11 休息と現状確認

「うっ……」


 走って現場から去ったウルフは、充分に距離を取ったところで、ついに力尽きた。

 どこぞの泉のほとりで座り込み、それと同時に人狼の姿が解除され、彼の体は狼耳の獣人少女に戻る。


「ハァ……ハァ……。疲れた……。というか、マジでどうなってんだこりゃ」


 痛む体で這って泉を覗き込み、そこに映った自分の姿を確認した。

 白かった髪も肌も黒く染まり、碧かった眼は不気味に輝く金色に変わり、頬には禍々しいタトゥーが刻まれている。

 顔以外にも目を向ければ、肘から先と膝から下は漆黒の毛皮に覆われたままだし、人狼状態が解けても元通りとはいかないようだ。


「前の姿、気に入ってたんだがなぁ……」


 可愛くて、真っ白で、現実の自分とは正反対なところが変身願望を大いに満たしてくれていた。

 しかし、失ったものは仕方がない。

 鍵の破壊や、魔族化とかいう大きな力の代償と考えれば、安い部類だろう。


「とりあえず……」


 ウルフはメインメニューを表示させて、まずは回復ポーションを取り出して飲む。

 それが効き始めているのを感じながら、彼は自分のステータスを確認した。


―――


種族:魔族(魔狼) Lv19

名前:殴殺ウルフ


状態異常:罪の烙印


HP:170/600

MP:1/200


STR(筋力):400

VIT(防御):250

AGI(俊敏):350

INT(知力):50

DEX(器用):50


ステータスポイント 50


スキル

『獣化:Lv1』

『再生:Lv1』

『HP自動回復:Lv1』

『MP自動回復:Lv1』

『格闘術:Lv16』

『索敵:Lv1』

『隠密:Lv1』


―――


「なんだこりゃぁ……」


 容姿と同じように大きく様変わりしたステータスを見て、ウルフはまたしても、そんなセリフを呟いた。


 まず目立つのは種族と、追加された四つものスキルだ。

 本来スキルを習得するには、面倒な条件を満たさなければならない。

 例えば『格闘術』のような武器スキルは、ゲーム開始時に一つを選んで獲得できるが、それ以外のものを正攻法で覚えようと思ったら、何十時間も対応する武器を使い続ける必要がある。

 『索敵』と『隠密』は、この一週間でその面倒な条件を満たして得たスキルだ。


 しかし、『獣化』『再生』『HP自動回復』『MP自動回復』の四つには見覚えが無い。

 通常プレイ時代ですら無い。

 まず間違いなく、魔族となることで獲得したスキルだろう。

 『HP自動回復』だけは、もしかしたらデスゲームで追加されただけで通常の方法で取得した可能性もあるが、取得のタイミング的に他の三つとセットの可能性の方が高い。


―――


・獣化

魔族専用スキル。

獣に変身する。

変身時は対応するステータスが二倍に上昇する。

発動中はMPを消費し続ける。


―――


 これは、あの人狼のような姿になるスキルだろう。

 強力だが、制限時間があるらしい。

 試しに発動して変身してみたら、STR(筋力)、VIT(防御)、AGI(俊敏)の三つが二倍の数値に跳ね上がった。

 しかし、一瞬にしてMPが尽きて変身が解けた。

 時間にして1秒といったところか。

 どうやら、1秒につきMPを1消費するようだ。

 MPが全快の状態からでも200秒、約3分ちょっとしか保たない。


「どこのウ○トラマンだよ」


 しかも、MPは必殺スキルの発動でも消費するので、併用すればますます制限時間は縮む。

 ウルフは必殺スキルをそこまで乱用しないため、MPは大して重要視していないステータスだったが、これからは変わってきそうだ。


「そのMPも、というか殆どのステータスが変なんだよな……」


 ステータスポイントも振っていないのに、INT(知力)とDEX(器用)以外の数値が、最後に見た時から100ほど上昇していた。

 これも魔族化の影響なのだろう。

 だとすると、魔族強すぎである。


―――


・再生

魔族専用スキル。

損傷した肉体の回復速度が大幅に上昇する。


―――


・HP自動回復

魔族専用スキル。

HPの自動回復速度が大幅に上昇する。


―――


・MP自動回復

魔族専用スキル。

MPの自動回復速度が大幅に上昇する。


―――


 こっちは大体予想通りの性能。

 魔族専用というところも含めて。

 元々このゲームではHPもMPも失った手足も、回復アイテムを使わなくても時間経過で回復するようになっていた。

 まあ、微々たる回復量だが。

 失った手足が元に戻るのにも30分もかかる。

 連続戦闘をしたいなら、回復アイテムか回復魔法使いヒーラーに頼るしかないというのが常識だ。

 だが、この三つのスキルのレベルを上げていけば、もしかするとその常識を覆せるかもしれない。


「どう考えてもチートだよなぁ……」


 凄まじい力を得た。

 だが、ウルフは別に喜んでいない。

 むしろ、その逆だ。

 猛烈に嫌な予感がしている。


 昔、ミャーコに聞いたことがある。

 ゲームというものは、バランスが大事なのだと。

 特に大人数がプレイするゲームほど、公平性を重視して過剰なチートやバランスブレイカーのような能力は廃されると言っていた。

 つまり、ウルフはこう思うわけだ。

 絶対にこれだけの強さと釣り合うだけのデメリットがあると。


「ああ、やっぱりな。大正解だ」


 今度は魔族の欄の詳細説明を表示させた時、ウルフは己の考えが間違っていなかったことを悟った。


―――


・魔族

プレイヤー達の希望を打ち砕く敵対者。

魔族は『罪の烙印』を消すことができない。


―――


 PKプレイヤーキラーの証である罪の烙印が消えない。

 それはつまり、二度と町に入れないことを意味する。

 町はこのゲームで唯一の『安全地帯』、戦闘を行えないエリアだ。

 そこに入れないということは、魔族は安全な寝床を得ることすらできないということ。

 町にある転移陣も使えず、長距離移動も困難になる。

 おまけに、このデスゲームで罪の烙印なんて引っ提げていたら、まともなプレイヤーは友好的に接しようなんて思わないだろう。


 ボッチ確定。

 生産職の力を借りることも不可能となったわけだ。

 プレイヤー謹製の高位の武器やアイテムは、多分奪うことでしか入手できない。

 町にある店で買い物もできない。

 村になら入れるかもしれないが、あそこは安全地帯でもなければ、売っている商品の品質も町に比べて大きく劣る。


 とてつもないデメリットだ。

 まさに、これだけの力に釣り合っている。

 いや、むしろデメリットの方が大きいかもしれない。

 人殺しなんだから、巨大なデメリットを受けるのは当たり前なんだろうが。


「ああ、そうだ。オレ、人を殺したんだよなぁ」


 そこでようやく、ウルフはその実感を得た。

 さっきまでは最高にハイってやつで、正常な精神状態とはほど遠かった。

 だからこそ、戦場から離れて冷静になってしまった今になって、ウルフは殺人の業と向き合い……。


「……どうしよう。何も感じねぇ」


 自分の中に、罪悪感とかそういうのが全く湧いてこないことに困惑した。

 そもそも、どうして人を殺してはいけないんだっけ? とか考えてしまう。

 ウルフは学の無い足りない頭で考えた。

 人を殺しちゃいけないのは、あれだ。多分あれだ。

 やっちまったら、逮捕されるからだ。


「あれ? なら、警察のいないこの世界じゃ、殺人って無罪なのか? ……いや、さすがにそれはねぇか」


 警察がいなくても、殺人犯を罰したいという奴らはいるだろう。

 特に大切な人を殺された被害者遺族なんかは、そういう思いが強そうだ。

 むしろ、法律という枷が無い分、与えられる罰は現実よりもエグいことになるかもしれない。

 それでも、まあ。


「現実に帰るよりはマシだよなぁ」


 ウルフは心の底からそう思う。

 たとえ復讐者達に捕まって、いたぶられた末に殺されたとしても、それは自分の行いの結果だ。

 許せないことに全力で反発し、全力で戦い、力及ばなかった末に辿る末路。

 誠実に頑張っていても、クソな世間様に黙殺され、圧倒的な力の差で押さえつけられて、戦うことすらできなかった現実よりは遥かにマシだ。


 現実でも、この世界でも、力があれば自分の主張を通せる。

 でも、現実は努力したって、家柄や才能で限界が決まってしまう。

 バイト三昧で中学すらロクに通えなかったウルフと、金持ちの子供に生まれて大学まで出た奴。

 選べる選択肢の広さも、将来得られるだろう社会的な地位と力も、比べ物にならない。

 力の差があり過ぎて戦いにすらならない。

 ウルフが一方的に押さえつけられて終わりだ。


 けれど、この世界なら、頑張れば誰でも確実に強くなれる。

 家柄なんて関係ない。全員が裸一貫からのスタートだ。

 才能なんて関係ない。モンスターを倒せば誰だって強くなれる。

 安全地帯にいるだけで最低限の生活を送れるのだから、現実世界のウルフのように生きることだけで精一杯で、努力する余裕が無いなんてこともない。

 現実世界に比べれば、ずっと公平でバランスが取れている。


 その公平なルールの中で戦い、勝った方の主張が通るのだ。

 殺人犯ウルフのことが許せないのなら、ウルフより強くなって、捕まえるなり殺すなりすればいい。

 こっちも、この世界を壊そうとする破壊者どもが許せないから、殺してでも止める。

 公平だ。

 殺人はダメと言いながら、自分のような弱者を黙殺することは良しとした現実世界の法律ルールよりも、遥かに良心的だ。


「思いっきり戦おうぜ。お互いの『正義』のためにな」


 世間様から後ろ指を差され、『悪』と呼ばれるだろう少女が、『正義』を語って戦意を新たにした。

 ……と、その時。


『プルルルル』

「お?」


 メインメニューからそんな音が鳴る。

 今までに二度あったゲームマスターからの重要連絡ではない。

 メッセージではなく、通話。

 この世界における『友達』からの連絡。


「あー……」


 メニューに表示される相手の名前は『ミャーコ』。

 ウルフは、さすがにバツの悪い気持ちで、ミャーコとの通話の応答ボタンを押した。

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