム開始で絶望に沈む中、これはチャンスとばかりに、いち早く商人としてのスタートダッシュを切った。

 商売において、他者より先んじることがどれだけ重要かわかっていたからだ。


 そのアドバンテージと、かなり初期の段階でとある人物をスカウトできたという幸運も加わり、彼女は一躍この世界の大商人となった。

 彼女の今の心境を一言で表すなら、「戦争は書き入れ時だからウハウハ」である。

 とんだ外道だった。


「チッ……!」

「女狐が……!」


 攻略組の面々が、そんなルナールを見て小さく舌打ちする。

 彼女は攻略組の足下を見て、購入も売却も結構な値段をふっかけてくる。

 商業系ギルドはフォックス・カンパニーの一強であり、攻略に必須の高位アイテムの大部分は彼女のギルドを通さなければ手に入らないので、価格設定は思うがままなのだ。

 それでいて我慢できなくはない価格設定にしているのがまた嫌らしい。

 おまけに、彼女のギルドは民意を味方につけるために、安全地帯から出られないプレイヤー達に炊き出しや娯楽の提供などを積極的に行っているので、人々に訴えかけて排斥するのも難しく、攻略組以外からの強い支持のおかげで揺らがない。


 金、流通ルート、民意。

 力押しが通り辛く、無理矢理通そうとしたら罪の烙印を刻まれることを覚悟しなければならない安全地帯において、戦闘力以外の力の殆どを揃えている彼女は最強だ。

 下手な魔族より、よっぽど厄介な女狐なのだ。


「険悪だな! 良くない! これは良くないぞ!」


 大手ギルド同士の間に漂う仲の悪さを見て、一人の男が声を上げた。

 身長2メートルを越える大男。

 筋肉ムッキムキで、それを誇示するようなピッチリとしたスーツを着込んだ変態だ。

 顔の上半分をマスクで隠し、背中にはマントがはためき、まるでヒーローのパチモンのようだった。


「君達は悪のマッドサイエンティストから人々を救わんとする正義のヒーローだろう! 少なくとも、民衆の方々からはそう見られるのだろう! ならば、もう少しヒーローらしくしたまえ!」


 彼は『超英雄スーパーヒーロー』ジャスティス仮面。

 ふざけた名前と、ふざけた格好。

 しかし、その強さと実績は本物である。

 各地を飛び回って悪逆非道のPK達に立ち向かい続け、多くの外道どもを牢屋にぶち込み、時には魔族すらも単独で撃退してみせた。

 対人戦の経験が突出しているため、こと対人戦に限れば彼こそが最強かもしれない。

 PKや魔族は、殺害ではなく捕縛することでも経験値が入るので、単純なレベルとステータスもトップクラスに高い。

 それを買われて今回の作戦に呼ばれた、力を持ったソロプレイヤーの一人だ。


「ケッ! なぁにが正義のヒーローだ。こちとら、そんなもんに興味はねぇっての」

「何ぃ!?」


 そんな正義の味方の発言に水を差したのは、実用性重視とばかりに不揃いな装備を身に着けたポニーテールの男。

 『傭兵王』アヴニール。

 特定の集団に属さず、傭兵NPCの真似事のように、金で雇われて戦う変人だ。

 ただし、その実力はNPCごときとは比べ物にならない。

 口が悪いのが玉に瑕だが、仕事はできるし頼りになる。

 そのことは、ここに集まったギルドの大多数が知っている。


「そんなピッチピチのスーツを恥ずかしげもなく着るようなヒーローオタクが、わかったような口利いてんじゃねぇよ」

「ぬぅ……! なんという暴言! 謝罪を要求する!」


 まあ、彼の口の悪さも大多数のギルドが知っているが。

 また始まったよと、慣れている面々は苦笑を浮かべた。

 しかし、慣れていないヒーローオタクは激怒している。

 そのまま引っ込みのつかない口喧嘩が始まりそうになり……。


「やめて」

「「ッ!?」」


 そんな二人の喧嘩を、静かな声が止めた。

 大きな声ではない。

 力強い声でもない。

 少女の可愛らしい高い声。

 だが、妙に迫力を感じる声だった。

 それこそ、一瞬言葉に詰まって喧嘩を止めてしまうほどの。


「ジャスティスさん、正義のヒーローらしくしなさいって言ったのはあなたよ。なら、ヒーローらしく口喧嘩なんてやめて。カッコ悪いから」

「カ、カッコ悪い……!?」


 ガビーン! という擬音が聞こえてきそうな感じで、ジャスティス仮面が止まった。


「アヴニールさんも。あなたの性格は知ってるけど、ここは仕事の一貫だと思って我慢してください。お願いします」

「……チッ。わーったよ」


 『仕事』として『お願い』されて、アヴニールも黙った。

 彼は性格が悪いわけではない。ついつい悪態をついてしまう癖があるだけだ。

 止まれる状況を作れば、ちゃんと止まってくれる。

 彼の扱い方を心得ている、というより人を扱うのが上手い奴の話し方だった。


「皆さん、それぞれ言い分も不満も主義の違いもあるでしょうけど、今回だけは目的を同じくする『同盟』として、力を貸してください。この通りです」


 二人を止めた少女が……今回の集まりの発起人である『聖女』ジャンヌが頭を下げる。

 その姿には、有無を言わさず人を従わせるような力強いオーラがあった。

 安い言い方をすれば『カリスマ』だ。

 デスゲーム開始直後に人々を動かしてみせた兄と同じように、彼女にはそれがあった。

 三年間の死闘を経て、その才能は兄以上に花開いた。


「……ふん。利害だけは元より一致している。今さら頼まれるまでもない」

「う、うむ! 私はヒーロー! 正義のための戦いに助力しないことなどありえない!」

「金が貰えて、ゲーム攻略が進むんなら、それで文句はねぇよ」

「ふふ。ウチは元々仲良うやるつもりやったから、安心してや」


 そのカリスマに導かれて、この癖の強い連中が一応の纏まりを見せた。

 集まってくれた他のギルドからも、ジャンヌには信頼の視線が向けられていた。

 カリスマ性に加えて、確かな実力と実績を積み重ねてきたからこその信頼だ。


「よっしゃぁ! 勝つぞぉおおおおおお!!!」

「「「おおおおおおおお!!」」」

「「「お、おーーー!!」」」


 それを見たシャイニングアーツの幹部、戦車が雄叫びを上げ、同ギルドのメンバー達が同調して鬨の声を上げた。

 すると集団心理に当てられて、他のギルドの者達も乗ってくる。

 ジャスティス仮面なんかも叫んでいた。

 ジークフリートやアヴニールは乗ってこなかったが。


(随分とリーダーが板についてきたのう)


 そんな連合軍の様子を見ながら、戦車と同じくシャイニングアーツの幹部、コジロウは誇らしげな目で『聖女』なんて呼ばれるようになった少女を見やる。

 最初は大変だった。

 何も知らずにログインしてきて、デスゲームのことも、兄の死も飲み込めるはずがなく、彼女は大いに混乱して錯乱した。

 そんな彼女を戦いの場に出すつもりなど、ブレイブの悲劇を経験したメンバー達には無かった。


 しかし、すぐに彼女は奮起した。

 現実世界に戻って、兄の残したものを守らねばという強い意志が、彼女を前に進ませた。

 メンバー達の反対を押し切って戦場に立ち、通常プレイ時代ではそれなりに名の知れた実力を遺憾なく発揮し、兄譲りのリーダーシップも発揮して、気づけば彼女が新しいギルドマスターになっていた。

 ブレイブの正統後継者となっていた。


(繰り返させんぞ。あの悲劇は)


 コジロウは強く拳を握りしめながらそう思う。

 ジャンヌだけは死なせない。

 決して、兄の二の舞いになどさせない。

 雄叫んでいる戦車も、同調しているアルカナも、必死でノリに合わせているタロットも、それ以外も。

 あの悲劇を経験した全てのメンバーの総意だ。


「来るなら来い、狼の小娘。今度こそ、その首、叩き落してくれる」


 老兵は戦意を高めていく。

 彼だけではない。

 魔族に、PKどもに苦渋を舐めさせられたのはシャイニングアーツだけではない。

 この場に集ったほぼ全ての者達が、奴らとの正面衝突を心待ちにしているのだ。

 それぞれ最優先する目的は違えど、クズどもを一網打尽にしてやるという強い意志だけは、殆どの者が共有している。


「やる気充分ね。頼もしいわ。では早速、具体的な作戦を決めていきましょう」


 そうして、彼らは戦いの準備を進めていった。






 ちなみに、『聖女』とか『殺戮魔狼ウェアウルフ』とか『竜殺し』とかの二つ名は、誰かが勝手に言い出して定着するようになった、この世界の文化である。

 決して、彼らが好きで名乗っているわけではない。

 二つ名を自称してたり、喜んでたりする中二病もいるにはいるが、大多数はそうではないと明記しておこう。

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