16 現状

「というわけで、新しいパシリが手に入ったぞ」

『ご苦労様。で、肝心の『お忍びローブ』の使い心地はどうだった?』

「おう! 罪の烙印を隠せるってのは、油断させられて便利だな! 使い方次第で攻略組にも通じそうだぜ!」 


 暴走倶楽部とかいう連中をぶちのめした後。

 現在の拠点としている名も無い洞窟へと帰ってきたウルフは、何人かの傭兵NPCに見張りを任せて、ミャーコとの通信機能を使ったお喋りに興じていた。

 傭兵NPCは、本当に魔族でも雇えるのがいた。

 弱い上に毎月の契約料が高くて仕方ないが、『索敵』のスキルを持っているので、大真面目に助かっている。

 おかげでミャーコの膝枕ほどではないが、少しは安心して眠れる。


「けど、これもホントになぁ。こいつで町にさえ入れれば、こんなに悩まなくて済むんだけどなぁ」

『仕方ないさ。神様ゲームマスターもさすがに、そこまで気前は良くないってことだよ』


 ウルフは最近の外出では常に纏っている『お忍びローブ』というアイテムを手で弄びながら、愚痴のような声を漏らした。

 これは現状最も難易度の高い迷宮の宝箱から手に入れた、かなりの貴重アイテムだ。

 纏えば『隠密』のスキルが使えるようになり、自前で『隠密』のスキルを持っている場合は、その効果を増幅させてくれる。

 そして、二重の『隠密』はなんと、罪の烙印を覆い隠してくれるのだ。


 これにはウルフもビックリして、早速町に突撃しようとした。

 だが、入口で普通にバレて、衛兵NPCに追いかけ回された。

 衛兵が優秀なのか、そういうシステムなのか、とにかく町への侵入には使えない。

 本当に町に入れさえすれば、今頭を悩ませている問題の多くが解決するというのに。


「ま、お前の言う通りだな。ダメなもんはダメって諦めるしかねぇか。ミャーコと密会で会えるチャンスが増えただけでも大感謝だし」

『はうっ!? も、もう! またそういうことをサラッと言う!』


 どうしてくれよう、この天然ジゴロ。

 彼と共に堕ち始めてから三年。

 そろそろ、そういう方向に堕ちてしまいそうなミャーコだった。


『こ、こほん! それより、そろそろ本題に入ろう。ウルフも知っての通り、いよいよ十五個の鍵が揃いそうになってる』

「……ああ。そうだな」


 ミャーコは無理矢理話を進め、話題が話題だったので、ウルフも真剣な顔つきになる。

 この三年間、鍵の争奪戦は一進一退の攻防だった。

 最初の数ヶ月は、ミャーコが匿名の掲示板を使って、ブレイブの死亡と、鍵を狙ってるプレイヤーがいるって情報を大袈裟に拡散し。

 更に、ウルフが見つけたプレイヤーを片っ端から狩り殺し、わざと一人二人逃して、恐怖で錯乱した姿を町の連中に見せつけることで、怯えさせて戦意を削いだ。

 まともにゲームクリアに向けて攻略を進めているのは、仇討ちに燃えるシャイニングアーツくらいだった。


 しかし、さすがに一年も経つ頃には、多くの連中が引きこもり生活に嫌気が差してきたようで。

 かつての、通常プレイ時代の大手ギルドを筆頭に、動き出すプレイヤーが少しずつ増えていった。

 そうなると、ウルフ一人ではとても手が回らない。

 彼は町に入れないから、町と町の間を瞬間移動する転移陣が使えず、スピードは速くても移動速度はやたら遅いのだ。

 この広大なマップに散らばったプレイヤー達を一人で牽制し続けることなどできはしない。


 そこで、ミャーコと共に頭を捻って、またいくつか作戦を考え出した。

 この頃にはウルフも経験を積み、ミャーコに任せ切りではなく、一緒に考えられるようになったのは密かな誇りだ。


 とにかく、それで考えついた作戦の一つが、今も継続して行っているパシリ、もとい仲間集め。

 ウルフの一年間に渡るPK生活で学んだコツをマニュアルのようにして纏め、いくつもの過激な掲示板に上げた。

 すると、少しずつだが感化された外道達が現れ始めた。

 最初はカツアゲ程度の軽犯罪から始めるのだが、あれよあれよという間に行いがエスカレートしていって、あっという間に強盗殺人犯に進化していく様は、性悪説というものを強く感じさせる。


 そいつらがただ暴れてくれるだけでもプレイヤー達の妨害になり。

 上手く接触してパシリにできれば、ミャーコが仕入れてくれる大手ギルドの情報に合わせて、より的確な妨害工作を指示してやらせられる。


 とはいえ、刹那的に生きている外道達が、効率を考えて動いている大手ギルドに勝てるはずもない。

 レベリングの効率からして段違いなのだから、彼らにできるのは間接的な妨害がせいぜい。

 大手ギルドに直接挑みかかるのは無理だ。


 できれば、外道ではなく志を同じくする同志が欲しかったのだが……。

 一応、そういう人材もいないことはない。

 いないことはないが……欲望のために人を殺せるようになる奴はビックリするくらいいたのに、信念のために人を殺せるようになる奴はビックリするくらい少なかったのだ。


 多分、まだゲームクリアに対する危機感が足りないのだろうと、ミャーコを始めとした協力者達は言う。

 最初に迷宮の鍵なんてものが出てきたと思ったら、一時間もしないうちに破壊され。

 その後は鍵が全体マップに表示されては消えを繰り返し。

 三年が経っても、まだ第一の大迷宮すら開放されていないのだから、これで危機感を持てという方が難しいのかもしれない。


 外道達が頑張って攻略組の足を引っ張ってくれているので、彼らに任せておけばいいやと考えている者も多いだろう。

 誰だって自分の手を汚したくはないものだ。

 ウルフは根性の足りない同類達にイライラしていた。


 なので、今のところは外道達を味方にしていくしかない。

 その外道達を攻略組と直接やり合えるレベルにまで引き上げるべく、更に一計。

 タイミングを見計らい、力を求める外道達が飽和してきた時期に、凄まじい力を得る方法、すなわち魔族化の情報を流したのだ。

 殺害によって迷宮の鍵を奪い、破壊することで魔族になれると。


 信じさせるために、パシリにした連中を何度か手伝って条件を満たし、何人かの魔族を誕生させた。

 そいつらは苦労して魔族にしてやったにも関わらず、力に酔って暴走し、大手ギルドに次々討伐されるか、捕縛されて衛兵NPCが管理する牢屋にぶち込まれていったが。

 魔族になれるのは強奪した鍵を破壊した一人だけなので、滅茶苦茶貴重なのに……。

 それでも奴らは死ぬ前に大暴れして、魔族の情報が本当だったという事実を拡散してくれたので、無駄死にとまでは言うまい。


 そこまで行けば、ウルフ達が何もしなくても、魔族の力を求めて外道達は動く。

 一時的に徒党を組み、大手ギルドに対抗できるだけの数を揃えて、何度も何度も鍵を狙った。

 成功もしたし、失敗もした。

 その全てがゲーム攻略の邪魔になった。


 そんな地獄の大乱戦が続き、デスゲーム開始から三年が経った今。

 勝敗の天秤は……残念なことに攻略組の方に傾いている。


 迷宮の鍵には、かなり安全な保管方法が存在する。

 それは、鍵を所持するプレイヤーを安全地帯である町に閉じ込めて守ること。

 町の中には魔族はもちろん、罪の烙印を持つプレイヤーも入れない。


 とはいえ、安全地帯と言われていても、攻略法が無いわけではない。

 町の中の安全を担保しているのは『モンスターや罪の烙印を持つ者は入れない』『町中での戦闘ではダメージが発生しない』という二つのシステムだけだ。

 つまり、戦って殺すのは無理だが、縛り上げて町の外まで拉致ることはできるのだ。

 もちろん、その場で罪の烙印を刻まれるのと引き換えにだが。

 なお、R18な狼藉はダメージとして扱われるので、本番はおろか服を破くことすらできないと明記しておこう。


 これは多分、安全地帯が完全無欠に安全だった場合、ウルフみたいな奴が、迷宮の鍵を罪の烙印の無い協力者に渡して安全地帯に入れてしまえば、攻略組も手が出せなくなって詰むからだろう。

 頭の良い外道がその作戦を思いついてくれて、一回それをやってみたのだが。

 協力者(針のむしろになるのが確定なので、脅して無理矢理協力させた生贄用員)は、多少の罪を背負うことを覚悟した過激派によって見事に縛り上げられて、攻略組に鍵を一個献上してしまう形になってしまった。ガッデム。

 

 そんな感じで、必要だからこそ存在する安全地帯の穴。

 そこを突くことを思いついた外道達は頑張った。

 まだ罪の烙印が刻まれていない犯罪者予備軍や協力者、もしくは投獄されて、犯した罪に応じた分の拘束時間とレベルダウンと引き換えに罪の烙印を消した連中が、どうにか鍵の所持者を狙おうとした。


 しかし、ことごとくがダメージを受けない不死身の軍勢と化したプレイヤー達や衛兵NPCに取り押さえられた。

 一応、魔族のステータスがあればやってやれないことはないんじゃないかと思っているが、期待していた『お忍びローブ』でもダメだった以上、頭の良い誰かが裏技を発見してくれるまで、町への侵入は無理だ。


 よって、攻略組は迷宮の鍵を確保した後、所持者を町まで護衛できれば勝ちなのだ。

 その後は転移陣で、いつでも海の大迷宮近郊の町『ウェストブリッジ』に送り出せる。

 迷宮攻略の直後で疲弊したところを、待ってましたとばかりにハイエナどもが狙ってくるので、言うほど簡単でもないのだが、三年も頑張っていれば少しずつでも鍵は集まる。


 現在、安全地帯の中で守られている鍵の数は、十四。

 あと一つで海の大迷宮が開いてしまう。

 とはいえ、


「それは絶対にさせねぇけどな」


 今、ウルフはウェストブリッジと海の大迷宮の間にあるフィールドを根城としている。

 付近のモンスターもプレイヤーも狩り尽くしてレベルを上げながら、攻略組が十五個の鍵を揃えた後、必ず通らなければならないエリアで待ち伏せているのだ。


 十五番目の迷宮はあえて守らない。

 間違いなく、向こうはそこに最高戦力を差し向けてくる。

 シャイニングアーツの連中は当然として、他の大手ギルドとの連合軍くらい組んでくるだろう。

 大手ギルドはゲームクリアのためというより、自分達の利益優先で動いてるところも多いため、足並みが揃わないことも多い(byミャーコ情報)。


 だが、第一の大迷宮の開放を目前にすれば話は別だ。

 迷宮の鍵の所持者達は、各ギルドに散っている。

 海の大迷宮の扉を開くためには、十五個の鍵を揃えた状態で大扉に辿り着かなければならないので、どうせ一度は足並みを揃える必要がある。

 だったら、予行演習とばかりに今から手を組むだろう。

 そんなことも考えつかないようなバカを相手にしているなら、これまでの戦いはもっと楽だったはずだ。


 それだけの戦力が集まったら、ウルフ一人ではとても太刀打ちできない。

 パシリを全員引き連れていっても、絶対に負ける。

 先に十五番目の迷宮を攻略して、自分で鍵を持って逃げることも考えた。

 だが、鍵を持っていると位置情報がバレてしまうので、安全地帯に逃げ込むこともできないウルフが昼夜を問わずに追い回されたら、さすがに死ぬ。

 そもそも、足並みの揃わないだろうパシリ達との連携で、膨大なHPを持つ迷宮のボスを倒せるかも怪しい。


 だからこそ、狙うのは十五個の鍵が揃って護送されるタイミングだ。

 十五個もの鍵という特大の餌があれば、必ず大量の外道達が食いつく。

 そいつらを利用して数を揃え、こちらもまた大軍勢でお相手するのだ。


「天下分け目の大戦だ。絶対に勝つ……!」


 ウルフは凄まじい形相で戦意を高めていく。

 現実的に考えて各地の迷宮を守り抜くことは諦めたが、それでも迷宮の鍵が揃っていくのを見るのは、拷問のような苦しみだったのだ。

 ミャーコのカウンセリングと膝枕が無ければ突撃していたかもしれない。

 溜まりに溜まったフラストレーションを、この戦いに全てぶつけてやる。

 あのにっくきクソ聖女を、今度こそ血祭りに上げてやる!


『ウルフ、気をつけてね。最終決戦じゃないんだから、命は大事にしなきゃダメだよ?』

「……わかってる。ホント、お前がブレーキ踏んでくれんのはありがてぇよ、お姉ちゃん」


 ウルフにも、残して死ねない相手ができた。

 これがゲームクリアを賭けた最後の戦いであれば別だろうが、次がある限り、ウルフは生にしがみつくだろう。

 もしかすると、命を捨てるような勢いでブレイブを殺した時よりも弱くなったかもしれない。

 それでも良い。

 瞬間的な強さを失った代わりに、必ず最後に勝って笑ってやるんだ。


「つーわけで、ミャーコにも協力をお願いするぜ。ならず者どものための物資を手配しといてくれ」

『はいはい。まったく、死の商人は忙しいね』


 ミャーコは肩を竦めながらそう言う。

 その声は弾んでいた。

 ウルフの狂気を抑え、命を大事にさせるための枷に自分がなれていることが嬉しかった。

 人殺しの準備をしておいて、そんな感情が浮かんでくるあたり、自分も随分と墜ちたもんだなぁとは思ったが。


「あと、もう一つ。あいつら・・・・の協力も取りつけてほしい」

『……うへぇ。気持ちはわかるけど、そっちは確約できないよ? あの人達の相手は、君の相手以上に疲れるし』

「頼りにしてるぜ、お姉ちゃん!」

『もー! 都合の良い時だけお姉ちゃん呼びして!』


 プリプリと怒りながらも、ミャーコは頼みを聞いてくれた。

 都合の良い女扱いするクズの所業に見えるかもしれないが、愛情も信頼も本物なのでセーフだ。


『じゃ、行ってくるよ。健闘を祈っておいて』

「ああ。お前も絶対に死ぬなよ?」

『縁起の悪いこと言わないでほしいなぁ』


 まあ実際、洒落になってない奴らのところに行くのだから、ウルフの言葉は大袈裟でもなんでもない。

 だが、いつもいつもウルフだけに命を懸けさせるつもりはない。

 直接戦闘で役に立てない分、こういう時くらい自分も命を懸けなくてどうする。

 ミャーコは頬を叩いて「よっしゃぁ!」と気合いを入れながら、ウルフとの通信を切った。

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