13 これから

「ミャーコ! オレは決めたぞ! これからは手段を選ばねぇ! 悪党やるなら、とことんまでやってやる!」


 ミャーコの膝枕でぐっすりと快眠した後、ウルフは憑き物が落ちたような顔でそう宣言した。

 ミャーコは思った。

 あれ? これ、なんか変なスイッチ押しちゃった? と。


「この世界を壊そうとする奴らは皆殺しだ! どんな手段を使ってでも世界を守る! 地獄の果てまでついて来い!」

「……なんだろう。セリフだけ聞いてると、勇者と魔王がごっちゃになってるみたいで混乱するよ」


 世界を守るというフレーズは勇者っぽくて、皆殺しというフレーズは魔王っぽい。

 だが、そんなミャーコの様子を否定的に捉えたのか、ウルフは真っ黒になった耳をペタンとさせて、落ち込んだ様子になった。


「やっぱり、振り切れちまったオレには、ついて来てくれないか……?」

「ッ!? そ、そんなことないよ!!」


 ミャーコは息を呑んだ後、凄い勢いでウルフについて行く宣言を口にした。

 息を呑んだのは、ウルフの傷ついたような顔が見ていられなかったから……ではない。

 いや、それも間違ってはいないのだが、それ以上に見るからに不良って感じの見た目に変わった美少女が、すがるような目で自分を見てくるという光景の破壊力がやばかったのだ。

 何か新しい扉を開きそうだった。


「良かった……。こらからも、よろしくな! お姉ちゃん・・・・・!」

「はうっ!?」


 続いて、輝くような笑顔と共に、まさかのお姉ちゃん呼び。

 ミャーコは新しい扉が開かれる音を聞いた。

 やさぐれTSオレっ娘素直な妹系美少女……良い!

 良すぎて鼻血が出てきた。

 そんなところを凝らなくていいぞ、救世高徳。


「さしあたって、当面の目標と作戦を決めるぞ! オレは全然思いつかねぇから、何か考えてくれ!」

「わーい、清々しいほどの丸投げー」


 ミャーコは素面に戻った。

 まあ、それだけ信頼してくれているのだと思えば悪くはない。

 TSオレっ娘素直な妹系美少女にお姉ちゃん呼びされてすっごい頼ってもらえるとか何そのご褒……。


(じゃないよ!)


 素面に戻ったはずなのに、一瞬にしてダメな方向へと再び突き抜けた自分の思考回路に危ないものを感じつつ、ミャーコは努めて冷静になって頭を回した。


「とりあえず、君の身の安全が最優先事項だ。戦うって言うなら止めないけど、せめて寝てる間の安全くらいは確保しないと、ボクの方が不安で倒れちゃうよ」


 ウルフがなってしまった魔族というものについて、ミャーコは既に説明されている。

 罪の烙印が消えず、二度と町に入れないというのは、やば過ぎるリスクだ。

 何を差し置いても、安全地帯に入れないことによって生じる危険を、まずはなんとかしなければならない。


「しばらくは、ボクも一緒に行動する。交代で見張りをすれば、睡眠時間くらいは確保できるはずだからね」

「助かる。あ、そうだ! どうせなら、お前も魔族にならないか?」

「それはやめとくよ。二人揃って町に入れなくなるのは、さすがにマズい」


 町に入れないことによるデメリットは、想像以上にキツいだろう。

 そのハンデを覆すために、ウルフには表社会で動ける協力者が絶対に必要だ。

 そこのところを、ミャーコはウルフにコンコンと説明した。


「そっか。確かにそうだな。お揃いになれるかと思ったんだけど……」

「うぐっ!?」


 大きく心が揺れた。

 リスクとか度外視で、そういうのもアリかなと本気で思ってしまった。

 いけない。これはいけない。

 ここは心を鬼にしてでも、ウルフと世界のために良手を選ばなくては。


「煩悩退散……! 煩悩退散……! ……よし。

 というわけで、ボクはしばらくしたら商人ルートに入る。

 その後の君の守りだけど、『傭兵NPC』を使ってみるのはどうかな?」

「傭兵NPC?」


 傭兵NPC。

 お金を払って契約することで雇うことができる、戦闘用のNPCだ。

 ボッチだけどパーティーじゃないと倒せないようなボスに挑む時とかに重宝する。

 通常プレイの時は、ウルフもミャーコもお世話になった。


「あれって、魔族でも雇えるのか?」

「少なくとも、罪の烙印があるプレイヤーでも雇えたのは事実だよ。ならず者傭兵団みたいなのがあるんだ。……質はあんまり良くないみたいだけど」


 それでも、いないよりはマシだ。

 寝てる間に周囲を警戒して、何かあれば起こしてくれる。

 ただそれだけのNPCでも、いるのといないのとでは大違いだろう。


「ただし、傭兵NPCは契約料が高い。いっぱい稼がないと、とてもじゃないけど長期契約なんて無理だ。

 つまり、ボク達が最初にやるべきことは……」

「金稼ぎか!」

「その通り」


 お金は大事だ。

 お金が無いと食事すら満足にできないし、護衛だって雇えない。

 商人になるための頭金だって欲しい。

 世の中、結局金なのだ。

 世知辛い理想郷もあったものである。


「ゲームクリアの妨害に関しては……そうだな。手始めにこんなのはどう?」


 ミャーコは悪い顔でウルフに作戦を話していった。

 やると決めたら、悪どい作戦が意外なほどよく出てくる。

 なんか変なテンションになってきて楽しい。

 悪巧みって意外と楽しい。


(ああ、これが『グレる』ってやつなのかなぁ)


 そうだとすれば、グレる若者達が数多く出てくるのも納得だ。

 鬱屈とした不満を解放し、社会にぶつけてやろうとするのは、そりゃ楽しいだろう。

 苦しんでる奴ほど、堕ちやすい。

 ウルフに引きずられて、ミャーコもまた、既に引き返せないところまで堕ちているのかもしれない。


(まあ、それでもいっか)


 刹那的に生きるのは、グレる者の特権。

 お互いに現実世界での苦しみを打ち明けた『親友』で、この世界で自分を立ち直らせてくれた『恩人』でもある彼と共に堕ちるのなら、それも悪くない。


 そうだ。

 考えてみれば、ウルフを止められなかったのは自分だ。

 彼が殺人を犯すかもしれないとわかっていながら、止めてあげられなかったのは自分だ。

 なら、その責任を取ろう。

 止めることができなかったのなら、せめてその代わりに、行くところまで一緒に行こう。

 ウルフの望み通り、地獄の果てまでついて行こう。


 この時、ミャーコは本当の意味で覚悟が決まった。

 世界を守るだとか、悪に染まるだとか、人を殺すだとか、そんなんじゃない。

 この子と一緒に、堕ちるところまで堕ちてやるという覚悟が決まったのだ。

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